ドノゲス=モル
「げほっ、えほっ……」
「お、おい、いや、あの……」
こちらも疲弊しているが、それよりも目の前の異常のほうが優先度が高い。なにせ死体と思っていたものが動きだしたのだ。リィンの言葉を疑っていた訳では――あるが、いざ目の当たりにすると驚愕で口が開きっぱなしになる。
だが動き出したドノゲスは座ったままむせている。ハリは生まれたが細いのはそのままの手で胸を抑えており、リィンも心配気に見つめている。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫……ですか……?」
「はあーーー……」
ドノゲスは深く息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がった。瞳は焦点があっておらず虚ろで、歩く姿も頼りないものだ。このまま見ているのはまずいのではと思いながらも、困惑のほうが勝り身動きが取れない。
するとドノゲスはよろよろと歩いて部屋の端に移動し、壁をぼうっと見つめている。
「どうし……」
「おええええええ――」
「うっわ」
ドノゲスは壁に向かったまま、膝に手を付き嘔吐した。見ると水分は殆どないが、代わりに大量の虫がこぼれ落ちている。おそらく眠っている間に体内に入り込んだものだろう。リィンも自分も虫が苦手というわけではないが、これは流石に鳥肌が立つ光景である。
ドノゲスがそのままぜえぜえと息を切らしながら胃の中のものをぶちまけているのをただ眺めていると、やがてようやっと出し切ったようで姿勢を整えた。
「ふうう……」
「あのー」
そろそろ頃合いかと声をかけると、勢いよく振り返りこちらを見た。
「うおっ」
「お前……」
「はい……どうしましたか……?」
艶の戻った顔は見る限り六十代ほどで、昔はかなりの色男だったのではという端正な作りだ、身長はかなり高く百八十以上はありそうだ。肉はないが骨格もしっかりしており、力強さを感じさせる。
どういった方法かは分からないが、ミイラのようであったその顔にはしっかりとした髭が生えており、その長い顎髭の先には小さな丸い宝石のようなものがいくつも下げられている。頭髪も生え際はやや後退しているが、年の頃に比べ豊かな白髪が生え揃っている。
肌の色はフィニク人のようだが、瞳の色が左右で違っており、赤と黄色の輝く色がこちらに向いている。
ドノゲスがこちらに近寄ってくる。先程とは異なりその足取りも確かなものになっている。自分の顔を凝視し、なにか考え込んでいるようだ。
「あんたが今の世話役か?」
「え?」
まだ意識がはっきりしていないのか、それとも何か誤解されているか。
「食い物とスープを持って来い、あと今のうちに聞きたいことがあるなら小僧共を集めておけ」
「えーと……」
横柄な態度に思えるが、そもそもここに本来いるのは彼の高弟とも言える魔術師だけのはずであり、その世話も当然のようにするのだろう。だがそれを説明するには自分が侵入者だと言わなければいけない。その場合どのような反応をするかわからなく、判断に困っていると彼の方もなにか不思議がっている。
「ふむ……? お主魔術師でないのか、小間使いか、そこの娘っ子は?」
「あたしは……そのー」
リィンが珍しく緊張しているふうだ。親たちから神のごとく尊敬されている人間と会話するのだからそれもやむ無しだろうか。
「むう……? なにかおかしいな、何が起こっている。いや、それよりもどうしたことだ、この体……、気力……」
独り言を言いだしたドノゲス。いっそのこと逃げ出したほうがいいだろうか。だがドノゲスがこちらを見つめてきた、その瞳は先程よりさらに強い圧力が込められている。
「お前! 今は何年、何期だ、国王は! 首都はどこだ!」
「ええ、えーとここはリュグレムシア……、フィニリアの北部に位置して、ズニェールは……」
「北部? コニィガムアではないのか……」
「コニ……、なんて?」
リィンが耳打ちしてくる。
「前の王朝があった都市だよ」
「成る程」
「国王はビニオアとか言ったか、今はそのせがれではないのか」
「先々代のズニェールだね」
「成る程」
リィンが直接話せばいいのではと思うが、頑なにこちらを矢面に立たせようとしてくる。
「つまり今は……」
「大体八十年くらい前のことだと思う」
「おそらくあなたの記憶から八十年ほど経過しているかと」
「八十年? いやそれはおかしい、なればこの力は……」
どうやら思っていたよりも目覚めが早かったのか、なにあ腑に落ちない様子だ。
「多分あなたは僕の体力……エネルギーかなにかを吸収したと思います」
「お前の? そうかあの時感じた感覚、光景……、見覚えがある……」
するとドノゲスが自分の両方を掴み、目を丸くさせてなにかを確かめだした。
「お前……“どこから”来た?」
「え……」
出身地を聞いているのだろうか、だがそうではなく本質的なものと問うているように思える。
「人の身でなぜその“色”を纏わせている、それは深遠にのみ存在する、あれらが持つ……」
もはやこちらの声は届いておらず完全に自分の世界に入っている。
「つまり、そうか、はは! なんという僥倖! それが今我が身に! なるほどなるほど……、なれば今であればあれを……」
なにか嬉しそうだが、こちらには一切伝わらず、そもそもこちらの存在を忘れているようでもある。だが不意に思い出したのか、こちらを見た。
「お前ら、もうよいぞ。これから思索に入る、その辺で暇しておれ、師事を乞うならその後だ」
「えぇ?」
「私の部屋は前と同じにしてあるな? ……あああっちか、よしよし」
こちらを完全に無視し、どこかへと去っていく。自分の部屋を探しているようだが、どうしてか場所もわかっているようだ。
結局ドノゲスはいなくなり、部屋にはリィンと二人残されてしまった。彼女を目を合わせるが、向こうも同じことを思っているようだ。
「帰ろうか……」
「そうだね……」
奪われた体力以上の疲れが押し寄せる中、来た道を辿って拠点に戻ることとした。
PVトータルが1万越えたそうで、いつもご愛顧ありがとうございます




