人助け
村を旅立ってから、山を抜けるのには丸三日かかった。初日は想定よりもスタートが遅れたため、正確には三日弱と言えるかもしれないが、それでも思っていたよりも遥かに広大な山々の合間に我が故郷があったのだということを知った。
ここで意識を取り戻した当初に山を下るという選択をしなかったことが正解だったのもわかり、その時の自分の判断を褒めたいところだ。
山中には自然環境としての脅威(濃霧や大雨にも見舞われた)の他、大型の危険生物がいることを警戒していたが、案の定複数回遭遇することとなった。燃えるような鱗を纏う熊や、かつて出会った鋭利な毛皮のオオカミの群れ。危険を伴うため確認できなかったが、大型の猿のようなシルエットでかつ体長二メートルを越えるほどの個体も見かけた。
そのすべてが自分の知る知識からは離れた、並ならぬ驚異を感じさせる存在たちである。持てる限りのレンジャー知識、技能を駆使し回避に努めた。糧食を準備し、大雨のときは努めて急がず体力の消耗を抑えて行動した。そういった意味では三日という時間は短くもあり、無事に下りきれたのは幸運ともいえよう。
山を抜けて待っていたのは山間部と同様、手つかずの自然風景だった。村よりもいくぶん乾燥した空気で、草花は食用であるか否か以上の知識が乏しいが、見慣れたものは少なく見える。膝丈にもなる雑草を獣道すらない中通り抜け半日ほど歩くと、ついに人の手が加えられたであろう光景に出会うことができた。広い農地には見覚えのある穀物類や家畜用の飼料とみられる作物も確認できた。
当然農地であるからにはそれを耕し栽培している者がおり、遠目から見つけた人に声をかけた。自分より年上ではあるが、まだ青年と言えそうな年頃のよく日に焼けた淡い褐色の男性だ。自分の格好が有り体に言ってみすぼらしいことから警戒されると思ったが、そこまで驚かれることもなく会話ができた。
ひとまず一番気になる、ここがどこかという問に対しては訝しまれたが「レデニア」という場所だと答えられた。ある程度想定のうちであったがまったく聞き覚えのない地名である。これは悲観的になるようなことではなく、未知の場所にいるということを知れたのは進歩ともいえよう。
だが気になったのは、最後彼と離れる際に「主人を困らせないように」と注意されたことがいくらか気がかりだった。主人と言うからには俺のことを誰かに使えている人間だと判断したのだろうが、彼に言い振りからそれがありふれたことで、かつ彼の衣服もまた俺よりも小綺麗ではあるが質のよいものではないことから、農奴のような地位に属するのではないかという推測が立つ。
個人的な見解、あるいはいまだ穴の多い記憶の限りでは奴隷制度というのが身近な存在でなかったという認識があるのでここもまた現状を類推するための材料になる。
とにかくここがレデニアという国、あるいは地域(その違いをわかってもらえなかった)ということを頼りに、街がある方角を教えてもらいそこを目的地とすることとした。
少し歩けば街道に出会い、石畳ではあるがしっかりと舗装されており、時折馬車とすれ違うこともあった。馬車の作りもほとんどの部分が木製で、タイヤ部分など一部に金属が使われているのみであった。それはかなり「古い」作りであり、はるか古代の様式を思わせた。
御者らにも怪訝な目で見られることが多く、一度「奴隷がここでなにをしている」と怒鳴られてしまった。なにをとはいうが奴隷ではない、さりとて何をしているかと問われれば闇雲に徘徊しているとも言える。
そうこうしているうちに日が暮れ、野営をした後また街道を歩き進めると前方に馬車が止まっているのを発見した。何事かと訪ねようとも思ったが、御者や横で立っている男の目つきや振る舞いが気になったため一度身を潜めて様子をうかがうこととした。
彼らは馬車を直そうとする素振りもなく、あるいは助けを求める風でもなくじっと何かを待っていた。それがすでに使いを出したあとであったり、修繕が難しい状況であることも考えられるが男たちの妙に余裕ぶった態度と時折見せる下卑た笑みからは商人とは異なる業種を想像させた。
念のため熱源を感知してみたところ、馬車の中と横の茂みからも反応があった。つまり「なにか」を待った上で奇襲をかけようとしているらしい。
どうしたものかと思い始めた頃、奴らの態度が変わり急に慌てたように動き始めた。さきほどまで何もしてなかったというのに車輪をさわってみたりわざとらしくうんうん唸ったりと下手な演技をし始めた。
奴らが待っていたものが到着したということだろうが、相棒の力を使い遠視を行うと馬にまたがった三つの影があった。武装した二人に挟まれた身なりの良い男性で、彼を騙した上で襲撃するのが目的だとわかった。
ここで義侠心に駆られて助けに入るのは容易だが、この地の状況など何一つわからない中で誰か、あるいは「どこか」に肩入れする行為というのは憚られた。
野盗の類と思われる男たちの立ち方や動きから訓練された集団のそれとは見えず、伏兵の弓を持った二名も高い警戒心を持っておらず、配置も地形などから見ても効果的な場所とは言えない。
つまり与し易い、戦いにおいては後れを取ることのなさそうな相手ではある。であれば軍人などである可能性も低くなるが、そうなれば少なくとも奴らの応援をする必要はなくなる。
ただそれを含めて偽装工作である可能性はあるが、それにしては襲う相手であるやや恰幅の良い男は警備状態からも重要人物とは思えず、そこまで用意周到にするのか疑問符が浮かんだ。
馬から降りそれと知らず穏やかな笑みで盗賊と会話する男性と、パッと見は同じようでも中に込められているであろう感情は大きく違う痩せぎすの男。
人の良さそうな顔つきの男性を見て、それを騙し奪おうとする者を見比べ行動指針を決定した。
つまるところ「盗賊」を倒すことに後ろ指を指される謂れはない、かといって下手に恨みを持たれても困るため殺すのだけは控えればいい。今はそういう認識で当たればいい、というか直感で奴らは「どうなってもいい」気がした。そう思うが早いか足は前に進み、奴らとの間に体が入っていった。
若干勢い任せでの行動であったが、結果として盗賊を制圧し男性を助けることには成功した。礼を述べられ、なにがしかの謝礼をくれると言われたので荷馬車に積んであった衣服と、それを運ぶついでに最寄りの街まで送ってもらうこととなった。
道中に向こうからの質問に答え、こちらからもいくつか尋ねさせてもらった。
無知を装い(概ねその通りだが)、この地の大まかな状況を聞き出すことができた。男性、コドモンには自分が奴隷であったが主人に捨てられるような形で暇を出され、次の働き先を探すために街を目指していると説明した。それゆえに地名や人名といった基礎知識にすら疎いと話せば、彼は「いくら奴隷でも最低限の礼は尽くすべき」と持論を述べていた。高度な勉学は与えなくとも賢い奴隷は自らの益となるとも話していた。
実際にどういった仕事をしているか尋ねられたらまずいとも思ったが、それ以上追求されることもなく優しく知識を与えてくれた。
「レデニア」は「アーケリア」という国に含まれる領地の一つであり、自治権こそ有しているものの納税の義務を負う属国のような形であるという。しかし当然その武力の庇護下に置かれているという意味であり、アーケリアにとって目下一番の脅威と言われる大国「リュグレムシア」とは遠く離れていることから治安は安定しており、今は両国の衝突は小規模かつ低頻度なことから徴兵もあまりないようだ。だがそれ以上の、特に政治に関しては話すだけ無駄と思われたのだろう説明してもらえなかった。こちらから聞くのも怪しまれるかと思い控えたため、わかったのはそれだけにとどまった。ただ今のアーケリアの国王の名前だけは教えてくれた。
「デミュニオス二世」というのがアーケリア現国王である。今後関わり合いになるとは思えないが、一般知識として知っていても損はないだろう。
レデニアの都市部についたのち(実は農奴の男性に聞いた方向とは真逆だった)、コドモンとは別れたがその際に金銭(銀貨三枚)を貰った。何日か分の食費にと言われたので少なくない額だとも思え、コドモンの(命を助けたとは言え)気前の良さが伺えた。ちなみに自分のところで働かないかとも聞かれたが謹んで辞退した、境遇からしたら断るのはおかしくも思えたがそれも流してもらえた。
村を出るときにおっさんがくれたお金と合わせることでレデニアにもいくらか滞在できたが、ここで働き口を探すぐらいならば思い切ってアーケリアの首都まで足を運べないかと考えた。
人に尋ねれば丸二日もかければ城門までたどり着けると聞き、食料を買い込んでアーケリアへと向かうことにした。行程は順調に進み、一日と半分ほどで無事にアーケリアへと足を踏み入れた。




