魔獣退治の専門家
ジネット・ゴーニールというのがその男のフルネームである。かつて国王争いにおいて現国王の敵対派閥に所属していたことにより、その後閑職につかされた。しかしそこでの不真面目な態度や上官からの指示を無視するなど問題行動が問題視され、さらに遠くの人気のない地域で魔獣討伐を行わされている。
それだけのことをしてなお処分されていないということから能力の高さは伺えるが、人物像に関しては多くのものが口を揃えて粗野な男、獣のような風貌などと散々な言われようだった。
そして彼が率いるジネット隊は犯罪者、特に戦争犯罪者を多く擁しており、危険な魔獣討伐を行うことを条件として一時的な恩赦となっている。
こういった事情から隊の風評はすさまじく悪く、実際に他の隊と衝突することも少なくないという。
あとは「魔獣」。山にいた頃から奇妙な動植物は目にしてきたが、その中でも特に危険度が高く人間に対して攻撃的な種類をそう呼ぶのだという。一部種類はある程度の数になると人里に降りてきては家屋に住み着き繁殖する習性を持ち、適切に対処しなければ村一つ滅びかねないほどに危険視されている。
なので任務としては重大なのだが、如何せん任務地が人里から遠くはなれているので数が増えても問題になりにくいという。荒野を挟んでいるので多少増えても町や村に着く前に他の動物や魔獣と争って数を減らすことのほうが多いようだ。
これらの理由から国にとっての貢献度が低く、かつその粗暴な振る舞いなどから多くの者に疎まれている集団、それがジネット隊であり、今の自分の目的先でもあった。
結局あの後、コレッサの紹介のもとジネット隊に参加する運びとなった。
その後のこと、あの騎士団に参加するかどうかはひとまずとして魔獣という単語に惹かれたのが第一、それとこれに参加することでアーケリアとは違う地域を見て回れることにもなるというのが決め手だった。
これといった大きな街はないらしいが、それはそれでこの周辺の自然地域を見られる機会でもあるので有意義なことには違いない。
当然遊びに行くわけではないので危険も伴うが、人同士の争いに加わるのでないと言うだけでもいくらか気は楽になった。山にいた動物たちが魔獣に該当するのかは分からないが、ああいった生物と戦うのであれば注意は必要とはなる。
けれどもこの点に関しても、ジネット隊の評判が気になった。どうにも彼らはその任務に対してかなり「不真面目」らしく、致命的な失敗こそないものの魔獣の一団を取り逃がすことも日常茶飯事だとか。となれば自分も無理をして戦う必要もなくなってくるわけだが、そうなると逆に本来の目的である実績づくりという部分に問題が生じてしまう。
そもそもジネット隊に加わるというのが誉れ高い騎士団につながるステップとしては不適切なものに思え、実際ロンペルドもそこに関して気がかりそうであった。自分の要望も踏まえれば他に候補もなかったので諦めて、与えられた役割を真面目にこなすだけだと思っている頃、相乗りした馬車が最寄りの村へと到着した。
「おじさんどうもありがとう」
「それはいいけどよ、坊主。向かう先はほんとうにそっちでいいのかい? あっちにゃなんにもないはずだけども……」
村に時々商いに来ているという彼もジネット隊についてはあまり知らないようだ。彼が疎いというよりも、魔獣の出現により隊全体の移動の多いことが原因だろう。
「いや、大丈夫。こっちで間違いないはずだよ」
「そうかい、ならいいが……。それよりも道中は助かったよ」
「こういうのはお互いさまだよ」
いくら整備された街道でも少し街から離れれば危険度はぐっと増してしまう。途中に野盗の襲撃もあったが、自分含む護衛の活躍によりなんとか撃退できた。こういうことも珍しくはないらしいが、ほとんどは積み荷の一部を渡すことで許してもらうらしいのでほとんご無事にたどり着けたことに彼はいたく喜んでいた。
お陰で護衛の報酬も奮発してくれたが、今向かう先を思うとこれを使えるようになるのはしばらく先となるだろう。
枯れ草が生い茂る荒野を半日ほど歩いた先に、彼らの仮拠点が見えてきた。木で作られた簡易な柵に覆われたそこには小さなテントが複数置かれ、馬も何頭か繋がれている。近づくに連れその喧騒が大きくなり、ついでに酒精の香りも強まっていく。
「昼間から酒盛りとは……、ごきげんだねえ」
入り口に来たが門番の姿はなく、あまりに不用心な体制に不安感が高まる。中に一度入れば男たちの笑い声と怒鳴り声、それと鼻をつく酒の匂いに頭がくらくらしてくる。
宴の輪の、自分に一番近いところにいた男がこちらに気づいた。目はとろんとしており頬は紅潮している。見るからに飲兵衛のそれであり、こちらを見てもなんだかわかっていないように思えた。
「えーっと、こちらがジネット……」
「どーした小僧、迷子か!」
「おいおい誰の連れ子だぁ? だからそのへんで「スルな」って言ってんだろうに……」
下卑た笑い声でこちらを歓迎してくれる男たち、なるほど風評もあながち間違っていなさそうだ。
「ジネット……、ゴーニールさんはどこ?」
「……」
「……おいこいつ」
気ままに笑い合っていた男たちが急に静かになり、こちらを丸くした目で見てくる。なにか間違ったことでも言っただろうか。
戸惑う自分をよそに、大きな影が近づいてくるのがわかった。
「……俺が、その「ゴーニールさん」だ」
「あぁ、……でっか」
つい正直な感想が漏れてしまった。身長およそ百九十前後、この国の人間の平均を大きく上回るであろうその体躯にまず目が行った。そしてその顔は刻まれたシワの数と同じくらい、多くの修羅場をくぐってきたであろう鋭い瞳がともにあった。口元を覆い隠さんばかりの豊かなひげは、自分を見て不満げに歪んでいるのがわかった。
「ええと、こちらでお世話になるクロムです。お話はすでにそちらに――」
「知らん」
こちらを一瞥した後、その一言を投げ捨て彼は踵を返していった。その様子を見て男たちが騒ぎを再開した。すでにこちらに興味を抱く人間はいないようだ。
どうしたものかと立ち尽くしていると、一人の軽薄そうな、痩せぎすの男が話しかけてくる。
「俺たちゃ今忙しいのさ、わかるだろ坊主?」
「そうですね……」
きっとこの宴は夜まで続くのあろう、それはそれは忙しことこの上なかろう。
「だからよ、悪いけどお前が「アレ」駆除してきてくんねえか?」
「アレ?」
それではわからないのだが、教えてくれるだろうか。
「そりゃあいい! やってくれよ、そうしたら混ぜてやってもいいぜ」
「おいおい冗談だろ?」
馬鹿笑いしながらこちらにそう言ってくる男たち、なんだかわからないがつまり彼らの任務をこちらに、何ともわからない子供にぶん投げようというのだ。なかなかに気前のいい男たちではないか。
「ふーん、本当に、退治したら隊に入れてくれるんだね」
「はは、なにマジになってんだよ。冗談もわからねえのかこのガキ」
少し、いやそれ以上にむかっ腹が立ってきた。このまま帰ってもいいが、彼らに一泡吹かせたくなった。彼らの座る椅子の一つを音がなるように踏みつけ、注目を集める。
「わかった、詳細を教えてよ。お望み通り蹴散らして来るからさ」
「……なんだこいつ」
「やめとけ、相手にすんな」
ざわざわと話し出すがまともに受けてはくれないようだ、どうやって聞き出そうか考えていると、一人の男がやや離れた場所から声をかけてきた。丸顔の背の低い男だ。
「そんなに自信があるなら、いいぜ。教えてやるよ」
「おいジョック……」
周りが少し慌てた様子の中、ジョックと呼ばれた男が仔細を説明してくれた。それを聞いて、すぐに出発の準備を整える。荷物を整理し、水と糧食を携えて言われた場所へと向かう事とした。
「それじゃあ、次は僕の歓迎会の準備でもしててね。飲んだくれさんたち」
そう吐き捨て、一人魔獣退治に赴くこととなった。
むさ苦しい話が続きますがご容赦ください




