囮
村、スーラと呼ばれるらしいがそれは小川をまたいで存在している。東門に行くには川にかかっている橋を渡る必要がある。そこを通り東門の近くまで行き作戦を練っている。
団員は現在八十七人だが負傷者もいるので実働は八十人ちょうど。だがこの人数でぞろぞろと村に入っても奇襲への対応力が懸念点となる。陣形を組もうにも相手の武装も不明である。アジーダは基本武器などは用いずに己の爪と牙で狩りをするという。
だが今は槍などの人の武器を持って襲ってきているとのこと。武器のリーチが人間側の優位点なのだがそこを潰された結果苦戦している部分もある。流石に熟練度は正規軍ともなれば負けていないはずだが、基本スペックに劣る以上容易い相手ではない。
飛び道具は今のところ使っていないとのことだが、投石だけでもあれらの力だと驚異となる。アジーダは素早いが力は強くないと言われているのだが、ここにいるものたちは素手で木造の家屋を破壊するほどの膂力がある。
これらの理由から人員を選抜し二十名まで人数を絞った。当然のように自分もそこに加えられたが、客観的に見たら仕方がないのかもしれない。それらで突入することとなったのだが、そこでジネットが信じられない提案をした。
「先行しろと?」
「そうだ、お前とあと二人。レロとルーダを連れて先に村の中に入れ」
「……一応理由を聞いても?」
「お前なら言わなくてもわかっていると思うが、囮だ」
村の外に罠を仕掛けても食いつかなかったらしいが、「村の中」ならば話は別だろう。こちらに気を取られたところに攻撃を仕掛けるという算段なのだろうが、こちらのリスクは相当に高い。他の二人も小柄で素早いので逃げ足も速いが獣人相手ではどれほど意味があるのだろうか。
しかし斥候は必要だろう、なのでジネットに提案する。
「俺一人で行ってくるよ」
「何言ってやがる、一人でどうするってんだよ。襲われたら誰も助けてくれねえんだぞ」
「……あまり言いたくないけど、手段はあるから」
燃費も良くないので多用はできないが、相棒に頼れば光学迷彩のようなことも出来る。臭いなどは消せないのでどれだけ効果があるのか不安だが、慎重に立ち回れば三人で動き回るより安全かもしれない。誘い出すのときには解除しなければならないが、そのときだけは気をつけなければならない。
「前々から思ってたけどよ、お前まさか魔法が使えるのか?」
「似たようなものかもね。奥の手だから隠しておきたいんだけど、そうも言っていられなそうだし」
戰い続けているお陰か、それとも成長しているのか、少しづつではあるが体力も戻ってきている。透明化も十五分くらいは維持できるだろう、皆への説明はジネットがしてくれた、なので一人スーラ村へと潜入を試みることとした。
村の中は一言で表すならば「地獄」。村の外からも死臭は漂っていたが、一足踏み入れればその臭いが鼻をつき、むせ返るほどの血の匂いと腐敗臭がそこらじゅうに蔓延している。
そこらあたりに人の手や足、臓物が散らばっている。無惨に、無責任に「散らかされた」それらは汗ばむほどの暑さと日差しでみるみるうちに腐っていく。アジーダはそれを面白半分に齧ってはゲラゲラと笑いながら投げ捨てている。
通りをうろうろと歩いているアジーダの容姿は、鹿のような長い脚の二足歩行で歩き枯れ枝のような長い腕には手よりも長い爪が生えている。耳のない犬のような頭は目がギョロッと飛び出ており今はさらに血走って次の獲物を探し歩いている。
およそ人の気配はしないが、家の中に生き残りがいるかもしれない。見える範囲でアジーダは十四匹、武器を持っているのはその半数で弓を持っている個体はいない。熱源感知で調べたが高台などに伏兵は無し、であればこちらは弓兵を増やしたほうが良いかもしれない。
家の影を音を出さぬよう慎重に動き、村の奥に数十メートルほど侵入した。そこまでで生きた人間はゼロ、あとは全て死体とアジーダたち。残りのアジーダは南側で正規軍と争っているのだろう、ここからもその音が聞こえてくる。
数だけで言えば思い切って全軍で踏み入っても良いかもしれないが、ここからはわからない事態が発生しているのかもしれない。村はそこまで大きい場所ではないが、流石に全域を熱源感知することはできない。距離が遠くなると精度や大きさも分かりづらくなるのであてにならなくなる。
ひとまずわかり得ることは全て得たので引き返すこととする、アジーダは嗅覚は優れていないのかそれともここのひどい匂いが効かなくさせているのか、とにかく見つかることなく無事に脱出できそうだ。
そう思い振り返った瞬間、家の中から出てきたアジーダを真正面から出くわした。これを回避するのは難しいと判断し、すぐさま手斧を引き抜き喉を切り裂く。血が吹き出し、何が起きたかもわからぬうちにアジーダが倒れ伏した。
他のものが気づくより先に脱出すべく駆け出し、取り敢えず皆のもとに帰還できた。見てきたものをジネットに伝えれば、弓兵を増やすことを決め、当初の予定より人数を倍にして四十名で乗り込むこととした。
各々が盾を構え、いつでも襲撃に対応できるように警戒しながら並んで前に進む。そして先程倒したアジーダの死体が見えた時異様な光景があった。
アジーダたちが慟哭していた。仲間の亡骸の前に十匹以上のアジーダがうなだれ、地面に膝を付き空に向かって叫んでいる。力の限りに声を上げ、それぞれが大粒の涙をこぼしながら怒り狂っていた。自分を含む全員がその姿に目を奪われ、先制攻撃する好機だというのに何もできずにいた。
すると奴らがこちらに気がついた。充血した瞳には憎悪がこびりつき、甲高い犬のような雄叫びをあげながら襲いかかってくる。
「構えろ!」
ジネットの号令で皆我に返り武器を構える。楕円形の縦を前に構えて爪を伸ばした攻撃を受け止める。後ろから補助をしているにも関わらず押し込まれ跳ね返せない。
「射て!」
ジョックの声で弓兵が斉射する。後方にいるアジーダに矢の雨が降るが、肩や足に刺さっても怯むこともなく突っ込んでくる。自分も前列にいるのでその圧を受けながら必死に堪える。
「槍を!」
盾を下げすかさず槍を突き刺す、腹に突き刺さったらさすがのアジーダもよろよろと倒れていく。だが致命傷にならなかったものは逆に槍を握りしめ奪い取ろうとしている。そこに横からも槍を受けやっと四匹のアジーダが地面に倒れた。
だがまだまだいる、今は残り十匹だがおそらく騒ぎを聞きつけ更に向かってくるだろう。これでは押し込むどころかこちらが保たないかもしれない。だがやるしかない。
「てめえらビビるんじゃねえぞ!」
ジネットに鼓舞されまた進んでいく、しかし家屋の中や村の奥からもぞろぞろと出てくる。二十、三十……、もっといるかもしれない。
「……なにが追い込めだ、こっちのほうが多いぐらいじゃねえか」
ジネットが小声で愚痴を漏らした。わかっていたがやはりこちらは「捨て駒」らしい。ジョックが増援の合図を送る、待機していた残りの四十人が後方からやってくる。こうなったら混戦は必至だ、いつもの手斧ではなくリーチもある剣に持ち替えた。そこからは血みどろの乱戦が始まった。
二人がかりでも苦戦する相手に陣形を維持するのは難しく、早々にバラけて戦闘が始まる。アジーダは槍や剣を力任せに振り回すが馬鹿力でもって盾をも砕く威力になる。自分もなんとか仲間を守ろうとするがこちらも余裕がない中、向こうを十匹殺す間にこちらも二十名近くが負傷し戦闘不可能になっている。計算上はこのまま倒しきれなくもないが被害は甚大だ。
南側の戦闘もどうなっているかわからない。ジネットの判断が求められるが彼も戦闘にかかりきりでその暇はなさそうだ。
全体に疲労の色が立ち上る中、村の向こうから笛の音が聞こえた。どうやらこちらの努力の甲斐もあり、南側は制圧できたらしい。となれば挟み撃ちで残りを殲滅するだけだ、皆に希望の色が宿る。だがアジーダはそれを知らずか闘志が衰えることはない、あふれる殺意を持ってこちらに攻撃し続けている。
それからも戰い続けさらに十匹殺したところでいつまでも援軍が来ないことに疑問を抱く。アジーダは半分以上が死んだとあって逃げ出し始めた、村の中に駆けていくのをこちらも追撃する。そして村の中央にある広場にたどり着いた時、そこにあったのは正規軍の兵士たちの死体の山だった。
その中心にあったのは、周りよりも一回り以上体躯の大きいアジーダだった、それがこちらをじっと睨みつけ、嗤った。




