潜入
洞窟の内部は多少の舗装はされいるものの、薄暗く足場も悪い。入ったことでまず気づくのがひどい悪臭、まぎれもない「血の匂い」だ。獣臭さも混じりとても真顔でいられる場所ではない。
奴らの顔、いやその表情や目つきに見覚えがある。どこで、いつ見たのかも思い出せないがはっきりいって関わり合いたくない、シレナなどには一度たりとて会うべきでない類の人間だ。人を人と思わず、正確には己の中に線を引き、「それ以外」は物と同列に扱うような者たち。
自分はまだこれといった攻撃を受けたわけではない、シレナも無事ならば交渉の余地はあるはずだ。まともな人間ならば。人をさらうような人間にまともな者がいるかは怪しいが、金のために仕方がなく……というようなタイプとは明らかに違った。
のこのこと出ていき囲まれた状態から敵対した場合から切り抜けるのはほぼ不可能だ。ならば最初から覚悟を決める、大事なのはシレナの命。そのためならば手段は選ばない。
シレナを救うと決めた時にはなかった、嫌な汗が額を伝う。不慣れなことはするものではない、そういう気がする。人を殺すのはあまり得意ではない。……当然のことだろうに、なぜそういう風に考えてしまうのか。失われた記憶の中に、シリアルキラーという言葉が入っていないことを祈る。
この環境で音を立てないようにするのも一苦労だが、ここは惜しまず相棒の力を借りて暗闇を見通せるように視力を強化する。
同時に熱源を視覚的に捉えれるようにもすると、十数メートルほど先に人間と思われる温度の物体が五つ、そして小さなものが一つ。他のものより温度が低めだがおそらくあれがシレナだろう。催眠作用のある薬物などを飲まされたのか、奴らの目的次第では命に関わる可能性がある。解毒手段が乏しい現状では最悪のケースも考えられる、とにかく時間が惜しい。
熱源は三つが近くに固まっており、その右側に少し離れてもう一つ。そして一番手前にやや距離を起き最後の一人。シレナはその中間点に浮いてる形で横たわっている。机か何かの上に置かれているのだろう、あるいは「祭壇」か。
生贄、などというおぞましい単語が脳裏によぎる。
もう一つ、時間がない中であっても無視できない存在。シレナの近くの地面付近に人間とは異なる温度の物体がある。人間より明らかに大きいが、微動だにしていない。形状はおおまかにしか把握できないがおよそ人間や他の生き物とも思えない。
まるで正体が掴めないが、それが武器や危険物な可能性もある。気を向けねばならないことが多いがすべて重要である、集中力をさらに高め矢筒から一本、矢を取り出し弓につがえる。
一気に攻め、場を支配する。矢の数は四本だが、実際に放てるのは二本が限度だろう、そのあとは接近戦だ。体格差はあるが地形を利用しろ、薄暗いのもこちらにとっては有利に働くはずだ。
弓を水平に構え、さらに加速する。敵の姿を視認した、やはりローブを身にまとっている。ところどころほつれた一言に「ボロ」の衣服だがその下はわからない。ならば狙うのはむき出しの頭部、石の矢じりでも貫ける――。
クロムが洞窟に侵入する十数分前、シレナを連れて洞窟内のねぐらに戻ってきたローブ姿の男たち四人は、彼らを待っていたもう一人のもとに近づく。
「今戻りました」
「……それはなんだ」
ローブの男、彼らのリーダー格である壮年の茶褐色の肌の男は白髪交じりの伸び放題の髪を後ろに流し、口元に蓄えたひげを歪ませる。目線の先には別の男が肩に担いでいる少女の姿。
「森のなかで見つけまして、おそらくは「あの集落」のものかと」
「私が言いたいのは、なぜ今なのかということだ」
仏頂面の目をさらに細ませる、四人ともばつの悪そうな顔をする。
「何度も言ったと思うが、もうすぐ彼らが来るのだ。我らの研究の成果を見せる、またとない好機なのだ」
「……承知しております」
白髪の男は息を吐く。叱責したいわけではない、男自身も緊張しているのだ。それを理解しているから他の者も気を悪くはしない。
「いつもどおりに獣を頼んだわけだが、確かに人間の素体は貴重なのは間違いない。それも生きたままとは……調達にあたって抜かりはないな?」
「それが……」
言葉に詰まる彼らに怪訝な目をおくる。
「二人いた子供のうち片方、少年の方を取り逃がしまして……」
若干事実と違う経過を伝える。よもや年端も行かぬ、丸腰の少年にひるんだとは言えなかった。気圧された、というのが正しい。こちらは四人、向こうはただ一人それも術の影響で立っているのもままならなかったはずだ。それだのに瞳から戦意は失われておらず、こちらを睨みつけていた。我々は戦士ではない、戦いなど本来は門外漢だ。ゆえに強い敵意を向けられることに慣れてはいない、あの場にいた全員が同様に、あれと対峙するのを嫌ったのだ。これを恥じる気持ちは皆同じ、ゆえに言葉に出さ無い、出せない。
「来た方角から見てあの集落のものと見て間違いないかと、なれば逃したところでどうともなるまいと……」
「……」
ため息を吐く。こういうことがあるから近くに手頃な、いなくなったとて「誰も困らない」人間たちがいてもあまり手を出してこなかったのだ。それならば多少危険でも獣のほうが術を用いれば容易く調達できるというのに。人をさらうならばしっかりと準備をして、一人でいるところをおびき寄せるよう言いつけていたはずなのに。
「帰りはしっかりと隠匿を行ったな?」
「それは万全です、普段よりも念入りに施しました」
「それならば問題はあるまい、だが二度と不用意に人間をさらおうとするな」
本来であればもっと厳しく言いつける必要があるだろうが、今はそんなことにかまけている訳にはいかない。それにもうすぐ来る彼らに「あれ」を見せればきっと同胞として迎え入れてくれるだろう。そうしたらこんな薄暗い洞穴には二度と戻るまい。故国を追い出された我々にここを教えてくれた彼らは、能力を示せば仲間としてくれることを誓った。ほうほうの体で逃げ出したせいで研究物を一から用意せねばならなかったためこれだけ時間がかかってしまった。
だがそれにも彼らは手を貸してくれた、その点だけでも感謝のしようがない。だからこそ万全の体制で彼らと会わねばならないのだ。あるいはこの四人も同じように思うからこそ目の前の貴重な「素材」を我慢できなかったのかもしれない。そう思えばいくらか許せる気持ちも湧いてくる。
もはやどうにも出来ぬことだ、切り替えていくほかない。
「では新鮮なうちに解体するとしよう、まずは生皮を剥ぐべきか」
「生きたまま心臓を取り出すのは?」
「それもいいが、昏睡剤はまだ残っているか?」
手伝ってくれる二人と話し合うなかで他二人はそれぞれの作業に戻っていった。その間に視界に入るもの、まだ未完成の成果物が見える。
「もうすぐだ」
さまざまな案を思索していると、風を切る音がした気がした。ふと目を送ると入口の方向に立っていた者、デオが崩れ落ちた。
「どうした――」
その横を素早い何かが動いた気がした、松明の明かりだけではよくわからないが牙獣が入り込んだか、だが獣ごときが結界を破れるわけがない。
「がっ」
今度は左から悲鳴、ズズのうめき声だ。肩になにかが、あれは矢か。
松明の明かりで影の正体がわかる、人間だ。それもまだ小さな男の子だ。横にいるメジュが叫んだ。
「まさか、あいつは――」
それと目が合った。白銀の髪の毛の少年。同じ色の瞳は力強く輝いていた。子供の放つものとは思えぬ威圧感に肌が粟立つのを感じた。




