閑話~暗躍~
「ここで間違いなさそうだな」
「そのようですね、獣避けの結界もあります」
目深のローブを来た人影が三つ、ある洞窟の前に佇む。「そこ」の住人が着ていたものとは違う、丁寧に仕立て上げられた質のよい生地でできている。そのうえで特殊な加工を行い、たとえ目の前を人が過ぎろうとも彼らに意識を向けるものは皆無だろう。
森の奥深く、人里離れた場所であろうとそうした警戒を怠らない、その事自体が彼らが後ろ暗い経歴を持つことを証明している。
一人が洞窟の割れ目を注意深く調べる、割れ目の縁に付いている塗料を眺め、その横にあるシンボルを自身の持つ資料と照らし合わせる。日暮れ近い時間帯が故に少々見づらいが、急ぐことなく念入りに観察する。
やがて確認が取れ、後ろの姿勢の良い女に向かい話しかける。
「やはり術式に欠損が見られます、理由まではわかりかねますが効力は落ちているかもしれません」
「中が獣共の巣になっている可能性があるか?」
「迎えを寄越さないからには異常があったのは間違いない、それを確認しなければなるまい」
三人がお互いに意見を交換する。本来はここにはある集団の研究成果を確認しに来たはずだった。だのに使いの一つも送ってこない。彼らには多くのものを供与した、食料などの生活物資の他にも通常では入手困難な品の数々、彼らが「実験」に必要だと主張するものは可能な範囲で渡してきた。
それだけ協力的なことには当然訳があるが、それでも彼らは相応の態度というものを示す必要がある。事前の取り決めでは今回の結果を持ってその処遇を決めるはずだった。
彼らは本来ここにいてはいけない、「いないはず」の人間たちだ。囲っているという事実が判明するだけで縛り首もやむなしな程の行為である。そのことは何度も伝え承知しているはずなのに今回の状況。喫緊の問題が発生した可能性が高い。危険も伴う調査となるので本来より少ない三名での行動となった。だがそのうちの一人、ローブの上からでもその佇まいの良さ、風格を漂わせる女性。彼らの中でも立場で言えば上位に位置するのだが、今回の決定権を持っているのが彼女なため同行していた。事態が変わったのでそのまま帰っても良かったのだが、彼女は彼らが行っていた研究に興味を持っていた。もしそれが損なわれているようならば機嫌を損ねるだけでは済まない、彼らの今後は暗いものとなるだろう。横にいるものもそれを思うと気が気でならないが、努めて表に出さないように振る舞っている。
「私が先行します」
確認を終えた男が慎重に洞窟へと入っていく。一歩踏み入れただけでわかる異臭、腐敗臭。彼らも仕事柄そういう臭いには慣れている、だがゆえにこれが「本来あるべき」臭いと異なることがわかる。
少しずつ歩みを進める、中にあったはずの明かりも今は途絶えていた。彼らは手に持つ松明を前に、やがて中心部にたどり着いた。一番前を行く男の顔がゆがむ、死体は見慣れているはずだが強い嫌悪感が拭えない。
「これは……」
「獣の仕業か」
もう一人の男が死体に近寄り、よく観察する。明かりを差し向け、洞窟内の全容を確認する。
「ひどいな……」
彼の言葉通り、そこは凄惨たる有様だった。散乱した死体、その破片や骨。原型をとどめている箇所のほうが少ないくらいに死体は獣に食い散らかされていた。腐敗の経過具合からみて死後数日は経過しているようにみえる。
「やはり異国の魔術では獣避けも満足に出来ないのか?」
「断定するのはまだ早いが、現状を見るとそう言わざるを得まいな」
男たちが会話をする中、女は別のところを見て回っている。目には彼らが使っていた研究器具がある。何者かはわからないが、襲撃事態は唐突に行われたようですべてが半端に放置されていた。
「野盗のたぐいではなさそうだな」
彼らの研究には鉱石などの一般に価値の見出される素材も用いる、それらもまるで手つかずならばそれが目当てではないということになる。
「おろかな、やはり期待するべきではなかったか」
男が吐き捨てる。
「それで研究成果は?」
もう一人が口にすると、女は視線を一箇所に向ける。
「あれであろうな」
そこにあったのは巨大な肉塊、魔術の素養がないものから見ればまるで不可解な、奇異な物体であろう。だが彼女からすればそれは一つの価値ある挑戦でもあり、自らの視点とは全く異なる興味の対象であった。そのために彼らを庇護のもとに置いたのだ。
だが今となってはそれも失望に変わっていた、目の前にあるのは本当に「ただの肉塊」。そこに込められていたであろう術式も、あるべき存在も消え去っていた。それが単なる失敗なのか、ここで起こった異変が故なのかそれももはやわからない。彼女にとってはそれこそが不愉快の種であり、その思いを拭いさろうと一旦ローブを外した。
現れたのはこの光景には似つかわぬ、見目麗しい容姿。栗色の長髪、鼻筋の通った整った顔。背も二人の、平均的な背丈の男よりも上回っている。だがその瞳だけは、赤黒い恐れを湛えていた。見るものを凍りつかせるような、肝が縮み上がるようなその表情。その気配だけで男たちは吐き気を覚えていた。
女は一つ、気になることがあった。彼らの指導者であったはずの、研究を主導していた男が居ないのだ。
「あれの死体はどこにある」
「……おそらくは壁の近くのものかと」
男が指さした方にある死体、壁にもたれかかるように倒れている首無し死体があった。近寄り確認すると、たしかに衣服等に見覚えがある気がした。そして違和感に気づく。
「この首は獣の仕業ではないな」
「そう……なのですか?」
男もよく見ると、獣の噛み跡などはなく牙で割かれたようにも見えなかった。
「であればどうして……」
「……」
女は返さない。男はそれを確認するのが怖く押し黙る。彼女の逆鱗に触れれば彼の命は二つともたないだろう。聞いてから彼も、そんなことわかるわけないと気づく。手がかりを探そうにも死体の破損が多く調査は難しい。研究成果も失われている。わざわざ僻地まで足を運んでこれとは、彼も辟易してくる。
彼女が再び口を開く。
「この近くに盗賊や、傭兵の住処などはあったか?」
「いえ、ごく小さな集落があるのみです」
「そうか」
それ以降、彼女が帰路になにかを話すことはなかった。ずっと押し黙ったまま思索していた。彼女にはあの死体たちは「獣に襲われる前」に生まれていたように思えた。だがそれを成すことが出来るもの、その痕跡一つ見つかりはしなかった。あくまで直感のみ、あの死体は、指導者だった「ズゥイール」がまるで投石機を食らったかのように見えた。そんなわけがない、あの洞窟に持ち込めるわけもなく、魔術にしても聞いたことがない。
彼女は久方ぶりに怒りを覚えていた。彼女が最も嫌う、「不可解」のみを残し本国へと戻る馬車に揺られていた。




