無謀
――思えば馬鹿なことをしたものだ、危険生物を誘い出し迎撃するなど。これが最も効率的で数を減らすのに有効だと考えたはいいが、肝心の「後始末」までをあの時どこまで覚悟していたのだろうか。
乾燥していた木造家屋は想像よりも遥かに燃えやすく、かつ密集していたため瞬く間に広がっていった。そこからは蜘蛛の子を散らすように溢れ出たジパを迎え撃つことになった。
試しておきたかったこともある。相棒で手斧を「覆い」強度を増す、砲撃などが燃費の関係で多用できないことからこれの方が省エネになるのではないかと考え至った。
材質の影響か、手斧は全体が白銀に輝くなかで刃の一部分に黒いラインが入っている。近接武器を取り込むのは初めてだったためこれが正常なものかはわからなかったが、とにかくそれを手に走りくるジパを捌いていく。
一番近い村の出入り口から見えるジパは十匹ほど、だが大きさもあるのでそれだけでも威圧感がある。赤黒い甲殻には脈打つような模様が入っており禍々しく映る。目に当たる部分も鎧の下にあるので顔は分からないが、そこから牙がちらりとみえる。
一直線にこちらに向かってくるそれらはずいぶん飢えていたようで、絶対に逃すまいかといった風に突撃してくる。
それならばこちらも好都合、逃げないのであれば逃げられないですむ。とはいえすべて殺し尽くす気もない、いくらか数を減らし残りを「彼ら」にぶつけてしまえばいい。
……そう考えていたのもどれくらい前のことか、数分前あるいは数時間前。ジパは上から押さえつけるように飛びかかり、そのまま爪と牙で「毟る」ように動いてきた。なので群れの中に飛び込んだほうが、かえって数の利が生まれずらくなる。
四方を囲まれ、適当に伸びてくるジパの手足を掻い潜りそれらを切り裂き、折り、踏み潰す。多少の擦り傷切り傷は無視し、ひたすらに斧を振り続ける。
裏返したジパを盾に攻撃範囲を限定していく。奴らはそれを嫌がるどころか、降りかかる同胞を食い散らかした上でさらなる獲物を求めて動き続ける。
全身にジパの体液を浴びる。傷口からそれが入れば感染症になることは間違いないが相棒がそれだけは防いでくれる。
だからこそ無茶な突撃も出来るし、今も何匹目かもわからぬ死骸を踏み潰し次の相手を見定めていた。
なぜこんなにも必死になって戦っているのか。無下にされたのが悔しかったから? つまらぬプライドが傷ついたから?
違う。この仕事を与えられた時、ロンペルドにこの任務を聞かされた時、俺はたしかに「嬉しかった」のだ。
この地で意識を取り戻して初めてだったかもしれない、異様な高揚感に包まれた。やっと誰かの為に戦える、「誰かを救える」。
ずっと求めていたのかもしれない、けれどそれに蓋をして、自分のためだけに生きようとした。だが気づいてしまった、わかってしまった。
俺はこういう風にしか生きられない、ここまで送ってくれた商人と、そこから見えた村人たちの顔。これらを逃がせば彼らに危害が及ぶかもしれない、それを思うと斧を握る力が強まるのを感じる。
また頭上を奴らの足がかすめていった。人の手足よりも遥かに固くしなやかなそれをまともに受ければ致命傷になりかねない。先程までは余裕を持って躱せていたのにだんだんと際どくなってきた。
疲労が蓄積している、当たり前だこれで何匹倒したのだろうか。奴らの顎のあたり、裏側に柔らかい部分がありそこに斧を当てれば力を入れなくとも仕留めることが出来る。またそこに刺さった斧を引き抜き、転がって上から襲いかかるジパを躱す。ギリギリだったので衝撃から少し動かされる、足にもキテいるようだ。
村から何度目かの爆発音、油壷かなにかの可燃性のものに引火して家屋が吹き飛ぶのが村の外からでも見える。そのたびにジパの悲鳴が聞こえ、たしかに目論見通り焼き殺せてはいるようだ。
それでもなお目の前には数えたくもないほど、今は三十匹ぐらいにみえるが、少し前から数が変わってないように思えた。間違いなく仕留めてはいるのだから、村の中にどれだけいたのか、あとどれくらい残っているのか。
後のことは考えず、とにかく動き続けるがそろそろ頃合いかもしれない。全身が重く、息も乱れてきた。彼らがどれだけ戦えるのかもわからないが、仮にもそれ専門の人間たちなのだから多少はできるだろう。
そうして撤退を考えていた時、急に膝がおちた。足を滑らしたのだ、迂闊にもジパの足を踏んでしまった。体液がこぼれ滑りやすくなっている。尻餅をついてしまったが、それを見逃す彼らではない、斧で迎え撃つが座ったままでは負傷も覚悟せねばならない。
すると目の前のジパが鳴いた、見えづらいが殻の下にあった目に矢が突き刺さっている。どうやら援軍が来てくれたようだ、立ち上がり後ろを見るとジネットたちが隊列を組んで向かってきていた。
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ひと目見たときから気に食わなかった、特に目が癇に障る。また都からいけ好かねえ軍人が来たと思ったら、また追加の人員があるのだと。当然拒否権などない、またどっかのごろつきか、ろくに文字も読めねえ死にたがりのどちらかだろう。
それらを預かる身にもなれと言いたいが、そんな殊勝な気持ちがあればこんな辺境で援軍も寄越さずに魔獣と戦わせたりなどしない。
ジョックもよくやっているが正直そろそろ限界だ、士気もどん底、資源も尽きかけている。時々馬鹿どもがどこからか食料を奪ってくるが、それをいちいち咎めるのもいい加減に疲れてきた。巷ではここを処刑場だなんだと言っているらしいがおおむね正解だ。
魔獣のねぐらの近くで酒盛りをしている奴らがまともに戦えるわけなどない。一応は経験を積んだ人間ばかりであるが、未来もあったものでないここで命がけで戦うものなどいない。
そうして酒を飲んでいたらあの小僧だ。生意気な目をした黒いんだか白いんだか「曖昧」な変な髪色の子供、そいつはよりにもよって俺を「あの名前」で呼びやがった。殺してやろうかとも思った。だがいい加減、いちいちキレて回るのにも飽いてきた。もうすべてが億劫で、明日のことを考えるのも嫌になってくる。
小僧を追い払ったあと、また飲んでいたら馬鹿達が騒ぎ出した。いつものくだらねえ猥談や賭け事の叫び声と違うどよめきがあった。
聞こえてきたのはなにやら火がどうのと、流石に火事だけは見過ごす訳にはいかない。重い腰をなんとか持ち上げ、殴りつけてやろうと近づいていくと理由がわかった。
あの小僧が、村に火をつけたのだとか。信じられねえ、どんな馬鹿でもそんなことをしたらどうなるかわかる。都の奴らにジパの相手を任されたときから、あれに関わるつもりはなかった。
どうせはした金しか貰えないというのに、リスクが高すぎる。特に今は繁殖期で攻撃性が最高に高まっている、豆粒のような距離から目が合っただけで狂ったように襲いかかってくる化け物が、軽く百はいるのだから俺らが多少突いたところでどうなるものでもない。
それをどうしたと? 火を放った? 怒り狂って暴れ出すジパの群れを相手にするならば中隊規模の戦力がいる。こちらは今九十二人、そもそも魔獣よりも数が少ないのではどうにもならない。武器も矢も底をつきそうであれば継戦は不可能、だがそれでもこうなったからには迎え撃たねばならない。
とうとう死に場所が向こうからやってきたかと思った。それが知りもしない小僧からもたらされたと思うと腸が煮えくり返る気分だが、遅かれ来たであろうその時だと思えばどんな終わりでも大した違いはない。
気のいい馬鹿どもだが、ここを離れれば処刑されるか野たれ死ぬかの二択だ。悪いがいっしょに来てもらう、怖気づいて逃げてもこればかりは目をつむってやろう。その後の処罰など知ったことではない。
昔は常に傍らにあった剣と鎧、今はホコリをかぶっている方が多いそれをもたもたと新兵のような手付きで身につけ、明日にでも死にそうな古馬にまたがってそこへと向かった。
そこに待っていたのは想像と違う、誰もが予期していなかったであろう光景。
確かにジパの群れはいた、予測通りかそれ以上の数のおびただしいそれら。だが一斉に襲いかかってくると思った奴らは、大半がすでに「死骸」になっていた。
そして今もその数が増え、次々にジパが「散らばり」肉片を撒き散らしていた。酔って歪む目をこすり、その中心にあるものをよく見ようとする、あの小僧だ。
眼の前で起きているのに何が起きているのかわからない。あれは間違いなくジパだ、時に町をも滅ぼすと恐れられた魔獣、近年はその数を減らし皆に忘れかけられてはいるがそれでも脅威には間違いがない。それを次から次へと、野菜でも収穫しているかのように安々と、軽々と切り裂いていく。
ジョックがこちらを見ている、指示を待っているようだが正直どうすればいいかわからない。突撃を命じるつもりだったのだが、ここは支援したほうが良いのか、それとも様子見……?
指揮をする立場になって初めて、どうしたらいいかわからずに口を閉ざしてしまう。しかしあの小僧が転倒した、あれだけの数を相手に当たり前だ。だがこのままでは食い散らかされてしまう、そう思った瞬間に声が出ていた。
「弓を放て!」
絶叫に近い声でそう叫ぶと弓兵が慌ててつがえ、斉射する。てんでバラバラに飛び散る弓の一本が偶然にもあの小僧の前にいるジパに命中した。
小僧はよろよろと立ち上がりそれにとどめを刺す。なれた手付きで、なんの迷いもなく。
すると小僧と目が合った。かなり距離があるが間違いなくこちらを見ている、その時心の臓が震え上がるのを感じた。酔いも冷め、震える手を抑えて奴のもとへと馬を進めていく。
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