盗賊
10月終わるってマ?
アーケリア帝国領土内にある自治領国「レデニア」に居を構え、広大な農地を所有しているコドモンは趣味の狩りを終え、二人の供回りを連れて帰宅している途中だった。警備としては決して多くない、むしろ少ない数ではあるが、あまり多く連れて歩くと狩りの邪魔になってしまうというコドモンの我儘によりこうなっている。
彼は税の取り立てなどに関してそこまで厳しいわけではなく、平民や奴隷への応対も一定の敬意を持っていることから使える者からの心象はいい。その一方で温和にすぎるという声もあり、近年のアーケリアの「平和ボケ」を象徴するようでもある。ここが敵対国との距離がある、現状恵まれた位置にあることも一因となっていた。
馬を駆り移動しているコドモン、この辺りはアーケリアの首都近くほどではないが街道も整備されているので比較的快適に通行することも出来る。レデニアの先代統治者が多額の資産を用いて行った一大事業によるもので、当時こそ反対の声も大きかったが今となっては行商人などからも評判がいい。少々浪費家のけもあったが、金払いがよいのは悪いことでもない、少なくともコドモンは恩恵に預かった一人だ。
前を行くトーリが馬を止めた、何事かと尋ねると前方に馬車が止まっているとのことで見るとたしかに荷馬車が一台あった。気をつけつつ確認するよう促すと、一人の男が彼に近寄りなにか話している。
曰く行商人の一団だが、馬車が破損してしまい立ち往生しているとのこと。あまり見覚えのある商人ではないがこの辺りは往来も多いため皆覚えているわけではない、それでも馬車の横にいる男の衣服はそれなりに見栄のいいものに思えた。
コドモンも間にトーリを置きつつ進むと、馬を降りて話しかけた。トーリと話していた男が彼に近づき、状況を説明する。男の手はどうにか直そうと試みたのか土汚れで染まっている。
哀れに思ったコドモンが助けを呼ぶことを伝え、馬車の確認をしようとそちらへ移動する。馬車の近くにいる男がコドモンを見て歩き寄っていく、商人らしい人当たりのいい笑顔を浮かべている。コドモンもそれを笑顔で迎える。
「おお、お困りのようだ」
「ええ、その通りで。難儀していたところです」
男ははにかみそう述べる。トーリの横にいる者と、御者を含めて三人。馬車の大きさから思えば少人数に見えるが、そういえば自分もそんなものだと考える。この地の治安の良さを見たようで気を良くするコドモン。
「どれ、見せてみなさい。これでも手先は器用なんだ」
「コドモン様!」
主人の勝手には慣れたものだが、護衛としては止めないわけにいかない。後ろのカレヤも慌てて馬を降り走り出す。
商人が笑顔のまま、後ろ手を回したのに嫌な予感を覚えたトーリだが、そこに第三者の声が響いた。
「おじさん、それ以上近寄らないほうがいいよ」
トーリとコドモン、その場にいたものが視線を送った先には一人の少年がいた。どこから現れたのか衣服はボロボロでどこの奴隷かと思うが、それでいてらしからぬ妙な風格があった。少年は馬車の傍に行き、その中を見通すかのように眺める。
「中に二人、それに茂みにも弓をもった奴が潜んでるよ。それに……」
そう言うが早いか、少年が突風のように駆け出す。その先には商人がいる。コドモンが止める間もなく、彼は手に持った斧を振りかざす。少年の黒髪が光を浴び美しい銀色に輝く。
鮮血が舞うのを想像したコドモンだが、思い描いたものとは違う光景があった。
「ちっ」
金属がぶつかる音が鳴り、見れば商人の手にはナイフが握られている。
「そこのおじさんは騙せたかもしれないけど、その手は商人のそれじゃないよね」
「……けっ」
少年がトーリの方に視線を移す。
「おじさんの護衛は任せたよ。そんで後ろの人は茂みの方をよろしく」
カレヤが少年の示した方向をよく見ると、たしかに人影があった。剣を取り向かっていくと矢が飛んできて、危ぶなげに剣で弾いた。
「じゃあこっちは……」
「むっ」
斧を手に少年が駆ける。だが商人が合図をするとほんとうに馬車の中から武器を手にした男が二人現れた。いつのまにかトーリの近くにいた男も手に剣を持っていた。
「この……ガキ!」
「遅い!」
だがそれらが加勢に来るよりも早く、少年の斧が商人の腕を切り飛ばした。刃渡りも短い手斧で腕を切り飛ばすのが並の腕前でないことは、武の才がないコドモンにもわかった。それに先程打ち合ったときよりも明らかに早く、警告の意があったのか最初は加減していたようだ。手首から先を失った男があっけにとられ傷口を呆然と眺めている。
だが御者も現れ一対四、カレヤも戦闘中でトーリも離れる訳にはいかない。圧倒的不利な状況において、少年は一切怯む様子がない。
「こういう、「見慣れた」相手はやりやすいね」
少年の口から漏れたことはコドモンにはよく聞こえなかったが、実は本人にもよくわかっていなかった。そういう気がしたのだ。
少年は馬車を背に、相手を分断しようとする。戦闘にかなり慣れているようだが、それでも数の差は覆せない。
男たち、盗賊たちも今の動きを見てただならぬ相手と理解しすぐには飛び込まず距離をとって様子をうかがう。だが囲まれるよりも早く、少年のほうが動いた。
馬車から現れた二人は左右から、少年は馬車の後ろでトーリと話していた男に狙いを定めた。男は隠して置けるような短剣だが手斧とはリーチはそう変わらない。少年は男と一度だけ剣戟を交えた後後ろに下がる、男の内ももから出血があり表情が歪んだ。コドモンには視認できなかったが少年の攻撃は一度だけではなかったらしい。
「ぐげっ、こいつ……! うがっ」
少年は男を蹴り飛ばし、後ろを向く。馬車の左側から降りた男と退治する。右からくる男が今しがた負傷した男につまずいて倒れ込んだ。少年は懐から取り出したナイフを投擲するが、狙いは外れて男の頬をかすめた。
男は剣を携えて斬りかかる、少年は斧の柄で受けそのまま引っ掛けて後方に受け流す。そして斧ごと手をひねることで男は剣を取り落とした、そこですかさず肩を切り裂く。
コドモンが見れば男の後ろ、御者に扮していた盗賊の肩にナイフが突き刺さっている。投げたのはもとよりそちらを狙ってのものだったようだ。
後は転んでいた男だが、少年は立ったまま攻撃を仕掛けない。
「……まだやる?」
「く……、くそっ」
カレヤも無事制圧を終えたようだ。護衛を任せているだけあり、さすがに盗賊風情に遅れは取らない。彼は殺してしまったようだが少年は一人も仕留めてはいない、それでも鮮やかな手際なのは間違いない。
「馬車も、なんだどこも壊れてないじゃんか。どうせこれも盗んだものだろ? ずいぶん羽振りがいいね」
「てめえ……!」
一人無事な男が襲いかかろうとしたところ、いつのまにか首筋に手斧の刃が当てられておりわずかに血が滴る。男はそのまま動けなくなり、少年は肩にナイフが刺さっている男に近づきそれを引き抜いた。血が吹き出し悶え苦しむ御者。
「おじさんはどうする? このまま取り押さえる?」
「う、うむ……」
確かに領内で、それも自分を狙ったものだからには然るべき処罰を与えるべきだが、今この瞬間手負いとは言え五人を連行する手段がない。
「始末してもいいけど」
「!」
盗賊たちが青ざめる。すでに実力差を理解しているうえに各々負傷している以上抵抗も難しい。
「……私自身は被害を受けてない、馬車を捨てて二度と領内に入らないのであればこの場は見逃しても良い」
「お優しいことで」
トーリも頭を抱えているがコドモンには見えていない。
やがて盗賊たちは足を引きずり、それぞれの傷口を抑えながらどこかへと消えていった。コドモンは少年に向き直り話しかける。
「この度は誠に感謝申し上げる」
「礼には及びませんとも、偶然見かけたゆえ捨て置けなかったので」
やはり身なりの汚さに比べて妙に佇まいも話し方もしっかりしている。貴族の息子が追い剥ぎにでもあったのだろうか、だが先程の腕前を見ると簡単に襲われるようにも思えない。
「とはいえこのまま離れるわけにはいかぬ、私にも恥の感情ぐらいある。命を助けられておめおめと去れないとも」
「それじゃあ、せっかく馬車も手に入れたし近くの街まで送ってくれませんか」
「ああ、それぐらい容易いとも」
そもそもこのまま馬車を放置する訳にはいかない、見たところ中には盗品であろう物資がある。領主に報告すればいくらか謝礼もあるだろう。
「では近くの……、レデニアの門までお送りしよう」
「ありがとうございます、じゃあそれと不躾ですが……」
少年が馬車を見る。
「服を一着、こちらの貰ってもかまわないでしょうか」
「うむ、それくらい咎めないとも」
「よかった」
やはり服のことは気にしていたようだ。馬車そのものは無事だったのだ、多少拝借しても問題ないだろう。
「じゃあ君の名前を教えてもらっても?」
「クロムと申します」
もしかしたら聞き覚えがあるとも思ったが、知識の中にはない。彼を送る最中に会話をすることができたが、奴隷の身分ではあったが主人に捨てられ路頭に迷っていたという。それにしてはいやに理知的な振る舞いに違和感もあったが、多少平和になったとは言えこの世の中にあっては後ろ暗い過去を持つものも少なくはない。不思議な少年との出会い、彼を無事に送り届けたのち領主に報告することで褒章を賜ることが出来た。どうにもあの盗賊は同様の手段で犯行を重ねていたらしい。そのときにはすでに少年は姿を消しており、コドモンは心のなかで感謝を述べた。




