追撃
あわやという窮地は免れた。ジネットが率いる部隊は隊列を組んで離れた丘の方で構えていた。自分を助けた弓兵部隊は第二射を行おうとすでに用意ができている、だがもし自分のみを案じて射てないようであれば邪魔にならないように退避するべきだろう。それにこうして合流したからには指揮隊長に状況の説明をしたほうがいい。
突如の攻撃にジパも戸惑っているのがわかる。硬い外殻は弓では貫けないが、自分が与えた傷などに運悪く刺さっている個体もいた。後退するならば今が好機だ、近くの一体を仕留めきり全速力で彼らのもとへと走る。それを見て弓の斉射が行われて援護をしてくれた。そのおかげもあり無事にたどり着くことができた、ひとまずは安全になったと思えば急に疲労感が来るがぐっとこらえジネットのもとへ歩く。
「救援いただき感謝いたします」
「……」
ジネットからの返事はない。
「大口をたたいておいて、情けない限りです」
「……そうなるな」
「ですが、恥を承知でもう一つお願いがあります」
「なんだ」
「追撃をお願いしたく思います」
ジネットの両目が見開かれる、まるで想像していなかったかのように。
「お前……、まだ……」
「ええ、一度言ったからにはやり遂げねばなりません。朝まで待てば火も収まりましょう、そうなれば中に残っているものも狩り尽くす好機です」
「……」
口をあんぐりと開き、言葉が出ない様子。呆れているのか、驚いているのか。いずれにせよ実行せねば、根絶やしにしなければ意味がない。
「どうか、ご助力のほどお願い申し上げます」
「……ジョックと話し合う、お前はその辺で休んでいろ」
そういい後ろに歩いていくジネット。どうなるかはわからないが休憩はたしかに必要だ、残り少ない糧食を口に詰め込み水で流し込む。そのまま邪魔にならないような場所に移動し地面に座り込む。このまま寝てしまいたい気持ちに襲われるが、陣地も整わなければ安心などできない。幸いにもジパは村の近辺で固まって動きはないが、いつまた襲いかかってくるかわからない。
監視役もいることだから今はそれにまかせ、ぼうっと村が燃えるさまを眺めていた。
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ジネットが戻ってきた。あの子供と何を話したかわからないが、あの様子を見るにただ事ではなさそうだ。緊張は隊全体に広がっているができるだけ表に出さないよう、余裕ぶって出迎える。
「よお、どうだった? あのガキはなんて」
「……ジョック、お前初めて剣を握ったのはいつだ?」
唐突に何の話かわからないが、ジネットの目は真剣そのもの、近頃は見なくなった「彼本来」の顔だ。
「そうだな……。親父は漁師だったから初めては……、近所の傭兵連中に遊んでもらったときで、七、八歳のころかな」
「実戦は?」
「それは……、「あの時」が初陣だったから十六だな」
「そうか……」
「おいどうしたんだよ、それがなんか関係あるのか?」
ジネットがじっと黙り込み思索を行っている。こんな姿を見るのはいつぶりだろう、少なくともこの部隊になってからは見たことがない。
「俺は十五で初めて戦場に立ったが、その時は後ろで荷物を運んでいるだけだった。だから初めて人を殺ったのはその二年後だった、今でも覚えている、俺より倍は年を食ってるフィニク人の男だった」
「……そうか」
「その晩は一睡も、まばたきもできねえくらいビビり散らかしていたが、一番の理由は殺した罪悪感なんかじゃねえ、「怖かったんだ」。いつ死ぬかもわからねえ、後から前から、どこから矢が飛んでくるかもわからねえ恐怖に縮み上がったんだ」
「……俺もそうだったよ」
鮮明に覚えている、忘れたことなどない、今後一生忘れることはないだろう。あの心臓が潰れそうなほどの感覚、吐きそうになるほどの、事実戦場で吐いたほどの恐怖感。
「じゃああのガキは何だ、どうしてあの「目」ができる?」
「あれはなんて言ったんだ」
「……明け方、ここから日差しが見えた時にあの村に突撃する」
「は?」
なんて言ったのか、あの村に? ジパが蔓延るあの地獄へと、どうしてわざわざ行かねばならないというのか。たしかにあの炎で数は大きく減っただろうが、それでも生き残っているだろう個数はわからない、あまりに危険が大きすぎる。
「嫌か?」
「嫌……、っていうよりも無謀だ」
「そうか、そうだな……」
一体どうしたのだ、いくら酔っているといってもジネットは歴戦の勇士だ。ここで落ちぶれてはいてもその観察眼はほんものだ。相手と自分の戦力差を見極め適切な指示を出す能力はいまだ国内でも上位、そう今でも思っている。それがなぜこのような無茶を言うのだ、困惑に唇が乾く。
「ならいい、来たい者だけでいい。そいつらで小隊を組んで攻撃を行う」
「待て……、なんだってそんなことを言う!」
「あいつが……、あのガキが言うんだ」
「あのガキに言われたから? どうしちまったんだ、頭がおかしくなったんじゃねえのか!」
つい激昂して暴言を吐いてしまったが、ジネットは怒るどころか当然のように受け入れている。
「そうだ、俺はおかしい。だからあんなガキの言葉に、目に従うしかねえんだ」
「……わからねえ、わからねえよジネット」
「わからなくていい、だが断言する。あいつがいれば間違いなくあの村のジパは全滅する」
「どうして」
たしかにあれの戦う姿は異常だった、この国でジパを相手にあれだけ立ち回れるものがどれだけいるだろうか。だがそれでも言い過ぎだ、第一戻ってきた時のあれは疲労でふらふらしていたではないか。
「全員に伝えておいてくれよ」
「わかった、言うだけ言ってみるよ」
そうしてジネットは離れていく。言われたとおり全員にその話を伝え、結果揃ったのはジネットと俺を含んでたった九人。それとあの子供。俺ら意外の七人はいずれもまだ若い、この団の中ではいくらかやる気の残っている者ばかりだった。それらは震える手で剣を握り号令を待っている。
そのジネットはと言うと、全員が集まるその瞬間まで一切動かず、その手に握る剣を、強く握りしめる力を一度たりとも緩めることはなかった。
こちらを見て、一人ひとりの顔を見て最後にあの子供をじっと見た。そして声を発する。
「いくぞ! 今日であの魔獣を一掃する、ついてこい!」
こうして地獄の魔獣狩りは始まったのだった。




