解ける心
「こんなとこにずいぶん綺麗な身なりの……、貴族様かそれとも将校様かぁ?」
顔中煤まみれの小柄な男は下から舐めるようにロズラーサを見やる。その視線にやや下卑た感情を覚えたロズラーサは少し不愉快さを感じたがそれを表に出すことはない。
「へへ、べっぴんさんだぁ。こんなの見れるとは日頃の行いがいいんだろうなぁ」
などと言っていた男は急に宙を嗅ぎだした。するとロズラーサのことなど見えなくなったかのように木板を押しのけてその向こうへと駆け出した。
「ちょっと、待って……!」
静止も意味をなさず男が踏み入った先には当然クロム達がいる。男は視線を葡萄に向けまっすぐに走っていく。
「おいおいおいなんだこりゃ、俺にも寄越せよ!」
男は子供を押しのけて葡萄に齧りつく。今度は顔を葡萄の汁で染め、幸せそうに微笑んだ。それに対しクロムが頭部に手刀を放った。
「いでっ」
「クィルさん、今に呼ぼうとしてたんだから。そんなにがっつかないで」
「うるせえ、俺はもう二日も食ってねえんだ」
「この子らは三日食べてないんだ。どっちが先か、わかるでしょ」
そう言われるとクィルはすごすごと離れていく。
「……悪かったよ」
「いいんだ、二日も食べてなきゃしょうがない」
「いや、違う。俺たちは助け合わなきゃ生きていけねえんだ、申し訳ねえ坊主たち」
クィルは子どもたちに深々と頭を下げた。子どもたちも困惑していたがやがてそれを許すように葡萄を手渡した。
その後更に増えた付近の人間たちで葡萄パーティが開かれていた。
「そろそろ来ていいよ団長」
とっくに気づかれていたようで、クロムに呼ばれ最初は姿を表すか迷ったロズラーサだがその真っ直ぐな瞳に負けて近寄っていく。
「うわ、なんだこの美人」
「うちの団長様だよ、こっちはジャネム」
クロムがそう紹介し、照れくさそうにしているジャネム。
「でもなんだってこんなとこに?」
「それは……」
「団長様はまじめだから、ふらふらほっつき歩いてる部下が心配なのさ」
同意を求めるように見てくるクロムに、概ね間違ってもいないのだから肯定するロズラーサ。
「へぇーやっぱ正規軍ともなると面倒なんだねぇ」
「そうでもないさ、やることやってれば結構な金額貰えるんだぜ」
そのやることに関して悩んでいるのを知ってかの発言に頭が痛む思いのロズラーサだが、この光景を前にすれば些細な事に思えた。
「こういったことはいつから?」
「前にいたときから時々顔は出してたけど、やっぱ団に入ってからはお金も増えたから更にって具合」
「何度も言うけどよぉ、別にいいんだぜ? どうせみんなを助けられるわけでもないんだから」
その言葉がロズラーサの胸に突き刺さる。
「いいんだよ、勝手にやってるんだから。……それに一度見たからには目をそらすなんて出来ないよ」
今しがた出来た傷にさらに深く、えぐるようにクロムの言葉がしみていく。自らが出来なかった、気づくことも出来なかったことを彼はやっている。その事がひどく惨めで、恥ずべきことだとロズラーサは思っていた。
それに気づいたのかクロムが声をかける。
「団長もそんな顔しないで、ジャネムの言う通りみんなを救うなんて出来っこないのさ」
「それは、そうかもしれないが……」
ジャネムが人懐こい笑顔から一変、真剣な表情で語りかけてくる。
「あたしたちはあんたらに虐げられてる。けどだからといって恨んでなんかいない」
「どうして……」
「あんたらがいないとみんなのようにな子どもが「もっと増える」。そんなのあたしもみんなも見たくなんかないの」
「…………ありがとう」
救われた思いだった。普段から自らに言い聞かせてきた言葉だが、実際に苦しむ側の人間から伝えられるのは重みが違う。
「私もなにか手伝え……」
「それはやめたほうがいいよ団長」
「え……」
「団長はさ、「目立つ」んだよ。いろいろと」
たしかにそうだ。自覚は薄いが自分がこの街の人間たちから注目されがちというのは知っている。歩くだけで、話しかけるだけで好色の目を向けられることは少なくない。
ここにいる者たちはできるだけ人目につかず、追い出されぬようにしなければいけない。自分がいればその邪魔になってしまう、そう気づいたロズラーサは再び落ち込む。
「もう一度言うけどあんたにはあんたのやるべきことがあるんだろ? ならそれを頑張ってよ、きっとそれがあたしたちのためにもなるんだから」
そう話すジャネムの瞳は、クロムにも近い強い力を湛えていた。
「さ、俺のやることは終わったから帰るよ」
「えークロムもう帰るのー?」
「悪いな、明日も早いんだ」
そう言うとこちらに目を向けるクロム。
「じゃ行きましょうか」
「……ああ」
子どもたちに見送られその場を後にする、クロムと並んで歩きながら申し訳無さそうに話し出すロズラーサ。
「……済まなかった」
「え?」
「私は君を誤解していた。いや、周りの声に揺らいで瞳が曇っていた」
「いやまあ、やることやってないのは事実だしね」
舌を出してそう笑うクロムにつられて微笑むロズラーサ。
「いや、いい。君はこれからも自らが思うことを成してくれ。それに纏わる「雑音」は私が排除しよう」
「おお~、それは頼もしい」
そう言うクロムがロズラーサの顔をじっと見る。何事かと問うとこう返す。
「団長ももっと笑ったほうがいいですよ、笑う門にはなんとやら……。眉を寄せても物事は解決しないですよ」
「……その言葉は知らないが、私はそんなに表情が硬いのか?」
「そりゃあもう、笑ったところなんて数えるほどしか見たことないですよ」
「そんなにか……」
確かにいつも厳しくあろうと振る舞ってはいる。だからといってそれが顔にまで出ているとは、急に気恥ずかしさを覚える。
「団長そんなに美人なんですから、笑ったほうが何かと「得」ですよ」
「美人だなんて、そんな……」
「いえいえ」
クロムと目が合った。
「団長もきれいな瞳してますよ」
その一言を聞いた途端にロズラーサの顔が急に熱を持ち出した。急に病でも起こしたかと慌てだすロズラーサを見て笑い出すクロム。
「ははは、団長もそれでいて初心なところあるんですね」
「ば、馬鹿者! 急に何を言い出すかと思えば……」
「うはは。そういう顔している方が「らしくて」いいですよ」
「どういう意味だ」
目を細めてクロムをにらみつける。
「肩肘張らなくて良いんですよ。機は必ずやってくる、それを逃さないようにだけしてればいいんです」
「そう……だろうか」
「そうですよ信じてください。なにせ貴方が見込んだ男ですよ、僕は」
「……それもそうだな」
「それとも「見初めた」って言ったほうが良いですか?」
「な、なにを……!」
そうやって年下の少年にからかわれながら帰路を共にした。帰る時のロズラーサはその前よりも少しだけ晴れやかな顔をしていた。




