生き残り
動ける人員総出で村中を探し回ったが、結局生き残りは見当たらない。正確な数は分からないが数百人は暮らしていたであろう場所には、もはや人とアジーダの死体の山しか無い。
凄惨な光景に吐き出している兵士も見受けられる。家の中には道端に散らばっているものより更にひどい状態の遺体もある、それを見たらどんな人間でも少なからずショックを受けるだろう。アジーダは人間を玩具として扱っていたが、そこには各々の「趣味」があるらしい。
それでも一人でも生き残っているものを探し続けていると、村の外れにある小さな家に人と「アジーダ」がいるという知らせを受けた。
すぐさま向かうと先に到着していた兵士一人と、ジネットもちょうど来たところだった。警戒しつつ中に入ったが、人間の女性が一人端で怯えて小さくなっている。そしてその横にいたのはたしかにアジーダだった。だが今までのそれとは明らかに違い、こちらを見て怯えている。
「ヒィッ、そんな怖い顔で見ないでくれよ、チビッちまいそうだ」
「こいつも喋ってるぞ」
「喋っている……? あぁ人間の言葉のことか、知っているとも。他にも話せるやつが村に何人かいるとも、そう珍しいことじゃあない」
饒舌に話すアジーダは見るからに大人しそうで、これが異常なのかとすら思える。気になることが多いので女性を兵士に任せてアジーダに尋ねることにした。
「お前たちはああやって人間を襲うのが普通なのか?」
それを聞いて顔を横に何度も激しく振っている。
「違う! 俺たちは山の奥でのんびり暮らしているんだ、人間っていつも争ってて……、その、怖いだろ? だから関わらないようにするのが俺たちの決まりなんだ」
「そうは思えねえ暴れっぷりだったけどな」
ジネットが言うことにこのアジーダはうなだれて悲しそうにしている。
「お前、名前はあるのか?」
「名前……、ケニュって呼ばれているよ」
「何があった、どうして大人しいと言われているお前たちが山を降りてこの村を襲った?」
「それは……、話すと長くなるけれど、いいかい?」
ぽつぽつと話し始めるケニュだが、彼が言うほど長くも難しい話でもなかった。
「つまりその「ローブの男」が振る舞った酒を飲んだらこうなったと?」
「あぁ、ああそうだ、お前頭がいいな……」
「アジーダが酒に弱いってのは初耳だな」
「そんなことない、酒はみんな好きさ。ただその男が持ってきたのだけがおかしかったんだ」
「それで、お前だけなんともないのはどういう理由だ?」
ケニュは恥ずかしそうに話す。
「あの時俺だけ居眠りしててさ……、その、見張り役だったんだけどみんなだけで酒盛りしてて悔しくて……」
「そりゃ幸運だったが……、クロムどうする?」
「この様子からも無害そうだけど、お前は山に帰るのか?」
「そりゃ帰りたいけど……、もうみんな死んじまったんだろ? じゃああそこに戻っても……」
がっくりと肩を落とすケニュ、哀れではあるが「本物の」獣人が人里で暮らすのはかなり難しそうだ。
「それにしても族長を倒すなんて、やっぱ人間はおっかねえなぁ」
「そりゃこいつが特別なんだよ、あんなのと戦うなんて金輪際嫌だね」
そう言いながら肩をバシバシと叩いてくるジネット。
「そういえばあの大きい、その族長のことだと思うけれど。妙な術を使ってちぎれた腕を回復していたんだが、あれはお前たちの魔術とかなのか?」
「……? なんのことだい、腕が回復? そんな事できるわけないじゃないか」
冗談を言っているのだと思ってか笑い出すケニュ、やはり何かおかしなことがそのローブの男によってもたらされたのだろうか。それこそ魔術の一種だろうか。
ジネットが息を吐いて何かを決心したように話し出す。
「もういい、お前はさっさとどこかに消えろ、今なら見逃してやるよ」
「ああ! ありがとう! なんとお礼を言ったら良いか……、どんぐりいるかい?」
「いらんからさっさと行け!」
「ひやぁ、わかったよ、それじゃあね!」
喜びながら家を飛び出して逃げ出したケニュが、数歩走ったときにその頭部に矢が突き刺さった。
ドサリと倒れるケニュ、ジネットが驚いているがその向こうにはあの指揮官がいた。弓兵の横に立ち、死亡を確認させた後にこちらに来た。
「馬鹿が、あれを逃すわけ無いだろう。何を考えている」
「……お前にはあれが人を食い殺すように見えたのかよ」
ジネットが睨むが涼しい顔で受け流している。
「獣人の表情など見分けが付くかよ、お前ほど暇ではないのだ。さあさっさと消えろ、戦闘で役に立ったことで今の背信行為を問わないでやろう」
そう偉ぶりながら手を払う男、ジネットは何かを飲み込み――おそらく数多の暴言――その場を離れていく。自分は指揮官の顔を見て、そして足元から上まで見渡す。
「何だ小僧。……貴様の活躍は見ていた。こんな掃き溜めにいるのが惜しい、どうだ私のもとで……」
「……いや、小便の痕が残ってるなって」
「!」
指揮官が慌てて下半身を見るがどこにもシミなどはない。
「はは、ほんとに漏らしたんだ。履き替えるの「だけ」は早いね、それが出世のコツかな?」
「……わははは、うわははは!」
ジネットが大笑いする中、指揮官は顔を真っ赤にさせてこちらを睨んでいる、横の兵士も笑いをこらえている。
「あんたや他の兵士も助けてやったんだ、正当な評価を頼むよ「お漏らし指揮官」」
「貴様……!」
そう言い仲間の元へと戻った。死傷者は多いがそれでも正規軍の方に比べたらずっとマシだ。
後日、戦力の低下が激しいことからジネット団は一時的に活動を停止し、怪我の回復と人員補充を行うことをジネットが決断した。
それを受けて自分はジネットの勧めもあり、アーケリアに帰ることとなった。あの指揮官も(いくつかの誹謗中傷とともに)自分の活躍を報告してくれたらしく、それを手土産にすれば出世も出来るとジネットも太鼓判を押してくれた。
団を離れる日、見送りはなかったが最後にジネットと話す時間があった。改めて話すこともないが、結局彼のこともよく知らないまま別れることとなる。
「……正直言って、楽しかったぜ。お前が来てから久しぶりに真面目に働いたよ」
「いなくなったらまた酒浸りの日々かな」
「そりゃそうだ、あんなに死にかけることも、もうしたかねえもんな」
豪快に笑って見せるジネット、その顔にはどこか晴れやかなものがある。
「俺もちょっとはな、「やる気」出してもいいんじゃねえかって思えたよ。お前のお陰でな」
「そりゃいいや、元気でね。長生きしろよ」
「チビのお前に言われちゃあ厳しいな! けどまあ、努力はしてやるよ」
「じゃあね」
「おう、二度と会うこともねえだろうがよ」
そう話し、アーケリアに向けて出発した。戰い放しの日々だったが得難い経験の数々だった、そして気になることも新たに生まれた。
「ローブの男」、これに奇妙な縁を感じていた。過去の思い出と重ね、不気味な感覚が背中にこびりついている。
次からまた場面が変わります




