腕試し
なぜこうなってしまうのか、オーダンという男に連れられながらひとりごちる。こういう事が起こるから派手なことはしたくないのだ。特にこの男のような腕自慢の目に止まれば厄介なことになるのは目に見えていた。
こういうときは程々に相手をして向こうの気分を良くして帰らせたいところだが、どうにもこの男からはそんな「ごまかし」の効かない雰囲気が漂っている。
なにせ名の馳せた英雄様だというのだから実力も折り紙付きなのだろう。下手をすれば手を抜いたとして不興を買うことになるかもしれない。
それそのものは構わないのだが、そのままではロンペルドの沽券に関わってくることとなる。彼女に仕えようというのだからそのくらいの気は遣ったほうが良いだろう。
面倒な気持ちを押し殺して着いたのは見慣れた鍛錬場だった。今のところここに良い思い出がないのだが、今後塗り替えられることがあるのだろうか。
オーダンがこちらに向き直り、改めて話を始める。
「さて、ぼちぼち始めていこうかい」
「一応なにをするか尋ねてもよろしいですか?」
わかりきってはいるが聞いておかないと恐ろしいものである。
「鍛錬だよ、ただの。ここそういう場所だろ、だから軽く打ち合ってくれや。噂は聞いてるぜ」
噂かぁ。
「噂というものは真実よりも誇張されるものですから」
「バカでけえ魔獣を倒したんだって? いいねぇ、俺も見てみたかったな」
話を聞いて。
「団の皆さんとともにやったことですので、私個人がどうこうと――」
目の前に迫る剣を防ぐ、当然目の前の男が放ったものだが会話の途中であったのだが。
話している途中からオーダンが不穏な動きをしているのが見えてはいたが、本当に合図もなく始めるとは。当の本人は防がれてなおニヤニヤと笑っている。
「いいねいいね、やっぱお嬢さんの見立て通りいい勘持ってるわ」
「その、お嬢さんってなんなんですか!」
取り敢えず気になっていたことをぶつける、ついでに剣もぶつけておく。軽々といなされるがそれから幾度と剣が交わっては火花が散る。オーダンの剣は自分のものより大きく長さも違うがそれを軽々と振り回している。お互いに全力とは程遠いがそれでも全身に汗がにじむ。
「あれが小さい頃に面倒を見てやったことがあるんでな、つい今でもそう呼んじまう」
「なるほど、……じゃあそろそろ満足いただけましたか!」
向こうも加減してくれてはいるが流石に地力が違う、基本的な筋力差も相まって腕がしびれてくる。だがまだまだ満足いただけないようだ。
「いやぁ、むしろどんどん楽しくなってくるね」
「……そうかい!」
疲労がたまるに連れ会話の余裕もなくなってくる。そうしているとふいにオーダンの手が止まった。
「うーん」
「はぁ、……どうされました」
「お前、今の全力じゃないよな?」
「それは、そうですが。オーダン様も同じく、いや私よりも遥かに加減されているのでは」
「そうなんだけどなぁ……」
なにが不服というのだろうか。こちらも全力ではないがそれは向こうが加減しているからそれに合わせているだけであって、意図的に手を抜いているわけではない。
「何をされているのですか!」
第三者の声が響く、女性の声だ。というか聞き覚えがある、ロンペルドだ。鍛錬場の外側からこちらをみて驚いたように声をかけてきた。久しぶりに顔を見るがあいも変わらずその美貌は惚れ惚れするほどである。横には当然のごとくコレッサがいる。
「よおロンペルド殿」
「……貴方にそう呼ばれると少々むず痒いですが、状況を説明していただいても?」
顔は冷静そうだが彼女は怒っているのだろうか。
「どうもこうも、見ての通りただの鍛錬だよ」
「そういった様子には見えませんでしたが……」
確かに手は抜いているが模擬刀などでなく、お互いの実剣を使っての打ち合いだから集中力は実戦さながらだった。
「んなことない、こんなのお遊びさ、なあ?」
こちらに振らないでいただきたい。
「オーダン様からすればそう思われるのも当然でしょう」
「なんだよお互いさまだろー?」
「ですが危険では……」
「はは、相変わらずだな。そんなんだから周りに舐められてるんだぞ」
デリカシーのない事を言う男だ、ロンペルドも笑うことしかできないでいる。
「はあ、邪魔も入ったし潮時かな」
「そうですね、では……」
完全に終わりの流れだったはずなのだが、なぜかオーダンが剣を振りかぶっている。
「オーダン様?」
「オーダン殿なにを……!」
ロンペルドの動揺もそのはず、オーダンの目がこれまで以上に真剣そのものなのだ。殺気があると言っても良い。
「最後だ、今から俺が「全力」で打ち込む。捌いてみせろ」
「……オーダン殿それは!」
「うるせえ、命まで取ったりはしねえよそのくらい加減できる。だが怪我は許せよ」
これだから武人は苦手なのだ、すぐに勝負や力試しをしようとする。だがもう逃げられないだろう、ロンペルドも止めるのをやめてしまった。
「じゃあいいな?」
「……もう始まってますか?」
「そうだがそれが――」
「クロム!」
オーダンの顔に思い切り土を蹴り上げる、目に入ったか瞑ったまま、それでも剣を振ろうとする。見えていないのにその迫力は凄まじい、だが。
「そーりゃ!」
「うおっ」
それに加えさらに斬りかかる、心眼というのか目を閉じたまま防がれた。だがもうこれで終わりだろう、このまま押し倒してしまえば流石に文句も言えまい、そう思った瞬間にオーダンの目が開いたのがわかった。目が合った。
「なんてな!」
「――!」
「危ない!」
演技だったのかは不明だがこちらをしっかりと捉えたオーダンは、今日最も鋭い振りで剣を横に薙いだ。意表を突かれたのもあるが、それ以上にその剣圧に怯んで中途半端な対応で受けてしまった。剣に力が最も乗る場所で防いだせいで後ろに飛んで衝撃を逃がすのが精一杯だ、そのまま鍛錬場の石壁に激突した。
「うげ、痛ぇ……」
「ははは、面白かったぜ。こんなことしたのはお前が初めてだよ。ほんと、面白えな」
とても満足そうに笑うオーダン、こちらは痛みとわずかな悔しさでとてもいい気分ではない。
「大丈夫か」
ロンペルドが駆け寄ってくる。そしてオーダンに文句有りげに顔を向ける。
「オーダン殿!」
「なあロズラーサ、こいつウチにくれ!」
オーダンの言う先にいるのは自分、前もこんな事があったな。




