熟考
「断った?」
後日、件の話をジャネムにしたところ驚きに大きな目を見開いたまま唖然としている。街なかを歩きながら話しているが、彼女とはたびたびこうして顔を合わせては現状を聞いたり世間話をしたりもしている。
ここにきてひと月近く経過したが、気楽に話せる友人というのはまだジャネムくらいしかいない。仕事仲間とも親しくはなったが彼らは普段からもやらなければならないことが多いので、休みの日にふらふらとしている自分が珍しくもある。
彼女は事情通でもあるので些末な街の変化などもよく知っている。ここに来た当初に彼女らが盗みを働いた果実店の男は奴隷の酷な扱いと、税の滞納により処罰されたらしい。その後は街を離れたらしいが、この街の行政が機能しているという事実とともに厳格な法を敷く国王の性格を垣間見た気がする。
「だって騎士団って言われてもなぁ、どうしたもんだか……」
「なんだかすげえ団長様が率いてるんだろ? ケケは羨ましがるだろうな」
ジャネムもロンペルドの名声は知るところらしいが、実績を伴わない評判に思うところがあるのかあまり受けが良くないようだ。
「もったいないと思うか?」
「思うな」
「そうかあー」
一度は即答で断ったが、美味しい話なのは間違いない。この街でより活動の幅を広げるためにはきちんとした集団に所属する他ない。その一点ではかの騎士団はケチのつけようがない。
「でもなあ、軍に入ることになるんだろ。戦場にはなぁ……」
「そりゃそうだろうけどよ、それを言うのは我儘じゃないか?」
「我儘……、だろうね」
確かにそうだがここは簡単にゆずれる一線ではない。贅沢と言われようが、「あそこ」は二度と……。
「――どうした? 顔色悪いぞ」
「……あぁ、大丈夫。なんでもない、平気だよ」
彼女の顔を見る、本当に心配そうにしており改めてジャミアの人の良さを思う。日々生きるのに精一杯な暮らしを送りながらも、こうして身勝手な話にも耳を傾けてくれる。いい友人を持ったと再認識する。
「心配してくれてありがとう」
「……気にすんなよ、大したことじゃないさ」
照れくさそうにするジャミア。そしてもう一度こちらを見る。
「でもやっぱりもったいねえよ」
「……うん」
「確かに戦場に立つのも、そこで起こることも碌なもんじゃないけどさ。それでもチャンスを棒に振るのは贅沢だよ、少なくともあたしはそう思っちゃうな」
言葉の重みがずしりとのしかかる。彼女の言うことを尊重する必要もないし、それにより心動かされることもない。ただ引っ掛かりがあるというのはそれだけ自分の中に迷いがあるという証左だろう。
「それにお飾り騎士団って言うなら実戦には遠いんじゃないのか?」
「今のとこは、そうだね」
現状はそういうことになっているが、そんなもの世の事情が変わればどうにもなり得る。軍属なんてそんなものだ、常に兵側に選択肢などない。戦争も、片側のみの理由で起こるものでもない、周辺の国の状況もわからない中で安易な決断はできない。
「それに、嫌ならやめちまえば良いのさ」
「それは……、そうだな」
彼女の口ぶりになにか別の感情もあったように見えたが、それはそうとやめてしまえばいいというのは理解していながらも頭の奥底に埋もれていた。
そうだ、なにも重く捉えて背負い込む必要などない、一兵卒がどうしようと勝手ではないか。騎士団の名誉も、自分の命のほうが何より大事なのだ。この国に情も、護りたいものもほぼいないのだ。
「前とは違うんだ……」
「……なんて言った?」
口からなにか漏れたらしいが、思ったことがそのまま出てしまったか自覚がなかった。
「ごめん、なんでもない。でもそうだね、気楽に考えても良いのかな」
「そうさ、しかめっ面で考えても良いことなんかないさ」
「はは、そうかも」
今日初めて笑った気がする、数日ぶりかもしれない。とにかく肩の力が抜けた気分だ、それもこれも彼女のおかげだ。
「ありがとう、いつも助けられてるよ」
「なんだよ急に、でもお互いさまだぜ。皆お前に会うと楽しそうなんだ」
「それは良かった。今日はもう行かなきゃいけないけど、今度来るときはしっかり時間を取ろうと思うよ」
足を一度止め、進む方向を変える。
「もう行くのか、忙しないな」
「こういうのは勢いが大事なんだよ」
「じゃあがんばれよ」
「うん」
「金稼いだら飯おごれよなー!」
遠ざかる自分に向けて手を振るジャネム、本当にいいやつだ。言われなくてもいいだけ飯を食わせてやるとも、彼女だけでなくその家族全員に。そのためにも行くべき場所は決まっている、待っているであろう人物の顔を思い浮かべ歩を進める。
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「はあー」
本日何度目ともなるため息がロズラーサの執務室に響く。横にいるコレッサもつられそうになるのを堪える。
「ロンペルド様、早く切り替えてください」
この催促もため息の数と同じだけ繰り返されていた。「彼」にフラれてからというものずっとこの調子である。それだけ強い想いがあったことにコレッサは驚いているが、彼女の思い悩む日々を考えればなにかに希望を抱くのも仕方がないのかとも考えた。
「そうは言うがコレッサ、彼の実力を見ただろう」
「……私はほとんど見ていませんでしたので」
よくわからないが、あの少年がロンペルドと互角に剣を打ち合ったということもそうだがそれ以上に、「それだけのこと」で彼女があれほど喜ぶわけがないのも不思議の一つだ。
「彼の何がそこまで……」
腕が立つだけであれば他に候補はいくらでもいるし、下仕えを無理やり連れてくるよりよほど容易だろう。つまりそれだけの、彼でなければいけない理由があるとでも言うのか。
「あの目を見ればお前にもわかるとも」
「そうですか……」
彼女もそれしか言わない、見なければわからないのでは見たことがない自分にわかるはずもない。頭痛が強まるような感覚に襲われ額を抑えていると、執務室の扉を叩く音がした。
「コレッサ、頼む」
「はい。……どちらでしょうか」
立ち上がって扉の方に歩いていく、開けるように言うが扉は動かない。仕方がないのでこちらから開けたところ、そこには想像だにしない顔があった。
「ロンペルド様……!」
「どうした、誰……が……」
自分よりも遥かに驚いている彼女を見て少し落ち着く、その見たことがないほどに開かれている目の先にはあの少年がいた。
「君は!」
彼女は飛び上がるように立って、少年の前に行く。その華が咲くような笑みに胸にチクリと刺すような感覚、それを握りつぶし後に続く。




