奇襲
放った矢は寸分違わず、狙い通り敵の右目の眼窩に突き刺さった。角度と食い込みようからも即死だろう。次はもうひとりの離れたところにいる女がいる、黒い長髪の小柄な姿だがもう異変には気づいている。狭い洞窟の中であっては奇襲も難しい。同じように顔を狙っても防がれるかもしれない、ならば動きを止めることを優先し、左の肩を狙って第二の矢を射る。
女はまともに回避もできずに、矢が刺さった痛みにうめいた。警戒しすぎたかもしれない、森で見たときから戦士の動きではないとは思ったが、これならば頭や首を目掛けてもよかったとも思う。
だが悔いている暇はない、固まって話し込んでいた三人がこちらを向く。困惑の表情で凝視してくる者たち、一瞬で警戒度に優先順位をつける。気をつけるべきは真ん中の男、他に比べて年齢こそ上に見えるが、その眼光には冷徹な油断ならない色がある。
奴らとの距離は五メートルほど、臨戦態勢に入りローブの裏側に手を入れているということは武器を持っているようだ。もう一本であれば弓を射る時間はあるかもしれないが、それでは次の向こうの攻撃への対処が遅れてしまう。
なので「矢を放つ」、しかしその先にあるのは奴らではなく一番近くにある燭台。見事に命中し灯っていた明かりが消える。他にもろうそくはあるが、今はこれだけでいい。
一部陽光が届かなくなった部分に潜り込む、遮蔽物はないがこれだけでも狙いをつけづらくなる。奴らにも動揺が走っている。
「始末しろ!」
警戒していた男が声を上げる。やはり向こうのリーダー格のようだ、号令に反応して横の二人がそれぞれ手に武器を構えた。片方は小振りな剣だが、もうひとりは先程見た異様な棒。暗くてわかりにくいが、やはり指のような形状をしている。
また何か声もださず口元が不可思議に動く、まるでそこだけ加速されているように素早く動いている。リーダーの男は後ろでじっとこちらを観察し、剣を持った男が近づいてくる。棒を持っている女はその少し後ろで呪文を唱えている。
このままでは前と同じように行動を封じられてしまう、だが体格差や相棒の「鎧」を展開できない以上、練度の低そうな剣戟であっても無視する訳にはいかない。
そのことを承知の上で、狙いのは一番奥、あの男、俺は手のひらを男の顔に向けて伸ばし――。
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メジュが声を荒らげ「それ」と目があった直後、視界がうすぼやけた。周囲が急に暗くなったのだ。
ちらりと見れば燭台が倒れているのが目に入る。あの子どもが手に持っていたのは弓矢だったはず、この一瞬で矢を当てて火を消したというのか。恐ろしいほどの腕前、およそ子どものそれとは思えない。すでに二人、ズズは生きてはいるが行動不能だろう、なんのために、やつは何者なのか。
僅かな時間で多くの疑問が脳内に溢れ出る。しかし今は排除が最優先だ、なぜ今になってこんな面倒が舞い込んでくるのか。馬鹿な弟子共だ、あのまま助けずに国に置いてくればよかったのだ。そうしたら私一人で、穴蔵になどこもらずどうとでもできただろう。
横にいる木偶共は混乱して動こうとしない、仕方なく大声を出し指示を送る。なぜ私が愚図の将兵の真似事などしなければならないのか。戦うことしか知らない愚か者共、魔術の何たるかも知らず、人の研究を深く考えようともせず排除しようとした。
魔術の真価は戰場になどあらず、叡智を持ってすれば万事が「思うよう」にすら出来るというのに。その高みへ至るためなら人命やら道徳やら、神も信仰もどうでもいいではないか。ペジーに渡した「信徒の指」。私を心酔し、心から望んで「材料」となることを望んだ女の指を束ねたそれは人心を「くすぐる」ことができる。そうしたことも容易にするのが魔術、私の業なのだ。
それを蛮勇か、義侠心に溺れた小僧に水をさされたのはおろか、これが「彼ら」に知られれば心象は悪化するだろう。そう思えば怒りに奥歯が軋む。
カゼラはもともと正規軍に所属していたという、剣もいくらか使えると聞いたがどれほど役に立つか。だが「指」もある、子供一人などすぐに対処できる。そうなれば供物が一つ増えるのだ、であればもうすぐ不要になる弟子の命が二つ、安いものではないか。
小僧のあの目、自らここに飛び込んでくる辺り胆力はある、弓の腕前もずいぶんなものだ。しかしなによりも気に入らぬのがあの燃えるような瞳の色だ。あそこの集落、人々の群れから、蒙昧な民衆の中でもひときわ哀れな者が「捨てられる」あの場所にあるはずのない力を、年端も行かぬ子どもがその目に湛えている。気に入らない。
それはペジーとカゼラを意に介さずこちらを睨みつけている、そして槍も届かぬ遠距離からこちらに手を向けてくる、安い挑発だ。一瞥に値しない、そう思っていると小僧の手のひらが「ねじれた」その中央に筒状の穴が開いている、あれは一体――。
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右腕にエネルギーを集中する。前々から貯め続けてきたものの過半を注ぎ込む、また貯め直しだがそれは仕方がない。それよりもこれで足りるのかが心配だ。以前なら人一人「消し飛ばす」ことも造作もなかったはず、そう思っているのだが。
拾っておいた手で握り込める程度の大きさの石ごと包み込む。相棒で、我が身に宿る「由来」の異なる部分で銃口を形成する。ねじり込むことで威力をかさ増しし、照準を男の脳天へと合わせる。切り札は切るべきときに、躊躇なく。
気力と精神力をも搾り取られる感覚を覚えながら、ライフル弾をも遥かに超える弾速の一撃、「ただの生き物」が反応することすらできない、出来るわけがない。
「ただじゃねえんだぞ――」
愚痴を吐き捨てながら放った弾丸は音を遥か置き去りにし男の頭部に直撃した。遅れて轟音が響き、衝撃で男の体ごと後方に吹き飛ばす。壁に打ち付けられた首なし男はぴくりとも動かない。肩を負傷していた女が運悪く巻き込まれ、強く頭を地面にぶつけて動かなくなった。
全身から力が抜けるが四肢に力を込める、まだ終わりじゃない。
「次は……」
あっけにとられた棒を持った女の手に持つそれは、やや下方向にぶれ呪文を唱える口も止まっている。そこにナイフを素早く抜き、喉元へと投げつける。そのまま突き刺さり、呆然と首の下に生えたナイフの柄を眺め、やがて糸の切れたように女が崩れ落ちた。
「なっ」
残された男が立ち尽くす、横に倒れる死体と俺を見比べ、最後は意を決したように斬りかかってきた。見切りやすい、雑な剣筋をかわし、腕を取り後ろに回しながら足をかけ男をうつ伏せに制圧する。このまま尋問してもいいのだが、外にまだ仲間がいる場合が面倒だ。聞き出している間に戻られては逃げられなくなるかもしれない。
「ガハッ やめてくれ、悪かった、助け――」
懇願する男に耳を貸さず、奪い取った剣で喉元を掻き切る。不快な感触ごと投げ捨てるように剣を手放した。そして立ち上がり、これだけ騒いでいたのにシレナはいまだ目を覚まさない。
「シレナ!」
駆け寄って頬に手を当てる。少し冷たいが生きている、呼吸もしている。それ以上のことは今はわからない、あまり動かしたくはないがここにいるほうが危険だ。
自分より背の高い彼女を抱えるのはやや大変なうえ、体力を消耗したとあっては帰り道が不安になる。その思いを振り払いながら洞窟の出口に向かおうとした時、足元にある「それ」が目に入った。




