足りないもの
「来てくれたのか!」
騎士団の勧誘について、返答をしようかと非番の日ではあるが駐屯所を訪れて見たのだが、ロンペルドは執務中だと言われた。そのまま待っていようかとも思ったのだが、執務中であれば密室なので覗き見の可能性も低いと思い失礼とはわかりながらも押しかけることとした。
どうせ入団できればいやでも彼女の近くにいるところが衆目の元になるわけだはあるが、一応まだどうなるかは決まっていないので注意したほうが良いだろう。だがいざ来てみると幾分緊張してきた。
これで今後しばらくの身の振り方が固まるわけなのだから確認などはしっかりと行いたい。勧誘された時の彼女の顔を思い出すとこれでまた拒否した場合の反応が気がかりである。あの絶望したかのような表情はなかなか忘れられない。
慎重に、他意を勘ぐられないように聞き出した執務室にたどり着き扉をノックする。これがこの国の礼儀作法として正しいのかは分からないが、しないよりはマシな気がする。
少し待つと扉が開き、出迎えてくれたのはコレッサだった。彼はまさかという風に驚きの顔を見せ、その向こうにいた問題のロンペルドは輪をかけて大きな反応をした。
「ええ、例の話についてなのですが……」
「そうか、そうだったか! さあ入ってくれ!」
何がそんなに自分のことを気に入ってしまったのか、彼女の表情は輝かんばかりに笑顔にあふれている。これまででわかったのは彼女はかなり表情に想いが出るタイプだということだ。この国の人々は全体にその傾向があるが、彼女は一際それが顕著である。
ここまで喜ばれるといよいよ断るのも難しくなるが、そのときは意を決して言葉を発する覚悟を今からしておいたほうが良いかもしれない。
部屋に一歩はいるとそのまま中央まで連れられた。椅子は二脚しかないので座ることはできないが、今はまだ身分が違うので相応の対応でもある。向こうは気にしていたがそういうことなのでこちらとしては特に問題ない。
「それで、答えを聞かせてもらっても?」
「は、はい……」
かなりの圧を持って催促されると気圧されてしまう。
「そうですね、やはり光栄なことでありますし、アーケリアにおいては名誉だと言われれば断るのは礼を失するに余りあると思いまして……」
「……なるほどな」
ロンペルドが少しトーンダウンする。機嫌を損ねるようなことを言ってしまっただろうか、もしかしたら世間の風評を彼女も知っているのかもしれない。
「いや、そうだな。そういう風に思われるのはこちらとしても大変嬉しく思う。つまり入団を希望するということで構わないな?」
「はい、そのとお――」
「少々よろしいでしょうか」
返事を言い終えるほんの手前に待ったがかかった。声の主はコレッサだ。
「……どうしたコレッサ」
「口を挟むのは恐縮なのですが、彼の入団に関していくつか異論を述べてもよろしいでしょうか」
ロンペルドは不服そうだが、こちらとしてはこの反応こそ通常のものだと考えられる。やはりいきなりすぎる上、おそらくは異例中の異例であろう。
「わかった、言ってくれ」
「はい。まずは彼の身分に関してですが……」
これは当然の問題だ、お坊ちゃまがほとんどだというここには自分のような平民以下の者が混ざるのは軋轢どころではないだろう。
「身分についてはあくまで慣例にすぎない、本来はどのような者に対しても門戸は開かれているはずだ」
「それは仰る通りですが、やはり周囲の目はその限りではないでしょう。そしてそれを乗り越えるためにも必要なことが彼にはあります」
「実績についてだろうが、それも問題はないだろう」
事実ここにいるものの過半は叩き上げなどでないのだろうから、徴兵や実務経験がなくとも本来は問題ないはずだ。ただ前の理由と合わせると話は変わってくる。
「出自の不明な少年を、さらに何の実績も伴わずに取り立てたとなると最悪、ロンペルド様の名誉にすら関わってきましょう」
「私の?」
「……はっきり言いましょう、彼が貴殿の「お気に入り」だと取られてもおかしくないのです」
「それは……」
それが周囲の当たり前の感想だろう。あまりに不自然、あまりに唐突にすぎる。彼女の個人的な思い出の勧誘と思われるのも仕方ないだろう。……実際そうなのだから否定のしようもない、そこに込められた感情の種類を抜きにしても。
「いや、だが別に……」
「特定の男性を貰わぬロンペルド様のご将来にも影響しましては、旦那様たちにも良からぬ噂が届きかねません」
ロンペルドが少し間を空け、顔を赤くする。
「ち、違う! そんなわけがなかろう! 私はただ、彼の実力を評価してだな……!」
「落ち着いてください、ですが周りのものはそうもいかないのです」
「ならどうすればいいの!」
自分よりは年は上だが、彼女はまだ十七。当世においての恋愛観や婚姻に関する事情はわからぬが、さりとてそれよりも前に限られた目的の奴隷を手に入れるというのはやはり体裁が悪いのだろう。
部下であるとはいえ、経緯を考えればそれに限らぬと周りが思うのも無理なかろう。彼女がそこに気づかないとは、疎いのか鈍いのか。
「どうする、となりますとやはり別の形で実績を積むほかないでしょう」
「別の形……」
話がこちらに都合の悪い方に流れるのを察知する。
「別の、他の隊に参加して実戦経験を積めというのか?」
「私にはそれしか……」
「えっと、自分からもいいですか」
自分をそっちのけで話が進むのは良くない。しっかりと意思を伝えながらでないと望まぬ未来につながってしまう。
「ここで働けぬというならば……、実戦で他の国などと戦闘を行うとなりますと私としてもなかなか……、そこまでの腕がありませぬと言いましょうか。自信は持てません」
「……それではもしこの団に入ったとて同じことを言えるのでは」
「それは、そうでもありますが。ここがまだ戦地より遠いところにあり、警らなどが主となると聞きましたので」
「……君もそう言うのか、言ってしまうのか」
ロンペルドがとても悲しげにこちらを見ている。彼女の考えはわからないが、どうやらこの団をより活躍させたいというのが望みにあるようだ。
「とは言うものの私一人が入ったところでそこまでの影響はありませんで……」
「そんなことはない!」
彼女が強く言い切る。
「君は他のものとは違う。その瞳に宿る力が、熱がこの国には、我々には必要なのだ」
どうしてそこまで過剰評価されてしまったのか、二度、しっかりと剣を交えたのは一度だけなのになぜ。
「人々を守る、それにはより多くより大きな力がいる。そのために我々も立ち上がらなければならないんだ」
「人を守る……。その一点に関しては僕も捨て置けぬ言葉ではありますが。今はこの国のために命を捧げるほどの想いはありません。ただ身近な人のためにというのであればまだわかりますが」
「そうか……」
「私からいいですか」
コレッサが再び話し出す。
「彼の思いに関しては我々の及ぶところではありませんが、今の時点で人を殺めるに抵抗があるというのであれば一つだけ、手段はあります」
「そんなものが……、一体なにを」
「手段と言いますよりは場所と、集団のことですが。私が本家セナルドの遠縁に当たります――今は絶縁となっておりますが、そこに一つアテがあります」
「――まさか」
ロンペルドも思い当たるフシがあるようだが、それよりもコレッサの表情が気になる。こちらを心配してと言うよりも、死地へと送る後ろめたさがあるようで。
「ジネット様が率いる、「魔獣」討伐隊に参加することで実戦に参加することができます」
「魔獣……?」
聞き慣れない言葉だ、単なる獣とはどこが違うのか。それよりも確かに獣狩であればこちらの願いを叶える形となる。だが二人の表情はどういうことだろうか。それだけ困難な現場なのか、それとも……。
「君は知らないかもしれないが、かの御仁はその……。とある風評、作り話も混ざって入るとは思うが……」
ロンペルドもなにか知っているようだ。
「彼の隊、ジネット隊はおよそ百人の規模からなる小隊だが、その多くは「罪人」と言われている。だからかの軍があるところをこう呼ぶものもいるという」
捨てられた者の処刑場、それがジネット隊の別名だという。
次話から別の場所に移ります




