初歩
一番初めに思ったこと、魔術というものを知った時にあったのは単純な知的好奇心。だがその詳細な技術、文化を知った今では変化しているものもある。
「魔術というものの奥深さ、多様性。ごくごく一部、ほんの一端しか知らない身ではありますが、それは間違いなく“誰かの役に立つ”ものだと思っています」
「人助けに用いる?」
「それは……」
そう答えるのは簡単である。しかしそれはこの場において、貴重な機会において求められる解ではない。
「僕には能力が、戦う力と才があります」
そう話しながら右の手首から先を変化させる。モナガンは少し驚いたような顔をし、また落ち着いた表情に戻る。
「魔術はアギアのように人を癒やす、リィンのように星の中から明日を見出すこともできる。けれどそれは僕に必要なものではない」
「そう答える理由は?」
「この力、能力を僕は人々を助けるために使いたい。それが出来るから、それしか出来ないから。だから魔術もその一部として扱えればと」
「ふむ……」
考え込むモナガン。
「戦闘の補助であれば武器や防具などの変化、戦況の把握、敵の虚を突くこともできる」
「……」
「うむ、ピンと来ないようだ。では“それ以前”、先程言った星読みも戦の趨勢などを判断する上で重要となる技術だ」
モナガンの提案はどれも具体的で、かつ用途も明確だ。だが今一番重要なことは“誰”を“なにから”守るということである。
戦に関わるのであれば今聞いたものは魅力的だ、獣を狩るならそれに向いた魔術もあるだろう。だがどうしてか、いずれも違う、もっと大事なものがある。自分が立ち向かわねばならない“敵”がいる。
脳裏にある“影”が映る。真っ黒く、邪悪で、凶悪なシルエット。
「モナガンさんは“肉の繭”のようなものを見たことがありますか」
「――! それをどこで……」
いつも冷静であるモナガンが見るからに狼狽えた。それは問いに対する明確な答えだ。
「……先生?」
ピーシースがモナガンの心配をする。それでモナガンも平静を取り戻そうと深く息を吸った。
「……すまない、少し驚いたよ。だが順を追って話すとしよう。魔術師とは、その存在とこの世界に求められる責任について」
「責任……ですか」
「そうだ。なぜ我々は魔力を感じ取れるか、魔術を行使するということはなにを意味するのか。全ては“魔力”に収束するというのが私の考えだ」
「魔術をどう扱うか、そんなの人の勝手だろ」
そう言い放ったのはアギアだ。明らかに不愉快そうにそう吐き捨てた。
「そうだとも。しかしこれはもっと根本的な問題だ。我々は魔力を扱い、魔術を使う。では“使われたあとの魔力”はどうなると思う?」
「――」
アギアが口を開けたまま固まった。リィンも同じで、今まで考えてもこなかったことなのか、衝撃を受けた様子だ。
「これも人によって様々な意見がある。霧散するとも、循環するとも、“消え去ってしまう”とも」
「霊脈には限りがあるという話も聞いたことがありますが」
バニスが以前に言っていたことである。
「そういった事例、魔力が枯渇したということは過去にあるようだ。だがそれがその場限りの事態なのか、この世界全域に及ぶものなのかという部分については誰も知らない」
「モナガンさんはどう考えているんですか」
「私は魔力というものが、星を生き物に見立てた場合の“血液”だと考えている」
「つまり“巡る”と?」
「君は聡明だ。そう、私達が食事をし、睡眠を取ることで血液は体内をめぐり続ける。ではこの星における“食事”とはなんなのか」
「それが“魔術”」
モナガンが深く頷く。
「我々はこの星に従い、仕える。それが魔術師の真の姿だと考える。それがどのような形であれ、魔術であれ。だからどんな魔術を行おうとも構わないというのが私の意見だ」
アギアがうつむいたまま黙っている。彼なりにモナガンの言葉を飲み込もうとしているようだ。ピーシースのみ、この場であるいは悔しそうにも顔を歪めていた。
「君はまだ魔道を歩き始めたばかりの赤子だ。進む先はゆっくり考えると良い」
「そうですね……」
そうなにもこの場で決めなければいけないわけではないのだ。モナガンの言葉によってまた一つ魔術、魔力というものの理解が深まった。その全てが正しいとも限らないが、彼なりの研究の末にたどり着いたものだろう、一聴に値する貴重な教えだ。
「だが先の言葉を否定する、唯一のものがある」
「それは……」
「そう、君の言う“肉の繭”だ」




