出会い
住み込みでの下仕え生活もはや数日が過ぎようとしていた。仕事内容と言ってもなんのことはない、掃除洗濯、頼まれた物を右から左へと、馬の飼料を運び言われるままに将校の靴を磨く。貴重な石鹸を用いて暖かい季節と言えど水を使い洗うのは少々大変ではある。
とはいえ慣れてしまえば苦労というほどのことはない、体力には自信があるので半日立ちっぱなしでも暇ではあるが、世にはもっともっと厳しい労働や戦闘があるのに比べればどれほどもマシであろう。
数日もあればその日のやるべきとこを概ね覚えられ、来たばかりなので初めて言われる作業もあるがこちらが奴隷ということもあり無理難題と言うほどでもない。まだ意地悪な人間に出会っていないだけかもしれないが、たまにきつい言われ方をするぐらいなので想定より楽なほどである。
先に聞いていたとおり僅かではあるが駄賃も貰え、休日も与えられる。この国において週は六日であり、それが六週で一ヶ月。月は十回なので一年は三六○日となる。日の長さは概ね二十四時間なのでこの星の大きさが地球とほぼ同一とも考えられる。ならば地球なのではないかとも思えるが、見覚えのない天体が数多くあるので(月は蒼い)やはりここは違う世界なのかもしれない。
もらった賃金は一日で銀貨一枚。曰く年々金貨の質が下がっていることによって市場では銀貨が好まれているらしく(そもそも金貨は流通量も少ない)、銀貨も僅かではあるが銀の含有率が落ちておりアーケリアの経済状況を危惧する声もあるとかなんとか。ただ日常生活においてはまだまだ支障を来すほどではなく、これをもってパンや野菜を買って生活している。
たまに将校の機嫌が良ければ加えて駄賃をもらえることがあり、それについてはジャミアを通じて彼らの生活の足しにしてもらっている。彼女は最初固辞しようとしたが、自分からもらうことを嫌がっただけで彼らのために受け取ってくれた。渡すたびに申し訳無さそうな、悔しそうな顔をするのがかわいらしくもある。役には立っているようなのでそこは喜ばしいが、結局それだけでは現状を解決するには至らないのでやはり彼女らの努力にかかっている。
ここで仕事をするにあたって気をつけなければならないことが、「頑張りすぎない」ことである。将校は気分や努力に応じて駄賃をくれるが、それはつまり「他のものが貰う機会を奪っている」ということなので、平穏な下仕えライフのためには周りとうまくやっていくのも大事である。
まだまだ大変なのは間違いないのでこの街を調べるというのはあまり進んでない。図書館もあるらしいのだが、まずは文字を覚えるところからなのでまとまった時間がないと遅々として覚えるに至らない。
それとやはり図書館は知識人、つまり貴族などの上位階級の居場所なので自分のような者がいるのはあまり好まれない。学術書などはそちらが優先して読むので、見れるのは市場に張り出されているお触れなどが精々である。
忍び込むでもしなければ、この国における地位を上げるというのが勉学に励むにあたっては効率を上げる手段だ。あまりそうなりたくはないのだが、選択肢の一つとして抱えてはおくべきだろう。
そんな日々を送っているある朝、洗濯をして日当たりのいい場所に干してきた帰りに駐屯所の敷地内にある鍛錬所のような場所を通りかかった。矢を射るための束ねた藁や、人に見立てた木偶などが置いてあり各々が訓練に勤しむ場所である。
ただここで実際に訓練をしているものを見たことはない。訓練が必要なものたちはそもそもこの駐屯所にいないというのが大きな理由であるが、日によれば訓練の光景も見れると同僚の女性が言っていた。
天気が良かったので早起きしたのだが、すると鍛錬所に人影が一つあった。
「……ふっ、……ふぅっ」
一心に剣を手に稽古をしているのは美しい女性だった。黒に近い茶髪が多いこの国においては少し珍しい明るい、金に近い茶髪を後ろで丸めて束ねている。背も高めで、長い手足を自在に動かすさまは非常に絵になる。
「――ふぅ」
どうやらひとまず稽古が終わったようだ。人が増えるまで仕事は少ないので邪魔にならない距離でぼうっと見ていたのだが、とても熱心に、あるいは「必死に」励む姿には心打たれるようである。
「……君は」
「ここで働かせていただいています。これをどうぞ」
都合よく布を持っていたので汗を拭うように渡す。額からは滝のように流れているので彼女も受け取りそれを拭いていく。瞳も黄色く、つややかな髪も桃色の唇も美を感じさせる均整の取れた造形であり、姫騎士とでも呼ばれそうな容姿である。
これはたいそう人気があろうなどと思っていると、彼女が怪訝な目で見ているので布を受け取りそのまま退散した。
その後そのことを同僚の、年の近い青年、トーミに話したところ人目も憚らず叫ばれた。
「……ばっかお前、ロンペルド様に話しかけたんか!」
衆目が集まるのでトーミもすぐに声を抑えるが、興奮した様子は変わらない。
「そんな有名人なの?」
「っていうか、超有名人ですっげえ貴族の……ここの人みんなそうだけど、の令嬢で人気もすごいんだよ」
「それは……、そうだろうな」
ここにいるということはそれなりに立場が上の人だろう、本当はその限りでもないのだが彼女の佇まいは明らかに上流階級のそれだった。
「あの人かなり慕われてる……というより「モテる」からあんま話しかけてると目え付けられんぞ」
「あー……」
それは確かに怖いかもしれない。
「気をつけるよ、忠告ありがとう」
「けど羨ましいぜ、そうかお手拭きを渡せばあの人と、いやでもそれは分不相応……」
ぶつぶつと話すトーミの横で、彼女の顔を思い起こす。
姫騎士ロンペルド。彼女はなぜ、あんなに「悲しそうに」剣を振っていたのだろうか。
ヒロイン(?)登場です




