ロズラーサ・ロンペルド
ロズラーサ・ロンペルド、それが例の女性騎士のフルネームだ。ロンペルドという貴族の名家に生まれ、その期待を背負いながら騎士団へと入っていった。端麗な容姿と著名な実家のお陰でアーケリア内外でも名のしれた存在だという。
しかしその名声とは反して武勇に関する話題はまったくと言っていいほど知られていない。自分が聞いた限り彼女についての話はその美貌と、今まで何度となく求婚を行った者たちの名前とその無惨な結果だけだった。
というのも彼女が所属する「レゼラルド騎士団」は有名な「お飾り騎士団」らしく、箔をつけたい貴族の次男坊、三男坊が多く集まっているという。当然実戦に送られることもなく、厳しい訓練を行うこともない。
となれば武勇など存在するわけもなく、御前試合や儀礼式典などで馬術を見せるようなこともないので誰もその腕前など知るわけもないのだ。市民もロンペルドについて腕前など興味もなくむしろ嘲笑する声のほうが多かった。
それを思うと彼女の訓練に励む姿というのに悲壮感が漂うのもさもありなんというものだ。そもそもなぜ彼女はそれだけ鍛錬を行いながら今の立場に甘んじているのか、前線に立ってその腕前を奮うことを求めているのか。外から見ていて気にはなるが、さりとて本人に聞くこともなければむしろそれによって自分の立場が妬み嫉みによって脅かされてしまう。
ほぼ毎朝彼女を見かけているが、最初以降近寄ることもせずに通りがけに眺めるだけであった。だがいつも彼女が悲しげに訓練している姿を見ればどこか痛む心がない訳では無いが安い同情もあったものではない。どうせ出来ることもないのだから、関わることもおこがましいとそしらぬふりをし続けていた。
一度訓練中でない彼女を見かけたことがあるが、下心が見え隠れするほかの上級軍人と談笑する様子だった。訓練のときに見せる覇気は消え失せ、愛想笑いとともに過ごす姿もまた物悲しさを際立たせた。
などという勝手な感想を抱きながら今日もまた労働を続ける。掃除も箒のようなもので掃いたり水拭きが精々だが、毎日続ければそれなりに綺麗にもなる。程よい達成感を得ながら自由に活動するための資金を稼ぐ。ただあまり頑張りすぎるとやっかまれることもあるが掃除するところがなくなってしまう。今は大きな戦争がないからだろうか仕事は多くないので適度にやることを残しておかないとならない。せこい気もするがこうしないと駄賃などが減りかねないのである。
ということでのんびりと仕事場に向かうが、いつものロンペルドさんの姿が見えない。休みなのかと思いながら、訓練場の四方を囲む茂みの向こうを覗くと影があった。膝をついたまま動かないのでただごとではないと思って駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「……どうす……たしに……」
ぼそぼそ呟いているが取り敢えず意識はあるし顔色も悪くない。表情も含め良いとも言い難いが体調不良などのそれとは違って見える。少し様子を見ていると彼女もこちらに気づいたようだ。
「……君は」
「すみません、お気分が優れないのかと思ってしまい……」
そそくさと離れようとしたが彼女はまだ話そうとしている。
「朝によくここを通っているな、最近見る顔だ」
「ええ、そのとおりです。仕事場に近いので、目障りでしたか?」
「いや違う、君たちには世話になっている。思ったことを言っただけだ」
顔の前で手を振りこちらを気遣っている。こういう態度をする人間はここではかなり珍しい。意図的にだろうが立場が違う我々とは明確に線を引いて相手をしている。
「心配をかけたが大丈夫だ、体に問題はない」
「体にと言いますと……」
ついその先が気になって聞いてしまった。
「……そうだな、君が気にすることでもないが、あまり調子は良くないな」
絞り出すようにロンペルドが言う。
「まあ君には関係ないことだ、忘れてくれ」
そう言い立ち上がった彼女は再び剣を握り、また訓練を再開しようとした。そこでふと、なにかを思いついたようにこちらを見た。
怪訝な顔が表に出たか、彼女も少し笑って話し出す。
「君はよくここを通ると言うが、私の姿もよく見ているのか?」
「それは、そうですね……、ちらと伺うだけですが」
本当に、凝視するわけにもいかないので盗み見る訳では無いが目線を少し送る程度にとどめている。今日彼女の異変に気づいたのも偶然で、日によっては見逃していたかもしれない。
「であれば、私の剣筋も見ていると……」
独り言のように言いながらなにかを考えていが、あまり良い予感がしない。
「いえ、そこまでじっくりとは……」
「今から私の動きを見て、なにか感想などがあったら言ってくれないか」
「ええと……」
そういうことだと思った。剣術など語るほど詳しくもなく、それもぱっと見る限り優れた腕前の彼女に意見など出来るわけもない。だがここで断るのも申し訳ないので、月並みな言葉を一つ二つ考えるしかない。
「気負わなくてもいい、軽い気持ちでいてくれればいい」
「それは、ロンペルド様の悩みと関係があるのですか?」
「……そんなところだ」
気まずそうに言ったあと、彼女は剣を手に何度と剣戟を放つ。まるで剣舞のように、流麗で無駄がない。
終わったようで軽く汗を拭き、剣を収めてこちらを向いた。
「どうかな」
「お見事でございます」
「世辞は良い、なにか具体的な所感などを言ってくれ」
なかなか難題をくださる。こちらがただの使いっぱしりだとわかっているのだろうか。ただあえて言うなら……。
「恥を承知で、無礼を承知で申し上げますなら……、いくらか「美しすぎる」とも」
ロンペルドが軽くうなずく、先を促したようだ。
「剣の達人、戦上手な武人を見たことなどとんとございませんが、戰場においては綺麗な太刀筋よりもなによりも相手の命を獲る、それのみを目的とした動きが求められます」
脳裏を知る由もない戦場の炎がよぎる、胸が少し熱くなるのを感じて口が動く。
「結果のみを追求し、横の盟友、後ろの無辜の民たちのためにプライドも想いも忘れただ疾走る、ただ突きただ奪う。それこそ、それだけがあるのがあの場所、あの混沌……、朱く暗く……」
「君は……」
「ぐっ」
脳にズキンと鈍い痛み、なぜ今の言葉が出てきたか明瞭としない、我に返り恥ずかしさに紅潮する。
「申し訳ありません、偉そうにべらべらと」
「よいのだ。そうか、なるほど……」
子供の世迷言を本気で取られても困ってしまう、もっとまともな一笑に付すような取るに足らないことを言わなくては。
「こうですね、ロンペルド様の剣戟はこう、とんとんとんと、小気味よくてですね……」
「……?」
おどけて小枝を拾って振って見せる、滑稽に映るだろうがまったくもってそのとおりである。そういうふうにしているのだ。
「ですが実は……」
またなにかがフラッシュバックする。あれは人の顔、不鮮明だが懐かしくもある……。
『何も考えるな』
『お前は選ばれたのだ』
『誰よりも優れ、誰よりも敬われろ』
『それに足るだけの業を身につけろ、剣はこう握れ、そしてこうして……』
自然に体が動く、リズムはこちら側にのみあればいい、相手に悟らせるな、違和感を与えるな。なにもわからないまま、何かが起きる前に速攻で――。
「こう」
「――!」
はっとする、気づけば手に持つ枝が彼女の喉元に当たっている。全身の血の気が引く感覚を覚えて後ろに下がる。慌てて頭を下げる。地面に座り手を付き、額が土につくほど腰を曲げる。
彼女の顔が怖くて見えないが何も言ってこない。それがまた緊張を高め、恐る恐る見上げて様子をうかがう。驚愕の表情で固まっていた、やってしまったと頭を抱えたくなるが言うべきことを言っていないと気づく。
「大変な失礼を――」
「……よい、よいのだ」
彼女は消え入りそうな声でそう話す。声が震えている、必死に怒りを抑えているのかもしれない。自分もそこまで繊細な人間ではないが初対面の相手にこれだけ失礼なことをしてしまうとさすがに申し訳無さで胸がいっぱいになる。発作のように上から目線で指南もどきをしだしたのがまた恥ずかしい。
「大丈夫だ、気にしなくて良い。だがこのことは口外禁止だ」
「承知いたしております、絶対に誰にも言いません」
言えるわけがない。
「それでは、私はこれで」
「はい、お気をつけて!」
全力で彼女を見送る。彼女がどんな顔をしていたか思い出せない、それどころではなかったしろくに見ることができなかった。それも失礼に当たらなければいいが。
彼女がすっかり見えなくなったあと、気を取り直して仕事に戻ることとしたが、その日一日は後悔の念でいっぱいであった。
あまりのショックで気づいていなかったが、実はこの出来事を見ていた人間がいた。それが後に波紋を起こすことは想像に難くなかった。
クロムくんやっちゃったねぇ…




