師事
ドノゲスの部屋は彼が眠っていた場所からほど近く、いつの間にか目覚めていた彼は気がついたときにはそこですでに研究を始めていた。なので正確に彼の目覚めた時間を知るものはいない。だが最初に彼がいることに気がついた者いわく、ドノゲスはもうこの施設の全容を把握しているようであったという。
実際に立ち入った形跡もなく、どのようにしてそれを知り得たのか誰にも分からない。“ドノゲス=モルだから”ということで納得する他無い。
その研究室は僅か数日の間に見事な工房として作り変えられ、そこには濃密な彼の操る魔力が滞留している。常人であれば魔術の素養のあるなしに関わらず、卒倒するほどのそれはさすが大魔術師と言わざるをえない。
モナガンであってもそんな子供のような感想しか抱けない相手とこれから相対する。かつてないほどの緊張感を抱え、研究室の入り口の前から中の様子をうかがう。
「ドノゲス様、中におりますでしょうか」
返事がない。どうしたものかと考えていると、部屋の中から溢れんばかりの魔力が、まるで道を作るかのようにモナガンの目の前のみ薄くなった。
これは入って良いということなのか、少し考えたが意を決して足を踏み入れた。
ドノゲスは別の魔術師から聞いていた通り、部屋の真ん中で座ったまま黙想している。彼は研究において木板、紙など書き留めるものを用いない。古代の魔術師は研究内容や魔術を文字として残すことを嫌ったと言うが、彼もそうなのか、または別の意図があるのか。
思索している相手に話しかけるのを躊躇っていると、向こうから口を開いた。
「……そこでなに突っ立っている」
「も、申し訳ありません。お話をお伺いできると聞きましたので……」
普段のピーシースを笑えないほどに緊張している自分に思わず口角が上がってしまう。
「まあなんでもいい、好きに聞け」
「有難うございます、で、では……」
まずは何を聞いたものか、改めて意識すると思考が定まらない。
「この度は長い期間覚醒するということですが……」
「はは、なんだよそれは。ガキかよ」
「申し訳ありません……」
思わず赤面してしまう。確かに魔術に二十年以上携わるものの発言ではない。
「一年、いや三年は活動できるだろうよ」
「! それほどまでに……」
だがその答えは想像を超えるもので、言い伝えでもそれほど長い期間覚醒したことは聞いたことがない。
「それは僥倖です」
「おうよ、五百年ぶりに絶好調だぜ」
それはドノゲスが最初に眠りについたと言われる頃であろうか。
「なにかきっかけがあったのでしょうか」
「いいもん食ったからな」
おそらく食事のことを言っているのではない、それは流石にモナガンでもわかる。だが他に何があるというのだろうか。
「そういえばガミラーバとかいうのはどこに行った?」
「……その名は」
今となってはここでその名を口にするのすら憚られるが、ドノゲスが相手であれば答えざるを得ない。
「……消えました。門弟を連れてその研究ごと」
「だろうな、あれはお前たちみたいなクソ真面目どもが嫌いそうだったものな」
「彼の研究はおよそ魔術の深淵とは程遠い、いたずらに大地を汚すだけのものです」
「ククク……、研究に良いも悪いもあったものかよ」
ドノゲスに言われたら返す言葉を持たないが、それでもモナガンにとって彼らの研究を許すことの出来ないものであった。
「まあ確かに、あれじゃどの道無理だろうな。“肉の繭”なぞ器としちゃ不足よ」
「はい。ですがドノゲス様の“あれ”も目指すものは近い……、比較に挙げるのも冒涜に値いしましょうが」
ドノゲスの研究内容は、その詳細について知りうるものはいないが、それでも一部をドノゲスが眠る前に託されるものがいる。そしてその研究成果も同じで、拠点が変わることになろうともそれだけは必ず守り通すのがここにいる魔術師たちの使命の一つだ。
数十年前にここに移った時もその移送を行ったが、十人ほどで運んだ際、その半数が影響を受けて再起不能に陥ったという。
それはこの部屋のさらに奥に隠されており、誰も近づかないように言われている。それは彼の研究を守るためであるが、それと同時に近寄るものの安全を考えてのものでもある。
「結局のところ目指すところは誰も一緒よ。手段が異なれども、本懐を遂げればそれで良いのだ」
「仰るとおりです」
「それで、お前は“どこから”目指す」
「私は……、人体の中に道を追い求めます」
「ほう」
ドノゲスが目を細めた。
「面白い、詳しく話せ」
「はい、それでは……」
「いや、ここじゃなんだ、場所を変えるぞ。お前にもあれを見せてやる」
「よろしいのですか?」
「構わんとも、それとも恐ろしいか」
正直に言えばその感情もある。だがそれよりも彼の魔術の一端でも見られるのならばリスクも承知の上だ。
ドノゲスが立ち上がり、移動を始めたが不意に話し出す。
「そういえば……、西の方の壁に穴が開いてるぞ」
「え……?」
初耳である。だがドノゲスが言うのだから間違いないのだろう。
「確認しておきます」
「まあお陰であの小僧に会えたのだがな」
「小僧……?」
何のことを言っているのだろうか。
「あれは面白い、実に。信じられるか、まさかあんなものと混ざっている者がいるとはな……」
「どういうことでしょうか……」
「もう一度会うのもいいだろうな、あの白髪交じりの小僧と」
モナガンの脳裏に一つの顔が浮かんだ、だがあり得ない。
「まさか……」
ひとまず考えを振り払い、目の前のことに集中することとした。




