木乃伊
みいらってこう書くらしいですよ
リィンが紹介したミイラ、もといドノゲス=モル。そう言われてよくよく観察するが、どう見ても生きているようには思えない。しかしただのミイラとは確かに違う、エネルギーのようなものがある。
それは玉座のような装飾の施された木製の、かなりの年数を経たようなそれに座っており、これまた色あせているが質の良さそうな真紅(だったと思われる)ローブで各部に意図は分からないが文字のような刺繍がある。
それらからこの遺体が特別に扱われているのはわかるが、だからといってそれを鵜呑みには出来ない。彼が生きていたのは数百年以上昔のはずだ、当然生きているわけがなく、ここにあるのが本物のドノゲスの遺体とも限らない。
ただしここに入る時、これから何か大きな圧力を感じたのは事実であり、魔術による防御や罠が仕掛けられているのだろう。
「それで……、これが魔術師たちにとってどういう意味があるの?」
「まあ、神様みたいなものかな。今のリュグレムシアにある魔術の多くは彼が基礎を作ったと言われているの」
「なるほどね」
「それでここを祭壇として、月に一度ぐらいに祈りを捧げているの」
それは魔術師たちからすれば神にも等しいのかもしれない、だがそれだけで、今はなんの恩恵もない遺体をこうして飾り付けるのはどういうことだろうか。この地の魔術師たちは想像以上に信心深い、精神的な行為を重要視しているのかもしれない。
「それは違うよ」
「……?」
「生きているって言ったでしょ? だから彼は数年、数十年、いつ、何日何時間。誰にもわからなけれど現世で活動を再開するの。それ以外の時間はずっと瞑想して研究に耽っているとか」
「まさか……」
あり得ない、そんな話を信じることなど出来ない。この世界には未知の出来事も多くあったが、その中でもとびきり現実離れした話だ。
「それを見たことは?」
「私はない。けど彼が目覚めたあとは彼が話したことや、僅かでもその叡智を求めてここはお祭りみたいになるんだって。私の母から聞いた話だよ」
「君の母親も魔術師だったんだ」
「……今は親とも思ってないけどね」
そう話す彼女からはそれ以上聞くなという風な気配が出ている。こんなところでやぶ蛇を突くこともないだろう。
「でも今はこれ以上見るところはないよね」
「そうだねー。まあでも面白いでしょ?」
「間違いないね」
本当は実際に生きて動くところも見てみたいが、かなりの幸運と、ここに出入りできるようになる必要があるだろう。将来的にどうするかはまだわからないが、かなり興味は強まった。そのためにも魔術の研究は必要になってくる。
「じゃあここを出て次は……」
動かぬドノゲスに背を向けて歩き出そうとした時、ここに入ったときと同じようなプレッシャーが襲ってきた。部屋中から視線を向けられているような、急に怪物の口の中に放り込まれたような息苦しさが起こる。
急に額に汗が滲み、吐きそうなほど胃が縮まるのがわかる。足が震え、悪寒がする。
「ど、どうしたの……?」
「リ、ィン……、君は……」
彼女が心配そうにこちらを見ている。つまりこの感覚は自分だけに起こっているもので、それがどういう意味なのかまるでわからない。
だがその発生源が部屋の中央のドノゲス=モルからなのを直感で理解した。彼がこちらを呼んでいる、あるいは出て行けと命じている。
内側からくる恐怖が何故か、まったく理解できないがどちらかを選ばなければいけない。自分が選んだのは……。
「ちょっと、なにして」
「ぐう、ぐぐ……」
腕を動かすにも精神力を要するほどに追い詰められているが、不思議と彼に近づくとそれが和らぐような気がする。明らかな罠だとわかっていても、そうして何が起こるのかもわからないが今はそうする他に道はないと思ってしまっている。
リィンが困惑していながらも、止めようとはしないのは好奇心からだろうか。伸びる手がドノゲスのローブから覗く、枯れたような細い手首に触れる。
「うおお……!」
すると体からスウッと力が抜けるようで、肉の一部を落としたかのような気さえする。だが痛みもなく、強い嫌悪感もない。ただ握る手が離せない、こちらの意思とは別に手のひらだけ拘束されているようだ。
そうして脱力感を味わっていると、やがてその手が離れていった。ドッと疲労感が襲う。体力の過半を失ったようだ、まるで蜘蛛の巣にかかったような無力感だったがどうしてか抜け出せたらしい。
「大丈夫?」
リィンが駆け寄ってくる。顔は心配しているように見えるが、力が吸われている間は面白そうに見ていたのは気づいていた。後で文句の一つでも言ってやりたいが、まずは目の前のものの方が気になる。
「なにがどうなって……」
「なにあれ」
自分が手を触れていたところ、ドノゲスの手首が拍動しているようだ。ポンプのように、血管ではなく腕全体が伸び縮みしている。まるで今しがた得たエネルギーを全身に送っているようだ、というかそうしているのではないだろうか。
本当に人間の所業とは思えなく、これがドノゲス本人かはともかく異常な物体なのはもはや疑いようがない。
そしてなにより驚くのが、段々と土気色だった肌に明るみと、つやが生まれ始めている。そうしてじっと様子を見ていると、その顔が、瞳がカッと見開いた。




