愛想
翌日、改めてアーケリアの街を見ながら通りを歩く。昨日は入り口から少し歩いただけであとは路地裏しか見ていないが、今日は大きな通りを眺めている。ジャミアたちに商品を盗まれていた例のおじさんも元気に果物を売っていた。街全体が活気に溢れ、空気は少し埃っぽくても街そのものはきれいに保たれている。
一定間隔で公衆浴場もあり、闘技場や戦車同士を競わせるレース場もあるらしい。家同士も間を保ち、防火についても考えられているようだ。この街を作ってきた為政者たちの努力が垣間見える。
医者にかかりたければ「魔術協会」なる場所に行けばいいらしいが、聞く限り宗教施設のように思え、どのような施術を行っているのかは不明だ。
相変わらず古代の生活を彷彿とさせる街並みで、すべてがそうとは言わないがおぼろげにある記憶の知識と似通っているものが多々ある。
昨日聞いていたとおり、この街で定住するには市民権を得なければならないようだ。それにはいくつかの条件、複数の経歴が求められる。
一つはすでに市民権を得ているものから生まれること、次に金銭を払い手に入れること。それと一定期間の兵役をこなすことでも与えられる。後は戦争でなくともこの国に大きな益をもたらしたと認められれば下賜されることもあるそうだ。
そして奴隷、人々に聞く限りこの街の奴隷は労働資源として扱われ、法によって賃金の支払いが定められている。過度な暴力や罰を私的に与えることも禁じられているうえ、ある程度働き続ければ自らの奴隷権を買い取ることもでき、そうなれば自由の身でアーケリア市民にもなれるようだ。奴隷の身でも市民権を持っているものはいるようだがその場合は選挙権だけ得られないらしい。
このあたりの法は現国王になってから整備されたものらしく、いまだに慣習や奴隷を酷く扱うものも少なくはないらしいが、それでも待遇はかなり改善されたようだ。
また市民権を得ると永住権を持てるが、代わりに軍に所属することが義務付けられ、平時は各々の仕事があるが一度徴兵されれば戦地へと赴かなければならない。そういった都合からか市民権の多くは、特にお金で得るには男性である必要があるということ。
アーケリア市民となっても、その中には厳格に階級が分けられている。政を行うものが一番上であり、次に軍に所属してかつ軍団長以上の階級にいる者、そして農民、商人の順で続く。
商人が最も地位が低く扱われるのは過去に私腹を蓄えて私兵を囲い反乱に与したことが理由であるらしく、街の外周部に商店が多いのもそういった経緯からだという。農民はその性質上家屋が城壁の外にあるものがほとんどだが、家畜や食料が国にとっての重要物資であることは疑いようもなく、交易の手段としても欠かせないので常に警らの衛兵が巡回している。それ以上の特別な待遇というのはないが、農業を営むこと事態がアーケリアにおいては重要かつ名誉として扱われているのだ。ただし収穫物を過度に蓄えるのは反乱の芽に繋がりかねないので厳密に管理されている。
ちなみに魔術協会に所属するものについてはなにやらややこしい立ち位置らしく、この枠組の中では当てはまらないそうだ。
などと人に聞いて回る中で、昨日孤児たちから言われたことを思い出す。軍に入ることを勧められたが、それそのものについては今も気は変わらないが、シレナとの約束がある以上この街に二年間いなくてはいけない。
彼女との話に出た山の近くで最も大きい街ということだが、アーケリアがそれに該当し、もし無事に彼女が山を降りてもここだとすぐにわかるだろう。
二年間ともなるとさすがに住処を見つけなくてはならない。近隣の街に行ってもいいが、アーケリアで調べ物をするとなると市内に住居を構えるのが最良だ。
近道は間違いなく軍隊に所属することだが、なにが嫌といえばまず戦争に行きたくない。次に簡単にやめられなくなる、最悪出世でもした日には半強制的にこの街に永住することになってしまう。
だが商人のもとで働くのにも問題があり、方々に移動していては二年後に都合よく街にいられるとは限らない。農業も近いものがあるが、それはつまり奴隷の立場に身をやつすこととなる。
どれだけ扱いが良かろうと奴隷ともなれば行動の自由はなく、解放されるのにもどれだけかかるか測れない。しかしあまりわがままも言えない状況なのはたしかで、なにかを探さねばならない。
というなかで耳にしたのが、今目指している場所でそれは軍の駐屯所である。この街の人口は数百万人に上るらしいが、軍に所属しているのは前に言ったとおり市民権を持つ住民を含む数十万人もいる。アーケリアの支配権の及ぶ国も有事は参戦の義務があるので総数は更に多い。
だがそのなかでも専業軍人ともなると数は減り、三千から五千ほどになる。そして軍を率いる将校になると百人以下に数が減る。そういった人材は普段から近くの草原などで日夜訓練に励んでいるらしいが、その時以外は当然どこかで暮らしている。そこが目的地だ。
街の中にいくつかある正規軍人の駐屯地、軍馬などの一部もそこで飼育しているがそれ以外にも装備品や備蓄も保管してある。それと将校などの住居を兼ねた施設であり、この街の重要拠点である。
だがそれだけ重要な設備ではあるが、努めているのは専業軍人であり、それらの警備はともかく細々とした清掃や食事の準備、馬の餌やりなどとなると手が回らなくなる。
そこで登場するのが奴隷たちであるのだが、将校たちは気難しいものも多いことと軍の機密も含まれる施設であるため金払いは良いものの案外人気がない。
とはいえ金払いが良いと聞けば惹かれずにはいられない。軍の拠点というのも興味は惹かれるし、重労働であろうと二年と期限を設ければいくらも楽な気持ちになれる。それに途中でやめても後腐れないのが特に良い。
しかし簡単に入れるわけでもなさそうで、今さっきこの街に来たばかりのよそ者は受け入れてもらえないかもしれない。
交渉というのは得意というほどでもないが基本はわきまえているつもりだ、人とのコミュニケーションは好きだし愛想よく振る舞えばそこそこに親しくはなれる。あとは多少使えるものということをアピールすればなんとかなると信じよう。
駐屯所に近づいたが、重要な施設らしく塀は高く中の様子は見えない。入り口は正面にしかなく、裏側にも巡回兵がいる。正門前には左右に一人づつ、市内の見回り兵よりもしっかりとした装備に身を包み侵入者がいないか目を光らせている。だが今は穏やかな日差しに当てられてやや退屈そうに立ち尽くしていた。
できるだけ警戒されないように、ゆっくりと笑みを携えながら視界に入りやすく歩いて行く。門の三メートルほど手前で自分らに用があると察した左側の警備兵が静止する。
「止まれ、小僧なんのようだ」
「こちらで給仕などの仕事をさせていただきたく、お伺いしました」
「給仕だと?」
こちらが子どもだとて向こうの警戒は解けない。可能な限り愛想良くはしているがつま先から頭の上までじっくりと見られる。
「今は人員は足りている、仕事が欲しいなら市街地を当たれ」
「ですがこちらで働ければ大変な名誉だと聞きましたので」
実際この街では軍人への尊敬の声は大きかった。まだよく知らないが歴史的経緯などから防衛というものへの関心が高いのかもしれない。
「皆さんも立派な鎧などをまとっていらっしゃるので、どうかその御役に立ちたく思いまして」
「ふん、世辞は上手いようだが無理なものは無理だ。帰れ」
右側の警備兵は黙ったまま、他のところを見ている。改めて今話している警備兵をよく観察する。年はまだ若く、二十歳にもいっていなさそうだ。体格は悪くないがやや細身で、重装鎧が少しだけ余っている。だがその手を見ると、今腰に下げている剣とは違うものを握っているような痕が見える。もっと柄の長い、槍などだろうか、それに逆の指にもありそれは弓矢を扱ったものだろう。
「ですがさすがはアーケリア正規軍ですね」
「……なんだ急に」
「いえ、門を守っている方たちも相当の腕前とお見受けしまして」
「はっ、お前に何がわかる」
鼻で笑ってみせるが満更でもなさそうなのがわずかに漏れている。
「他の兵士様も見たことがありますが、兵士様のその手は一朝一夕になるものではありません、幾日も、幾夜も厳しい鍛錬に励んだがゆえでしょう」
「……」
「そちらの方は騎乗兵なのですか?」
「……なぜわかる」
右側の男が反応する。
「足や腰布に騎乗するもの特有のアザが見えます、騎乗兵ともなれば軍の花形、さぞ戦線ではご活躍なされることでしょう」
「……ふっ」
仏頂面に見えた右側の男の鼻筋がほんのり緩んだ。
「これだけの人材を門番にできるのですからアーケリアはなんと贅沢なのでしょうね」
「よく言う。小僧、お前目はいいらしいな」
「はい、目端にはいくらか自信がありますので、皆様の御役に少しはなるやもしれません」
「子供のくせに口が上手いな、だがどうしたものか……」
左の男が考え込む風に顎に手を当てる。うまく取り込めたようだ。
「よし、俺から上に伝えてやろう。明日もう一度来ると良い。運が良ければなにか仕事をもらえるかもしれんぞ」
「ありがとうございます、今日の門番があなた方で幸運でした」
「わはは、その意気で将校殿にも気に入られるといいさ。そら、帰れ帰れ」
「気分を良くした駄賃に、ほれ」
右の男が銀貨を一枚くれた。とりあえずはうまく言ったようなので、本日は引き返し宿に泊まることとした。
次の日に訪問すると、ちゃんと話をしておいてくれたらしく、住み込みの手伝いとして雇ってもらえることとなった。幸先よく、まずは一つ目の目標を達成することができた。
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