察知
OBON
魔術協会、大魔術師ドノゲス=モルの工房にまたモナガンの姿がある。後ろには彼の弟子を二人連れて膝立ちの姿勢でドノゲスの様子をうかがっていた。
ドノゲスが目覚めて最初に指示を請ったのがモナガンなのだが、それがきっかけとなり“魔術師”としての彼の世話係のような立場を任されている。特段モナガンがお気に入りという訳では無いが、つまり適当な理由をつけて面倒を押し付けられたとも言える。
たしかに極めた優れた彼の世話をする中で得られるものもあるが、それと同時に数多くの小事も発生するのである。魔術的な世話とはあくまで彼の研究の“片付け”くらいのものである。
モナガンほどの卓越した魔術師であろうとドノゲスの研究の手伝いは不可能であり、だが片付けとは非魔術師に務まるものではない。その厄介さが故にここの協会の魔術師同士で押し付け合いがあったのだ。
モナガンも暇ではないのだが、誰かがやらねばならぬのだ。そう自分に言い聞かせて彼はこの場所に居た。
最初はモナガンの研究を邪魔せぬように気を使っていたのだが、そのうちすぐにちょっとのこと――仮に後ろで他の人間同士の殺し合い“程度”でも反応さえしないことがわかった。
朝早くからここで待機しているモナガン。昨晩は客人を招待していたのだが、深夜に自宅を離れて工房まで足を運んだ。ドノゲスの世話もある程度規則性があるので、必要なときが迫るとこうして準備するのだ。
ドノゲス自身は気に留めなくとも、彼の研究中の姿勢、気配は尋常のものではなくモナガンの弟子は初めの頃にその気に当てられて調子を崩したほどであった。
今ではモナガン含め慣れてきているが、一刻も経つ頃には額にじっとり汗が浮かぶ。
だがモナガンの気配に変化があった。どうやら一段落付いたようで張り詰めた空気が霧散するのを感じた。
傍目には黙想していただけのドノゲスだが、一度中断すると地面に仰向けで大の字に倒れ伏して息を切らせている。モナガンは弟子に目配せをし、それらがさらに別の、食事を任されている小間使いに指示をした。
するといくらか呼吸を整えたドノゲスがモナガンたちに気がついた。
「……あー、お前たちか」
「はっ、お側に」
ドノゲスは寝転んだまま臀部をかきむしり、その手を地面にこすりつけながら話し続ける。
「よくもまあ、相変わらず頼んでもねえのに気の回るこった」
「貴殿の“使いさし”は一部のものには危険すぎますゆえ……」
「はは、この協会には素人が出入りするようになったとは。ガジンが聞いたら怒り狂ったろうよ」
ガジンとはこの魔術協会を興した偉大な魔術師たちの一人だ。彼の生み出した魔術理論は今なお多くの者にとって魔導の基礎として息づいている。
人間としては厳しい性格であったと伝わっているが、どうやら間違いではなかったようだ。
「まあ、なにかと人手がいるものですから」
「かかか、使えるならなんでもよいさ。……じゃあいつも通り適当に処理しとけ」
「任されました」
慣れた手付きで彼の前にある香を片付ける。それと様々な色の魔石も回収するが、使用済みのそれは本来のそれよりくすんでいる。
モナガンの視界にはそれとまた別に、濃密な魔力の奔流が確認でき、それは細く伸びて彼の工房の奥へと繋がっている。
迂闊にそれをたどればモナガンであっても無事では済まないのを知っている、だから慎重に薄まっているその繋がりを引き剥がし魔石をただの石ころへと変化させる。
魔石の状態変化は魔術の基本技術でもあり、だからこそどれだけ研鑽をつもうとも欠かせぬ能力だ。そしてこれだけの濃度を秘めた魔石に触れることはモナガンであっても稀である。彼よりも高い技術を持つジムナンであればより短い時間で処理できるだろうが、モナガンは数分かけて一つ処理するのがやっとだ。
「やっぱりクソ真面目だな、お前」
「……皆にそう言われます」
「そんなもんピャッと千切るだけでいいんだよ」
いわゆる天才と称される魔術師に多くあるが、人に伝えるさいにその感覚のみを口にする者も多い。モナガンもそれに含まれるが、その上で彼は極めて高度な技術を表現することがある。つまり「聞くだけ無駄」とも言えた。
「次から意識してみたいと思います」
なので曖昧にはぐらかす。
その返事に一切の興味がなさそうに、ドノゲスが別のことを話し出す。まだ寝そべっている彼は部屋の中から一方向を指し示す。
「あっちが臭え」
「排便所はそちらではありませんが……」
弟子の一人がそう答えるが、言葉通りの意味ではないとモナガンは察する。なのでもう一人の弟子に、方角を確認するよう伝えた。
この協会は地下にあるためすぐに陽の方向を見ることが出来ない、だが大広間にある「魔術時計」を見ればより詳細なものがわかる。
「北東です」
「……であればダムナ、いやデレアナ?」
「その間に小さな村が二つほどありますが……」
意味を察した弟子が補足する。
「その匂いとはどのような……」
「血と、この生臭さ。十中八九あの「肉塊」だろう」
「――やはり」
ドノゲスの珍しい顰め面を見た瞬間に浮かんだことである。
「すぐに対処します、人員を集めなくては」
「気をつけな」
ドノゲスがわざわざ警告する、その意味を知るモナガンの背に冷たいものが流れた。




