謎の物体
「これは、なんだ?」
そしてここに入ってきた時のことを思い出す。謎の熱源、ずっと警戒こそしていたがついぞ戦いの中では見つけることの出来なかったもの。
目の前にあるのは桃色の、うごめく物体。内蔵のような色合い、そして本当に臓器であるかのように、それは拍動していた。大きさにして直径一メートルほど、歪だが円形状の縦に五十センチほどの山型だ。
だがサイズの割に、いや一見してはわからないがその「中身」はとてつもない質量をしているように感じた。相棒を用い、視覚情報を基本に地形の状況などから重さを概算で量る。それの周囲、物体の境界線付近の地面が崩れている。重さにより陥没したのか、いやこれは。
「地中に、まさか地中が本体……?」
エネルギーの消耗を抑えるため、入り口から熱源を測ったときは水平線上に範囲を限定していた。だがこの下にあるものはそれ以上、とんでもない熱量の大きさも相応にあるようだ。
「これの素材は……肉? 生き物の、人間なら何十人……」
ここで行われていた狂気の実験、周りには人間や他の動物の骨がいくつか置かれている。だがすでに処分されている数のほうが圧倒的に多そうだ。なによりも気になるのはその目的。
「魔法、魔術……」
自分の知る科学的なアプローチとは毛色が異なるように、置かれたのこぎりや鋏、その他用途のおよそ想像のつかぬ変わった器具の数々。博識な方だと自覚していた(はず)が、まだまだ知らないことは世にあふれているらしい。
そして手段はわからないのだが、「肉をこねた」にしては継ぎ目もその痕跡すらない。すべてが一体となり完全に一つの物体となっているようにみえる。まるでこれは……。
「繭、あるいは子宮?」
そんな馬鹿な、と自分に言い聞かせる。ありえない、そんなこと聞いたこともない。遺伝子操作や試験管――。
またノイズ、痛み、泣き声。空虚な部屋、苦しみ、痛み。目を覆うほど、世界を飲み込むほどの大きな輝き。
その直後、また前と同じようにその光景はまったく思い出せなくなった。過去の失われた記憶が自分になにかを訴えかけてくる、その意味も真実も今はわからない。
気持ちを切り替えようとすると、今はこの異様な物体の調査をしている場合ではない。だが最後に近くでよく見てみることにした。匂いはあまりしない、少し生臭い気もするが空間に蔓延した血の匂いのせいでこれから発生したものかわかりづらい。
手を伸ばす、未知のものに不用意に触るべきでないのはわかっている、だが勝手に体が動く。まるでなにかが望むように、自分じゃない……。そして手のひらがふわりと肉塊に吸い付いた。
「……! おい!」
体になにかが入り込んでくる、力が湧き上がってきた。だがこの異質な感覚、喜ぶべきではないのでは。
「相棒、なに勝手に……」
そうだ思い出した、こいつは「そういうやつ」だった。こいつは知らない物質や成分を貪欲に取り込み、分析し糧とする。それによる恩恵も多々あるが、知らぬうちに毒物も接種していることがある。妙に調子が悪いと思ったら猛毒を取り込んで分析に集中していたせいだったことがある。実際にこうして再び起こったことで断片的にだが記憶が戻ってきた。
かかった時間から言って肉塊のすべてのエネルギーを取り込んだわけではなさそうだが、それでも先程消費した分を補ってあまりあるほどだ。これならば帰るときも少々の危険からもシレナを守れそうだ。その後、自分にどういう変化があるかはまだわからないが。
「全く、悪食め」
相棒に自我などない、だが明確に自分とは異なる部分であるがゆえにこうして話しかけてしまう。これ以上留まる理由もなくなった。シレナを抱え、洞窟を出る。外は日が暮れかけている、早く戻らねば。
「……あれ? クロムくん?」
「目を覚ましたのか」
外の風に触れたからか腕の中にいるシレナが起きた、話せるからには一応は無事らしい。まずそのことに安堵する。
「話はあと、早く帰らないと」
「どうして森に……、ええと」
まだ意識がはっきりとしない彼女を抱えたまま小走りに移動していく。すると彼女が自分の状態に気がついた。
「……クロムくん! どうして私を抱えてるの!」
「いろいろあったんだよ、後で説明するから」
「いやいや早く降ろして……!」
今は聞く訳にはいかない、逃れようと身動ぎするのを抑えながら走る、まあ恥ずかしいかもしれないいわゆる「お姫様抱っこは」。
「なんでー!」
「それは同感」
幸いにも帰り道はこれといった出来事もなく、無事村にたどり着くことが出来た。その後ざっくりとした説明をし、彼女にはただの人さらいでスキをついてシレナを救出したと伝えた。穴だらけの作り話を信じてくれるとも思えないが、さりとて真実を話すほうが認めてくれないかもしれない。
だがさらわれたことと、今無事なことだけは彼女もわかっているためとりあえず礼を告げ家へとかけていった。
俺はと言うと小屋に戻ったが、おっさんは相変わらず坑道で一人岩を殴っているので特に心配をされることも、言い訳をする必要もなかった。ほんの少しだけ、わずかだけ寂しい気もしたが、自分もシレナも無事だったことを喜ぶことにし、眠りについた。
だが寝るまでの間、洞窟で見たもののことが頭から離れることはなかった。この世界の非常識な物事について。
よかったよかった




