追跡
おっさんとの約束を破り森の奥へと突き進む。奴らの足跡や匂いを辿り行く先を探していく。そうやって改めて地面を見ていると、最初はわからなかった違和感の正体が掴めてきた。
足跡などは物理的にもいくらか紛らわしてはいるが、その技術自体は非常に拙いものだった。雑に地面をならしただけの、逆に目立ってしまうようなほどである。
なのにそれに気が付きにくく、うっかりしていると見逃してしまいそうになる。それは奴らと出会った時の、眼の前にいるのにあやふやになってしまうあの感覚だ。それともう一つ、草木がまるで自らその痕跡を覆い隠すように生えているのだ。意図的に生育されたのではない、それでは偽装の役には立たない、このような技術は聞いたことがない、「ありえない」。
今さっき出来た足跡ということはこの草たちも踏みつけられたであろう、それが偶然覆いかぶさるようになっている。そういう風にも考えられるがそれにしては不自然にすぎる。
先を急ぎたいが奴らの正体を探る手がかりになるかもしれない、そう思い注意深く観察する。すると地面に一定間隔になにかが落ちている。それぞれの間隔の長さや配置から見て人為的に置かれたものとみて間違いなさそうだ。
一つ警戒しながらも拾い上げたところ、木の実だった。変哲もない楕円形の茶色い指先でつまめるほどの大きさのもの。だがそれにはななめに傷がつけられていた。おそらくわざわざ付けられたもの、刃物でつけたものだとわかる。そこになにかが刷り込まれている、赤くドロッとしたもの。
「血か?」
色と匂いはそれに近いが、他に何かが混ざっているように思える。他の木の実にも同様の加工が確認できた。どういった意味があるのかはとんと理解できないが、これが不可思議な状況の元ではないかと推測する。
他に異臭や薬物が散布された痕跡などは見当たらない。トラップのたぐいも見当たらない以上これが逃げた先を隠蔽する手段なのだろう。自分の持つ知識の中(虫食いの状態は改善していないが)には類似例も思い当たらないほどに特異な技術、脳裏に「魔法」という言葉がよぎる。
だがここでこれ以上思索していても解は得られなさそうだ、時間もないのだから疑問は棚上げにし、だが相手が未知の技術を持っているということだけを頭に入れて足を前に動かす。
「ここまでか」
それから程なく、思っていたよりも早く痕跡の行き辺りまでついた。時間にして数十分、何の目的でシレナを攫ったかわからない以上早いに越したことはない。今度は途切れた痕跡の先、奴らが向かった場所を探さねばならない。
幸運にも奴らはこの森の中からは出ていかなかったらしい。もしも山を降りて村や町に行ったのならば追跡は困難であっただろう。また移動手段、車両の乗り入れた様子も見られない。村の人々の暮らしぶりを見てもこのあたりの人たちはかなり原始的な、電子機械などとは離れた生活をしているようで奴らも似たりよったりなのかもしれない。
人さらいにしては妙な棒以外、銃器などを持っているようには見えなかった。歩き方なども軍人などのそれには――。
「……ぐっ」
頭にひどい鈍痛。早送りのようにノイズのかかった画が矢継ぎ早に脳裏を駆け巡る。戦争、軍隊、訓練、立ち上る黒煙、炎――。
最後に一瞬、怖気の走るような歪な生物の姿が見えた気がし、まるで夢のように不確かな記憶に成り果てた。
不快感だけを残し今見たものたちが陽炎のようにゆらぎ、霧散していった。
頭を振る、気を確かにもて、今の自分の置かれている状況、記憶。答えを得られないものに焦りの気持ちはゼロではない。だがそんな場合ではない、わからないことは今は捨て置け。
気を取り直しあたりを調べる。気になるのは前方にある岩山、洞窟などがあればそこを根城にしている可能性もある。ここもまた不思議な方法で隠されている可能性がある。
今のところ主に視覚へのカモフラージュだけなので、相棒を起こし聴力を向上させる。洞窟などがあれば空気の通る音などで見つけられるかもしれない。
この程度のことにエネルギーを消費することなどなかったはずなのだが、現状では短時間に留めなければ活動に支障が出かねない。なので特に集中して、目を閉じ耳を澄ます。
するとわずかに、風の音が聞こえた。その方向に向かい出どころを特定する。やはり岩山の方のようだ、絶対に見逃さぬよう、岩壁に手を這わせながら横にと移動する。
「……ここだ」
ある地点で「引っかかり」があった。そこを注視すると人一人が余裕を持って通れるほどの隙間があることに気がつく。遠目からでも気が付きそうな大きさであるのに目の前に来なければわからなかった。これもまた奴らの偽装工作だろう。
見れば裂け目の縁に、先程見た血のような塗料がぐるりと塗られていた。それと同じもので描かれた、見たことのないシンボルマークがあった。幾何学模様を組み合わせ、その下にこれまた見たことのない文字が三つ並んでいる。
なにを示すものかはわからぬが、一応記憶に留めておく。
これでも十分な証拠だが、他に入り口として使うために補強されていた。木材の風化具合から、一定以上の期間この場所に居続けていると推測できる。
ならば侵入者対策なども施されている可能性も高い。入り口には誰もいないが中に何人いるのかも、どういった構造となっているのかもわからない。
単独で侵入するのはあまりに危険だが、当然退却などしない。武器は狩りに用いる弓矢と、獲物を処理するためなどに使う小さなナイフ。武器としてはかなり頼りないうえ、相棒を動かすエネルギーも不足している。相棒を使うのは最終手段、最優先はシレナの救助。最悪刺し違えてでも彼女の安全を確保する。
「いつものように」
そう言ってから首を傾げる。「いつも」とはなんのことだろうか。だが彼女を助ける、誰かを助けるのは当然の行動、わざわざ意図するほどのことにも思えなかった。身に染み付いた習性のように、迷いはなく、恐れも今は忘れ敵の待つ洞窟へと入っていく。




