混乱
騒ぎは拠点の入り口付近からだった。自分がついた時には一人の男性を囲み皆が落ち着かせるように話しているところだった。
「ロギさん、何度も言ってるだろうケケはあんたの息子じゃないって!」
「ああうるさい、黙ってろ! さあ帰ろうサロム、母さんも待っている」
ロギと言われる隻腕の男はケケに向かって手を差し出しているが、当のケケ本人は座ったまま怯えきっている。片腕がないところや筋肉質な体格を見るに退役軍人などだろうか。などど思っていると横の少年が小声で説明してくれた。
「あの人、ロギさんは戦争から戻ったときに奥さんと息子に逃げられたらしい。そんで酒に逃げて今はわけわからなくなっちゃってるんだよ」
「なるほど」
経緯はともかくケケは実の息子ではなく、失ったショックからか近い年頃の少年がすべて自分の子に見えるのかもしれない。精神的なものもあるだろうが今はさらに泥酔しているようでなおのこと前後不覚になっているようだ。
酔っ払いは適当にあしらうのが良いとも思うのだが、気になるのはあの男が剣を持っていることだ。
「今日はなぁ、俺は本気でお前を取り返しに来たんだ。俺の息子を奪ったクソッタレなフィニクどもからよぉ」
男の目は血走り、かなり興奮しているようだ。あまり刺激しない方がいいが、このまま放っておくとケケが危ないかもしれない。ジャミアも落ち着くよう言い続けているが緊張で顔が強張っている。
「ケケも……、あんたの子だって怖がってるじゃないか」
「ああそれぁいけねえよ、そんなんじゃこの国を守れやしねえ、家に帰ったら俺が鍛え直してやるからな!」
大口を開けて笑うロギだが周りのものは誰一人として笑えない状況だ。
「あとでちゃんと送り届けるから、今は帰ってくれ」
「うるせえ! 指図すんじゃねえ! ……よく見たらお前」
瞳の動きが忙しなかったロギが初めて、ジャミアをしっかりと捉えた。だがそこには狂気と、殺意があった。
「お前、お前ら……、ザガール人め。お前らのせいで俺たちは……、俺はなぁ!」
「ロギさん……」
こんなときでもさん付けなあたり普段はもっと温厚な人なのかもしれない、だからジャミアもできるだけ穏便に済ませようとしているのだろう。しかし今はその思いは届かず、ロギが腰の剣に手を掛けた。
「待った」
「……お前」
「なんだぁ?」
一触即発の空気に割り込む。ロギの動きが脅しに見えなかったのだ。
「剣から手を離した方がいい、じゃないとあんたの息子も悲しむ」
「お前になにがわかるってんだ!」
「なんにもわからないけど、ここで子どもたち相手に暴れてもしょうがないだろう」
ロギの目をじっと見つめ諭すが、彼はわなわなと震えている。
「お前、いいからさがってろ」
「いや、このままだとここの皆が危ない。彼は脅しで剣に手を掛けたわけじゃないよ」
止めに入るジャミアを手で制する。最初見たときからロギの目が気になっていた、いつもの彼を知る訳では無いが、とても追い込まれている顔をしていた。それと並ならぬ覚悟、「刺し違えても構わない」というぐらいの。
「ああ、俺は本気なんだ、ほんきで奴らから……、フィニク人たちからミネアとサロムを取り戻すんだ」
遠くを見ている男、酒が理由か現実と妄想が判別つかなくなっている。ロギが剣を握る力が強くなるのが見えた。
「だから、まずは邪魔なお前たちを……」
「ロギさん!」
「黙れぇ!」
近寄ってなだめようとしたジャミアの鼻先を剣がかすめる、彼女の前髪が数本宙を漂う。
「卑怯なザガール人め、お前たちも敵だ!」
「ジャミア!」
ケケが叫んだ。ロギは引き抜いた剣を、縦に構え振り下ろす――。
「それは許さない」
手斧でその剣戟を受け止める。ロギも片手とは思えない威力ではあるが、酒に酔っているからか踏み込みも浅い、受け止めるのは難しくない。
「なんだ、なんで邪魔をする」
「そりゃそうだろう、けど今のあんたにはわからないかもな」
「こいつ……!」
ロギが少し後ろに下がり、勢いをつけて斬りかかってくる。威圧感はあるが、それだけだ。
「酔いも冷めたら、少しはわかるだろうさ」
「……」
顎と、そこから剣の柄でみぞおちに一撃。ロギが悶え、うずくまって気を失った。剣を腰に戻してジャミアを見る。
「彼はどうする?」
「あぁ……、えっと、そのへんの通りに寝かしておこう。……死んでないよな?」
「もちろん」
意識のない成人男性を運ぶのはやや骨が折れるが、ちょっと引きずりながら離れた場所に動かして横にしておいた。
戻ると彼らに歓声をもって出迎えられる。
「すげえ! お前剣が使えるのか、いや斧だけどそれでもすごい!」
「いやぁ、向こうも酔ってたし……」
謙遜もあるが、実際彼の動きに精彩がなかったのはたしかだ。身のこなしから正気のときはこれよりいくらも強いだろう。
「助かったよ……」
ジャミアが疲れた様子で話す。
「あの人も、いつもは皆と遊んだり重いものを運んでくれたり優しい人なんだけどね」
「そうなんだね」
その時から子どもたちを息子と呼んでいたらしいが。
「ちなみに奥さんには酒のせいで逃げられたらしい」
「まあ、だろうね」
あの様子ではさもありなん。
「でもほんとうに助かったよ」
「お役に立てたならなにより」
そうジャミアに微笑むと、彼女はプイと横を向いた。周りの仲間が面白がっている。
「なんだよ。ジャミア照れてんのか?」
「うるさい、からかうな! 今日はもう寝るぞ!」
ジャミアが睨んでくる。
「お前も、明日には出てくんだぞ!」
「はいはい」
「そうだな、腕に自信があるならきっと正規軍にも入れるよ」
ニレンがそう口にする。
「いいな~そうしたらアーケリア市民になれるんだよね」
ケケは羨ましそうに話す。言い振りに彼らはここの市民ではないようで、認められるにはいくらか条件があるようだ。ただ……。
「軍……かぁ」
乗り気はまったくしないので遠慮することにしよう。明日は別の仕事を探すことにし、今日は眠りについた。




