決死
ちまちま挿絵を制作中です。まずはプロローグに挿入したので良ければ御覧ください。
一目で他とは明らかに違う、体も大きくその気配も圧倒的なアジーダが正規軍の死体たちを踏みつけながら今しがた殺害した兵士脳でを片手でつかんでぶら下げている。彼はまだ息があるようで必死に離れようと抵抗している。
「離せ、くそっ、この化け物が、死ね!」
悪態をつきながら足をジタバタさせるがアジーダは一切の痛痒を感じていないようだ。二メートルをゆうに超える巨躯で腕もそれに見合って太い。顔を見にくく歪ませ、逆の手で今度は足をつかんだ。そしてそのまま横に引き……。
「なにを、やめ、やめて、痛……、あぎゃあああああ!」
あっという間に兵士の体が二つに裂かれ、血を撒き散らしながら動かなくなる。アジーダはその血を浴びるように死体を上にかざし、赤黒い肌が真っ赤に染まる。
「次ハ、ドレダ」
話した。ここまでいたアジーダが話せたのかは不明だが、周りのものの驚きようから通常ありえないようだ。前に飛び出ている黄色い眼球が次の狙いを定めようとギョロギョロと動き回る。
「い、今だ、射て!」
その声が聞こえた直後、アジーダの腕が吹き飛んだ。その後ろには大きな杭が地面に突き刺さっている。声の方を見ると巨大な「弩」があった。人一人よりも大きく、次発を装填しようと三人がかりで弦を引いている。
歓声が上がり、なくなった腕の付け根から血がこぼれ落ちている、そこに追い打ちをかけようと槍を構えた兵士たちが五人取り囲んでいる。
アジーダはその傷跡をじっと見つめ、そして下にある別のアジーダの死体を拾い上げた。
「あいつ何を!」
アジーダは仲間の死体の胴体に、弩に吹き飛ばされて残った二の腕を死体の傷口からねじり込み、そして腕を引き抜いた。臓物がボトボトと溢れる中、引き抜かれた二の腕の先には死体の肉がまとわりついている。
「……正気じゃねえ」
ジネットがつぶやくがその言葉に同意しか無い。アジーダに伝わる治療法なのか、それとも完全に気が触れているのか、しかしその奇行は現実に異常をもたらす。
まとわりつく肉がもぞもぞと蠢き、歪だが腕の形をとっていく。アジーダはそのさまを見て、一際大きく吠えた。肌が震えるほどな叫びに皆が気圧されている。
取り囲んでいた兵士たちは退くこともできないのでそのまま攻撃を仕掛ける。
「くそぉ化け物め!」
「――ハァァ」
迫りくる五本の槍のうち、端の一本を掴んだアジーダは兵士ごと持ち上げて横薙ぎに振り回した。とてつもない力で、なぎ倒された兵士たちはすでに絶命していた。
「ああぁ……」
横や後ろから絶望の声が聞こえる、すでにあれに殺されたであろう者は数十人。奴一匹にアーケリアの正規軍が半壊している、こちらもすでに損耗が激しく全員の士気が下がっていくのがみえる。
このままではまずい、早く撤退を決めないと全滅の恐れもある。だが指揮官からその命令はくだされない、目をやると恐怖からかへたり込んでいる。
「なんであんな奴が……、どうすれば……」
誰かあいつをぶん殴って立ち上がらせてくれ、アジーダは飛び上がり他の兵士たちに襲いかかった。
「来るなああ!」
剣や弓で少しでも遠ざけようとしているが全く効いている様子も、怯むこともない。拾った死体や奪った武器を乱暴に振り回し、瞬く間に死体の数が増えていく。一人二人、死体が増えるたびに暴力的に笑っているアジーダ。
「やべえやべえやべえ!」
ジョックが叫ぶ、すでにジネット団の者は逃げ出している。だがその先にも生き残りの別のアジーダが待っており、先頭にいたものがその爪に切り裂かれ後続の足が止まる。
……やるしかない。姿を透明にし、一息で奴の後ろに回り込む。剣を手に立ち向かう、狙うのは首、一撃で仕留める――。
「はああ!」
「――ヌゥ!」
奴の首に剣を当て横に切り裂こうとしたのだが、首の骨に届くかというタイミングで奴が振り向き強引に腕を振り回した。それに吹き飛ばされ、地面に転がり落ちた。ごく一瞬で、剣が肉に当たった瞬間に超反応で対応された。驚異的な生命力あっての行動だが、それ以上に反応速度が尋常でない。
「くそっ……」
「クロム!」
「あいついつの間にあんなところまで……?」
ジネットとジョックが急に現れ、そして吹き飛ばされたクロムを見て驚きの声を上げた。
仕留め損なった。肩に鈍い痛み、間違いなく骨にヒビが入っている。完全に折れているかまでは分からないが動かすだけで激痛が走る、打ち付けた背中も痛み息をするのも難しい。
奴は完全にこちらに狙いを定め、首の傷などないかのように全速で突進してくる。
「あいつ……! 射て、射て!」
ジネットの声に弓が放たれるが足止めにもならない、もうすぐそこまで来ている、こうなれば……。
何も持っていない、死肉でできた腕が迫りくる、逆の腕より一回り太く先程あれで殴られた兵士は鎧ごとひしゃげていた。それが膝立ちの自分に向かってきて、モロに食らって吹き飛ばされた。
「おい、大丈夫かクロム!」
「あれは……、死んだだろ……」
次に襲われるのは自分かもしれないという恐怖から全員が立ちすくんで動けない、眼前の脅威から目が離せず誰も逃げ出せないでいた。アジーダがゆっくりと歩き出す、他のアジーダもどんどん輪を縮め、すっかり残りの兵士たちは取り囲まれていた。
「……あ」
「なんだ、どうした!」
団員の一人がこの状況で呑気な声を出した、それに苛立ったジネットが怒鳴りつけるが、その団員はどこかを見て怯えたような目をしていた。その方向にアジーダはいない、いるのはクロムだ。
「あいつ生きて……!」
「まさか!」
全身が軋むがまだ生きている、まだ立ち上がる力は残っている。こんなところで死ぬつもりはない、そのためならばこのあと気を失おうが些細な問題でしか無い。こいつさえ倒せばあとはなんとでもなるはずだ、だから今できる全力を。
「うおお!」
「――オマエ、マダ生キテ」
こちらから斬りかかったのをアジーダは兵士から奪った剣で防いだ。だが押し込める、こちらのほうが今は出力が上だ。
相棒の鎧を展開した、全身に白い外殻が形成される。せめて少しでもバレないように腕と足先は変化させていないが首から下はほぼ覆っている。顔も輪郭を覆うように鎧が表出し、相変わらず白銀の一部に黒いノイズのような模様が奔っている。
これを展開することで相棒の全力を出すことが出来る、防御のためだけでなく腕力や素早さも通常とは段違いになっている。
「どりゃあ!」
「ググッ」
防ぐ剣をかち上げ、無防備になった胴体を袈裟斬りにする。血が噴き出るがまだ浅い、一歩踏み込みが足りない。追い打ちをかけるためさらに接近するが、アジーダは慌てて後退し、仲間をけしかける。
「邪魔だ……!」
今ならば他のアジーダは片腕で首をはねられる、行く手を塞ぐ二匹を斬り伏せさらに突き進む。後ろにもいるがそれは問題ない。
「おらサボってんじゃねえ、俺たちもやるぞ!」
ジネットが叫びながら仲間とともに足止めをしている、これでまた一対一だ。初めてあのアジーダが苦々しい顔をした。
「人ノコドモガ……、邪魔ヲスルナ!」
「邪魔なのはお互いさまだろうさ!」
剣戟を二度繰り出すが爪で弾かれた、だが片腕の爪だけではいつまでも防ぎきれない、攻撃するたびに腕や足に細かい傷が増えていく。
「ゴガアアァ!」
苦し紛れに吠えてみせるが怯みはしない、歪でない方の腕を切り飛ばした。
「グゥ、ウオォ!」
大きく構えて膨れ上がった腕を振り回す、力を入れたらその腕がさらに大きくなった、速度も今までの比ではない。剣を捨てて両手でそれを受け止める――。
「ど、りゃああ!」
数十センチ押し込まれたが足が止まる、逆にその腕を掴み脇に抱え、フルパワーで持ち上げる。
「おらああぁぁ――!」
そのまま上に持ち上げ、奴の体ごと地面に叩きつける。地面が揺れるほどに激しく叩きつけアジーダが倒れ伏す。
しかしまだ生きている、立ち上がってもう一度吠えた。
「死ネヌ死ネヌ死ナヌ、彼ノ姿ヲ見ルマデハ、「アノ場所」に行クマデハ!」
「――勝手にしろ」
半分斬れている首を再度斬りつける、今度こそ首が離れ地面に落ちた。遅れて体も崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。
「はあ……、はあ……」
「おおおおお! あの子供がやったぞ!」
歓声が上がる。
「うるせえまだ終わってねえぞ!」
正規軍の兵士も含めてジネットが怒鳴る、まだアジーダは残っている。一番大きいのが敗れて困惑している様子だが逃げ出しはしない、そのまま残党狩りに移行した。
鎧を解き、その場にへたり込む。気絶はしないで済みそうだが消耗は激しい、今はもう戰い続けることができないほどに弱ってしまった。鎧を展開している時に砲撃はまだ出来そうにない、こうやって緊急時でもないと使えないというのを改めて確認した。
それから程なく、遠くから討伐の終わりを知らせる歓声が聞こえてきた。こちらの被害も相当だが、ひとまずは生きのびることができた。後は村人を探さなくてはならない、震える足にムチを打って捜索を開始する。




