肉の繭
ikiteru
この世界において何度となく、様々な奇怪な現象、目を疑うような光景を目にしてきた。その中でもとりわけ記憶に深く焼き付いているものがある、それが肉の繭とそれにより引き起こされたとされる現象。
やや大きいだけの、平凡な蛇を悍ましい怪物へと変貌させた、可能性のある代物。魔術に詳しくなかろうとひと目でその異常性に気がつく。この世にあって良くないものだよ一瞬で理解のできる物体の正体は実物を見た身として知らぬ存ぜぬではいられない。
それを説明してくれるというのだが、肝心のモナガンは顔を歪ませて言葉を選んでいる。ようやく口を開くと、苦々しげに言葉を紡ぐ。
「あれは……我らの住まう地で魔術の研究を行う者たちすべてにとっての“恥部”だ」
「あんたらがあれを作ったってのか……?」
「違う」
はっきりと、強い意思のこもった否定。そこにはモナガンが初めて見せた怒りがあった。
「だが決して無関係とは言えない、この地の魔術師たちの数々の歴史の中から生まれた許されざる研究の一つだ」
「はっきり言ってくれよ、……ってかなんだよ、ニクノマユって」
アギアは知らなくて当然だろう、シレナも同様だ。だがこの地にゆかりのあるリィンは心当たりがあるようだ。目が合えば少しだけ説明をしてくれる。
「まあ一つの禁術……ってことしか知らないけどね。でも有名ではあるよ、魔術そのものよりも“それを扱う者たち”の方だけど」
モナガンがこちらに問いかけてくる。
「君はどこでそれを?」
シレナの前で言うべきか少し迷ったが、あえて言わないでいたわけでもないのでこの際だと口にする。
「地元の……、一応アーケリア領内にある山奥の洞窟と、これもアーケリア領内の農村の裏山。どちらも魔術による隠匿がなされていたよ」
「えっ」
初耳であるシレナが驚愕の表情を見せるが、手で後で説明すると伝えるとぐっと言葉を飲み込んだ。
「なるほど、あれらはそんなところまで手を伸ばしているのか……」
「何者なのですか?」
「リィンが言うように禁術とされるもの、そしてその先にあるものを信奉する集団だ」
「肉の繭とは何を目的としたものなのですか」
「それを説明したいが、これには多くの秘密と謎が隠されていてそのすべてを話せないことは先に理解してもらいたい」
こくりと頷く。
「あの魔術……と言うにもおこがましいものは百年ほど前に生まれたと言われている。しかし誰が、どのようにして見出したのかは誰も知らない。とにかくあれは多くの命を“生きながらに束ねる”ことで作られている」
「なんだよそりゃ……」
アギアが気味悪そうに顔をしかめた。
「我々がその存在に気がついたのは偶然でしかない。それを作ったものが秘匿をしそこねたがゆえに研究とその実物が見つかったのだ」
「生きたままというのは言葉通り、意識もあるのですか?」
「その点に関しては不明だが、あくまでも使われた“部分”が機能しているためにそう表現したに過ぎない。君が『繭』と言ったのは大きく外れてはいないが、的確に表現するならば『器』あるいは『供物』といったところか」
「それは『誰』に対する……?」
モナガンはすぐに答えず、アギアを見た。
「君は聞いたことがあるかな? 魔力の『意志』について」
「……昔にそんなこと言ってるやつを見たことがあったけど、たわごとだろ」
「私も信じている訳では無いが、とにかく魔力は単一の、水のようなものではなくその場、その時、誰が、『どんな想いで』魔術を行使したかによってその結果が変わると主張するものがいる。これを『魔力人格論』というのだが、まあ主流の考えではない、それを口にしたものを嘲笑することも多いものだ」
「つまり“魔力の中にいる誰か”を呼び出すための儀式だと」
「……相変わらず君は賢い、そして柔軟な考え方ができるのだね。とにかく、少なくとも彼らはそう信じているのだろう」
そもそも魔術について初めて知ることが多いわけだが、その中でもかなりオカルトじみた……、にわかには信じがたい話である。
「私も魔力とは我々に従順に扱われるだけの力だとは考えていないが、それは人のように何かを考え、行動を起こすといった意味ではない。そもそもあんなものが呼び出し、それに応じるような存在などあるはずもない」
無いと断言するには反論の証拠が足りないようにも思えるが、今この場で尋ねても答えは得られないだろう。
「でも僕はあれが引き起こす現象、結果を目にしました。恐ろしい化け物を生み出す魔術であれば脅威ではあるでしょう」
以前に見たことを話して伝える。
「なるほど、蛇を変化……。生命に干渉できるようになっているとは、こちらが考えているよりも研究は順調というべきだろうか」
「……どうあれ、ろくなものじゃなさそうだけれども」
「そうだな、我々としても奴らの足取りを追い続けているが、隠れるのがうまい上に魔術師は必ずしも争いごとに長けているわけでも関心があるわけでもない。その時々によって調査にも限界があるんだ」
モナガンは国がもっと協力的であれば……といったことを小声で話していたが聞かなかったことにした。
「とにかくあれを許すべきでないというのは共通意見のようですね」
「ああ、当然だとも。……しかし気になっていたのだが、君はあれを“どうした”のだね」
「あー……」
答えようか考えたが、丁寧に説明をしてくれたモナガンへの礼として正直に答えることにした。
「えっと……、“吸いました”」
「…………は?」
およそモナガンらしからぬ、素っ頓狂な声が部屋に響いた。
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