指南
握り慣れぬ剣の柄を持ち、どれともわからぬ構えを取って見せる。刃は潰してあるがゆえにモロに喰らえば骨が折れ、却って危なくもある。
改めて目の前の男を見る。意気揚々とここに連れてきた時の威勢はどこへやら、どうしたものかと悩み、緊張した面持ち。あのロンペルド様の御前というのだから致し方ないのだろうか。
しかしなんというか、彼も彼でなかなかに覚束ない佇まいである。最初からそんな気はしていたが、特段腕に覚えがあるといった風ではなさそうであった。いじめの腕前は如何ほどかわからぬが決して達人の部類ではなさそうだ。
なにせ少し震えている。人に稽古などつけたことがないのかもしれない。すでに二度ほど相方に懇願の目線を送っているが叶う気配はない。というか目を合わせてくれないようだ。意を決した風にこちらに向かって構える。
「……よいな、少年」
「ああ、うん……。はい、いつでも」
いつでもよろしくないが逃げ場はなさそうだ。
監督のように腕を組んでいるロンペルド様が口を挟む。
「貴殿、わかってはいると思うが稽古とあらば要らぬ加減は控えるように。真摯に、しかし怪我には気をつけて励め」
「はい!」
良い返事だ。
「少年も、この機会を無下にしないように全力で臨みなさい」
「……はい」
「全力」というところに強いアクセントがあった気がするが、どうしたものか。
「いくぞ!」
「……」
上段で剣が振られる、たどたどしくそれを横に構えて受ける。体重の乗り切らない、大して重くもない剣戟を食らった場合の適切な反応を探る。
「くっ……」
「――まだまだ!」
二度、三度。更に数回にわたって打ち込まれるが正直痛くもなんともない。まともに受けているようで、タイミングを合わせて体を引けば衝撃は逃せる。少なくとも彼相手では造作もない。改めていうがなんともお粗末な剣術である。こう言うのも何だが彼にこそ稽古が必要なのではなかろうか。
向こうはすでに大粒の汗を流しているが、そうするとこちらが涼しい顔をしているのが不自然に映る。彼女には悪いがこちらは出来る限り目立ちたくないのだ。
「はっ、はっ……」
「ぜぇ……、どうした、息が上がっているぞ!」
お互いさまですよ士官殿。ずっと不満げに見ているロンペルドが痺れを切らしたように話しかける。
「それでは稽古になるまい、少年の方も攻撃してみよ」
「あー、はい」
さてどうしようか。どうしようもあるまい、適当に、手を抜いていると思われぬ程度に。
「やあっ」
「――ふん!」
見様見真似で剣を振る。演技は不得手なので力を入れすぎないようにだけ気をつける。
そんなお遊び剣術なのに彼は必至の形相で捌いている。
「……くっ、はぁっ」
「どうしたー、押されているぞ!」
ガヤが飛ぶ。あまり刺激してあげないでほしい、あとが気まずくなるだろう。
「このぉ……!」
驚くほどに大振りな、それこそ子供じみた一振りに呆気にとられる。本当に、逆に体が反応できない。
「うへっ」
情けない声を出しながら剣を受けて尻餅をついた。こんなところで勘弁してくれないだろうか。
肩で息をする彼がどうしてか誇らしげに立ち尽くしている。こちらに切っ先を向け、得意げに語りかける。
「はあ……、こんなものだろう、よい勉強になったな」
「……恐悦至極にございます、感謝のしようもございませぬほどに」
雑に褒めるがそれで気分を良くしている風な彼にちょっぴり愛着が湧く。ちょろすぎるだろう士官殿。
「……これでよろしかったでしょうか」
褒めて欲しそうにロンペルドを見やる彼は恍惚としてなお、してやったりという顔だ。
しかし彼女は苦虫を噛んだように顔をしかめ、すぐにそれを隠して彼に微笑む。それだけで彼は天にも昇る浮かれ具合だ。
「ありがとう、彼も喜んでいることだろう。私からも礼を言うよ」
そうして軽く頭を下げた彼女を見て男たちだけならずギャラリーも声を上げる。
「どうしてそこまで……、この少年に……?」
「? どういう意味だ」
「そこまでです!」
どたどたと慌てて走ってくる青年、よくロンペルドと共にいる人だ。名は確か、コレッサとかいった気がする。彼はロンペルドのもとへまっすぐ進み話しかけるが、その顔は教師、あるいは口うるさい先輩といったところか。彼女も少し怯んでいる。
「コレッサ殿……」
「私闘は厳禁ですよ、この騒ぎは一体」
「いや、これは鍛錬だ。彼がこの少年に……」
「よいですから、この場を治めてください」
困ったようにしたあと、彼女が解散するように言い渡す。皆ぞろぞろと散っていく中で、彼女がこちらに近づく。
「すまなかったな、君にも迷惑をかけた」
「滅相もありません」
それはもう面倒の極みでしたが、もとを辿れば自らの撒いた種であるので言えることなどない。
「それではな、――」
「……え?」
今なんと?
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騒動の後日、再三となる鍛錬場の中に立っていた。それも今回はいつもよりさらに早い、まだ鳥も起きるかどうかの早朝である。これもというのも「彼女」立っての願いである。なぜこうも目をつけられてしまったのか。どこで間違えた。
「……あれしかないよなぁ」
「ひとり言かな」
待ち人がやってきたようだ。空が白みだしてはいるがまだ薄暗いなかであっても、そこだけは明るくすら錯覚する美貌。そんなものの有り難みを忘れそうになるくらいには最近の悩みの種なロンペルド様だ。
「お待ちしておりました」
「うん、君こそ何度も申し訳ない」
そうは言うがさほど気にしているようでもなく見えるのはこちら側の心象が原因か、あるいはやはり住む世界が違うがゆえか。
「それでは要件を改めてお聞きしても?」
「そうだな、そのために人払いもしたのだ。単刀直入に言おう」
彼女が剣を抜く、刃引きの剣だが使い抜かれた彼女がよく鍛錬に使うそれだ。
「私と手合わせ願おう」
そう来ると思ってました団長殿。
「何故か……はお教えいただけますか」
「それこそこちらの台詞だ」
彼女の人を魅了する瞳が細くなる。
「君が何者か、教えてもらおう」
「……なるほど」
「本気で来てくれ、それが私からの願いだ」
願いと来たか、無下にはできないがどうしたものか……。
悩む暇もなく、彼女が剣を手に向かってくる。二メートルほどの間合いが一瞬にして詰まる、先日見た士官殿の児戯とは比べ物にならない。やむを得ずこちらも剣を抜き、その剣戟を受け止める。
「ふっ」
「……!」
女だてらに、というのは失礼に当たるか。とにかくその細腕からは想像もできないほどに重い、かつ速い。見極めるのもやっとで、かつこの重みにはなにか「からくり」がありそうな気がする。
それについて今は考える必要はないだろう、とにかくなんとか繰り出される妙技を既の所で防ぎ、左右にたたらを踏む。前のように衝撃を逃がすのもやっとで、腕に鈍いしびれが残る。
「受けるだけでは好転しない、そちらから仕掛けないのか」
「そうは言いますが……!」
無茶を言わないでいただきたい、なにせ剣はド素人、いや戦闘だってそうだろう――。
頭にまた何かがフラッシュバックした気がしたが、それにも慣れてきた。どうせ思い出せぬことに気を取られるのももう沢山だ、知ったことではない。ただ今はこの衝動に引かれるままに……。
「――なっ」
激しい金属音、硬質な響きが一体に広がる。人がいなくてよかった、日中ならすぐに人が集まってきただろう。
頭部付近に横薙ぎされた剣をかいくぐり、下から上にかけて袈裟斬りのように剣を運んだ。さすがは団長様、容易く防がれたがすぐに反撃は来ない。初めて彼女から距離を取った。
「やはり、これは……!」
気のせいだろうか、彼女の目が爛々と輝いた。戦闘狂のたぐいであったか、それともなにか「癖」に刺さることをしただろうか。
「これだ、君は……!」
明るい顔で斬りかかってくる、怖いよ。いよいよどうしたものかと思い出した時、彼女の後方に「誰かいる」。
「……えっ」
「どうした!」
しまった、戦闘中によそ見なぞ――。
「……ぐっ」
「あぶねえ……」
不意をつかれ、つい「相棒」の手を借りてしまった。それでも身を守るのが精一杯だった、もう少しで洒落にならない怪我をするところだった、迂闊。
「っていうか! あの!」
「どうした……、なにを指さして……。あ」
怒髪天、そう表現するのが最適か。眉間にありたけのシワを寄せて立っているのはあのコレッサ君だった。
「……こんな早朝からなにをされて」
「聞いてくれ、コレッサ!」
言い訳を始めるのだと思っていたのだが、彼女の口から耳を疑うような言葉が飛び出た。
「彼を我が団に入れよう!」
「…………は?」
「は?」
コレッサと同時に同じ言葉が出る。言葉というよりは音だが。彼女は何を言っている?
「彼こそ、我がレゼラルド騎士団の希望の光となる!」
「ロンペルド様、仰る意味が……」
「なあ!」
こっちに向かってその美貌と、それをさらに魅力的にする笑顔を合わせて振り撒いてくる。今でさえなければ眼福なのだが。
「その……、お断りします」
彼女の顔が、その表情のまま硬直した。
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