サボり?
いつもの執務室で今後の展望を考え耽りながら、ロズラーサはここ最近の出来事に関しても思いを馳せていた。
念願叶ってクロムという少年を仲間に迎え入れ、団のこれからについて明るいものを感じていた。しかし当然ながら物事というのはそうそううまくいくものではない。彼に求めておきながら一番実績が足りないのはこのレゼラルド騎士団そのものなのであるから。
ファガロム・オーダンというこの国きっての英雄にあれだけ大口をたたいたのだから、それに見合うだけの成果を出さねばならない。そこに関しての焦りもある。
ロズラーサは少し前の、彼が来てくれればあらゆることが良い方向に向かうと、無垢な少女のように考えていた愚かさを恥じていた。
クロムが入団してすでにひと月、予期されていた周囲の反発も想像より少なく拍子抜けしたほどだった。それが否の自分たちへの期待の低さの裏返しだと言えるのだから全く喜べることではない。
ロズラーサが横で別の仕事をしているコレッサを呼び止めた。この頃の悩みの種であるクロムの「問題行動」について尋ねた。
「……彼は今日も見回りを?」
「ええ、午前中からいつものように」
「はぁ……」
ため息の理由、それは彼の日課とも言える「見回り」に関してだった。
入団して早々、彼は自身の任務について尋ねてきた。しかしながら今の団にこれといった仕事などない。あるとすれば稀に行う市内の警らだけなのだ。
それを伝えたところ彼は強い興味を示した。ロズラーサからすればこれは意外なことであり、より実戦に近かったり重要度の高いものを願うとばかり思っていた。
それは今までにいた団員の傾向からの想像であり、入る経緯の異なるクロムがそういった要望をするのも想像にはなかったがなるほどと思わされた。
自らなにかの行動を起こす人間はこの団には特に少ない、ロズラーサはこれを大いに喜んだ。今までと違うというその一点で無邪気に思っていた。
だが彼女はまだクロムという人間について何も知らないに等しかった。
彼女の想像のクロムというのは機知に富み、優れた観察力と体力を持って人々に奉仕する兵士の見本のような存在だった。
それというのも彼と深く話すことも、その行いについて強く観察をすることもなかったから彼女にとって「都合のいい」人物像を勝手に作り上げていたのだ。
ところが実際の彼はとても「気まま」な人間だった。それは不真面目ということではなくむしろ人のために行動するさまは確かに見本にするべき所も多い。
だが自由というのは組織においては美徳と限らない。規律だった動きが組織をより強固な存在とするからだ。
彼は見回りをしている。しかし彼女らはあくまで「お飾り」の部隊でしかない。ロズラーサには不服というほかないが現状受け入れざるを得ない。
なので見回りと言ってもその範囲は限られ、具体的に言うと所属する人間が多く生まれ育った上流階級の集まる地域に限定されていた。
アーケリアには階級差というものが厳密に分けられており、それは住まう地域を分けることにも繋がる。
そうなると軍人やそれを指示する立場の人間が集まるとそれは一部の人種にとって格好の「餌」となる。なのでそこを警護するのは重要なことであり、この団以外にも重装兵なども常に見回っている。
そのはずなのだが近頃ある報告が頻繁に行われている。それは「クロムがいない」というものである。
最初は耳を疑った。繰り返すがロズラーサは彼のことを高く評価しており、勤務態度に関しても立派に果たしてくれるものと確信していた。
彼も初めの方は実際に持ち場をしっかりと見回り、些細なトラブルにも気づくと評判も上々だった。
だがある日からそれも途絶え、つまり職務を放棄しているということになる。このときのロズラーサの取り乱しようは過去に類を見ないほどだった。コレッサが対処を放棄しかけるほどのことであり、半泣きで落ち込む彼女を励ますの姿に多くのものが同情していた。
しかし日に日に実態が明らかになると別の感情が湧き上がるようになった。
どうにも彼は持ち場を離れてはいるが仕事自体を放棄したわけではないという。どういうことか、つまり別のところにいる。それはどこかというと本来とは真逆の、富むものの正反対となる貧民街の方というのだ。
それも常にそこにいるわけでもないと言い、そこを中心としてアーケリアの半分にもなる範囲を神出鬼没に歩き回っているという。
これはロズラーサを非常に悩ませた。これに対して強い反発、特に本来の任務範囲にいる者たちから異議の声が届けば対応せざるをえない。なのだが実際にはまるで異なり、多くの兵士たちから感嘆の声が漏れているという。
彼は困っている市民を見かければ率先して駆けより、手を差し伸べてはまた別のものの助けとなっているという。
ここまでであればロズラーサも同様に感動もしていただろうが、その一方で貧民街の子どもたちと遊んでいる、店の売り子のようなことをしている、暇を持て余し昼寝をしているなどといった「噂」も多くあるのだ。
そして肝心のもともとの警護の対象からの苦情が寄せられていた。いつもいない存在なのだから実際には彼らも困ってなどいないだろう。だがそれが彼らよりも立場が下の者たちから指示を集め、一種の「カリスマ」のようなものが生まれてしまっているのだ。
これが上流に位置する人間からすると不満になってしまうのだ。彼らの立場は人々から敬われることで成り立っている。妬むような声もあるにはあるが普段それに悩まされる彼らではない。飄々と受け流しては戯言と一笑に付しているものだ。
それが自分たちを蔑ろにしてより下の立場のもののために汗を流す、これを美談とする風潮事態が彼らを不快にさせる。
ゆえにロズラーサのもとに彼に関して「厳正な対応」を求める声が少なからず届いてしまっている。
この板挟みの状況が近頃の悩みであり今までにない、レゼラルド騎士団の今後にも影響しかねない判断を求められていた。
「君はどう思う?」
「私からはなんとも……、私自身も彼のことについては知らないも同然ですので」
「そうだよな……」
そうなのだ、長い付き合いであるコレッサならまだしも会って間もないクロムの行動、その心の内など想像もつかない。ある人間は反乱の火種になりかねないとまで言うが、流石にそれはあり得ないと思っても断言できるほどの材料がこちらにない。
「私の周りの人間の中でも意見が分かれているようで、ですがどうにも「実際に見た者」からのほうが評価が高い傾向にあるように思えます」
「なるほど、そうか……。やはりそうするしか」
「……どうされましたか」
そう言うとロズラーサが立ち上がった。
「少し出てくる」
「まさか」
「ああ、この目で見ないことには私も判断できないからな」
まだ昼になったばかり、クロムもまだ市内で活動しているだろう。それを確認するため、ロズラーサも動き出した。




