孤児
衛兵たちと盗人少年たちのいざこざはひとまず落ち着き、衛兵らがいなくなったあとの彼らの興味はこちらに向かっていた。特に彼らの中でも中心的な人物であろう、ジャミアと呼ばれる少女の自分に当てられる(主に怒りの)感情はひときわ強い。
褐色の肌はよく日に焼けてそうで、細身の体はとても小柄でこちらより一回り以上は小さい。顔の作りはこちらと同じかやや上の年齢に見えるが、大きく赤い瞳はツリ目で猫目っぽくもあり右目の方だけ伸ばしている前髪が印象に残る。総じて容姿としては愛嬌のある、かわいらしい方だと思うのだが今は眉間にシワを寄せ口もへの字に曲がっていた。
彼女はこちらを値踏みするようにじっと見つめている。「何者か」という問いだが、答えるのは簡単だがきっと納得はしてくれないだろう。
「通りすがりのよそ者かな」
「はぁ?」
それ以上の答えも特に無いが、細かい出自を言っても彼女が聞きたいのはそこじゃないだろう。
「じゃあなんで邪魔した?」
「君が危ないと思ったからだよ」
彼女の刺すような視線を正面から受け止め言葉を返す。
「――っ、何言ってんだてめぇ」
「ほんとうはただ様子を見ていたかっただけなんだけどね」
少しだけ向こうの気が緩んだのを感じて経緯を打ち明ける。
「この街には来たばかりなんだけれど、そうしたら君たちの起こした騒ぎを目撃したんだ」
「来たばかりって、出稼ぎにでも来たのかよ」
「まあ、そんなところかな」
否定してもいいが、ここであまり余裕ぶって見せても心象は良くならないだろう。それにお金を稼がなければならないのは事実ではある。
「それで君たちのことが気になって、それでついでに盗品の一つでも拾えれば店主のおじさんに恩を売れるかなと思って追いかけたんだ」
「……生憎あのじじいはそんなことで恩を感じるタマじゃねえよ」
「話を聞く限りそうみたいだね、だから君たちと話す方を選んだわけだけど」
そこで一度言葉を区切り、彼ら全体を見渡す。
「君たちの拠点について行ってもいいかな」
ジャミアの眉が下がる。
「やだね」
「理由を聞いても?」
「あたしらは見世物じゃねえんだ、面白いものが見てえんなら劇場にでも行きな」
この街には劇場があるらしい。それも気にはなるが今は後回しでいい。
「そうは言うけれど僕もまだ仕事のアテもないし、身よりもないからさ。今日どこに泊まるかも決まってないし」
「……」
「いいじゃんかジャミア!」
押し黙っていた彼女の後ろから声がした。彼らの中で一番背の高い少年だ。
「ニレン」
「よくわかんないけどこいつのお陰でジャミアもケケも無事だったんだしさ」
「別にあたしはあのくらい……」
「それに一人くらい増えたとこで構わないよ、こういうのはなんだっけ……、そう、「お互いさま」だろ?」
屈託なく笑う少年、そういい暮らしではなく、むしろ苦しいことのほうが多いかもしれない境遇においてこの笑顔ができるのは逞しいというほかない。ジャミアは頭を掻き、こちらに向き直る。
「じゃあ、一泊だけだかんな」
「ありがとう。こう見えて腕は立つから、見張り番くらいは出来ると思うよ」
「ああそうかい、期待しないでおくよ」
こうして彼らの拠点に連れて行ってもらえることとなった。
彼らについて歩き十分もしないうちに拠点の入口が見えてきた。それは家というよりも街の裏道のちょっと空いたスペースに木板を立てかけて縄張りとして扱っているだけの広場だった。ボロ布で覆われた入り口をくぐれば、中はかなり手狭で子どもが数人でも窮屈に感じるような広さのうえ、当然のように野ざらしである。一応わらのゴザのようなものが敷いてあるがぼろぼろなのでほとんど地面にそのまま寝ているようだ。
「どうだ、いいところだろ?」
ジャミアが笑ってみせるが、すぐに笑みは消える。
「汚え住処だけど、こういうところでしかみんな生きられねえんだ」
「汚くは……、あるけど。それでも君らだけで生きているんだ、それだけで立派さ」
嘘偽りのない気持ち。いつの世も子どもだけで生きていけるほど甘い世界は少ない、知恵を出し合い、そのうえで幸運にでも恵まれなければ野垂れ死んでしまうことの方が多い。
「こういう場所はこの街にほかにもたくさんある、そうやってみんな必死にやってるんだ」
「そう! ジャミアはすげーんだ」
拠点で待っていた少年がそう話す。黒い短髪の少年がこちらに向かってくる。
「君は新入り?」
「そうなるかな」
「ジャミアはこの街の孤児を守ってるんだ」
「へえ」
「それは言いすぎだって……」
ジャミアが苦笑している。
「あたしはお前らを大切に思ってるだけだよ」
「すごいね」
「別に、みんなが理不尽な仕打ちにあっていないか見て回ってるだけだよ。そうして今日みたいに盗むのを手伝ったり、拠点を一緒につくったりしてるんだ」
何気なく言ってのけるが、相当の気概がなければ成せない行為のはず。それでもこうして前を見ていられるのは強い精神力の持ち主という証拠だろう。
「さあ、今日もあのクソおやじのところから果物を持ってきたよ」
「よっしゃあ! あいつの店も早く潰れちまえばいいんだ」
あのおじさんも大した嫌われようである。
「誰かさんのお陰でちょっと少ないけどな」
「……」
ちらりと睨まれ毒を吐かれる。こちらも僅かだが旅食のあまりがあるので今日はそれでしのぐこととする。
日も暮れ、月明かりも届きにくい路地にあっては夜は早く、皆すぐに眠りにつく。どこからか盗んできたぼろぼろの布やわらに体を少しでも隠しているが、今の季節はともかく冬はそれなりに冷えるだろう、その時にはどうなるのか心配にもなる。……わが故郷のぼろ小屋もさして変わりないが。
自分はと言うとスペースを占領しないためにも近くの木の上に登って体を枝に添わしていた。明日の予定を考えていると、下に気配があったので見るとジャミアがいた。
「……どうしたの?」
「ちょっと気になってな」
「あら嬉しいね」
「茶化すな」
ここから話すのも面倒なので飛び降りる。
「お前はどこから来たんだ」
「どこかと言われると……、山奥かな」
「山?」
「そう、山奥にある辺鄙な村が我が故郷だよ」
「そんなところからわざわざなにしに」
少し悩む。正直に言ったものかどうか、どう思われるか想像したが彼女の真っ直ぐな視線には真摯に答えることとした。特に後ろ暗いこともないわけだし。
「色々世の中を見て回りたくて、旅をしてるんだ」
「……いいご身分だな。貴族様の息子か?」
「違うけど、どうして?」
「お前は「目」が違う」
目とは、瞳の色とか形とかそういうことではないのだろう。意志の力とかそういったたぐいのもの、彼女はそういうことを感じ取れるようだ。それなりに対人関係を重ねると培われるが、彼女もさまざまな経験をしてきたのだろう。
「目か」
「ここにいる皆はほとんど孤児で、親が戦争で死んだり奴隷だけど役立たずだと放り出されたりそういう理不尽なことで家を失いここでなんとか一日一日生きてるんだ。だから明日のことどころかその日の夜の飯だってわからないんだ」
「うん」
「だけどお前はもっと遠くを見てる、あたしらみたいな虐げられる側とは違う。だから悪いことは言わないから明日になったら早く出ていってくれ。ここはお前みたいのがいる場所じゃねえんだ」
実際ここで暮らす予定はないが、それはそれとして彼女の言葉は厳しさよりも違う感情でできている。
「優しいね」
「――なんでそうなる!」
声を荒げる彼女をなだめる。
「そうは言うけれど君も同じだよ」
「なにがだよ」
「君の目も、他のことは違うように見えるけど」
「……そんなこと」
「とても綺麗な色だと思うよ」
確かに真紅に近い、深い赤色は美しくも映るがこれもそういう話じゃない。なにか、彼女の瞳からは高貴な色がある気がする。
「う、うるせえ! 何言ってやがる」
「静かに静かに」
距離を取って慌てている彼女、年頃らしい振る舞いもできるらしい。
「じゃあ今度は、君はどうしてここで暮らしているの?」
「……それは」
言いよどむ彼女はなにか複雑な経緯があるのかもしれないが、じっと待っているともごもごと口を動かし話始めようとした。
「ジャミア!」
その時、拠点の方から声がした。ニレンの声だ。
「どうした!」
「あいつが、あいつがケケのことを!」
ジャミアが駆け出す、話の続きはまた今度らしい。自分もそれを追いかける。
そろそろ雪が降りそうなくらい寒いっす




