25.密談
そこは都会の一等地、摩天楼のようなビルが立ち並び眠りを知らないかのように明かりが灯り光の森林のようになっている中、その建物のある付近だけはその光の区画から切り取られたように暗く、建物から漏れる光は遠くから見ると闇夜に光る蛍の光のようにはかなげだ。
だがその屋内というと明るい光に包まれている。
その建物の中心にあるダンスフロアーは1階から3階まで吹き抜けで建物の大きさに見合ったひろさだ。
その中心では複数の男女がメリーゴーランドの搬器のようにワルツのリズムに合わせてクルクルと回っている。
煌びやかな衣装に包まれた男女達はそのリズムという歯車に合わせて一部の狂いもなく動いているが一組だけ少し歯が欠けているかのように少しだけぎこちなく動く男女がいる。
男は満面の笑みを浮かべて、女は冷たい笑顔を浮かべている。
「びっくりしたかい? 一応これでもそれなりに情報を集めることができるんだよ」
得意げな笑顔を浮かべて道子の両手をやさしく握る龍二、それに対して仮面を張り付けたように無表情になる道子。
「弥生ちゃん、真顔になってどうしたのかな?」
無反応な道子はそんな龍二の顔を見つめて一瞬遠い目をしたかと思えば満面の笑みを浮か口を開く。
「そうですか……… いま私はあなたと手を握って踊ってますね」
「まあ? それは今ダンスしてるからね」
「さて、そこまで知っているなら私が筒井流古武術をおじいさまから教わっていることはご存じでしょうか?」
「習っていたかは知らないけど道場を開いて格闘技を教えているのは知っているし、その技術で僕をぶっ飛ばしたんでしょ?」
龍二は淡々と話す道子に対してとぼけた顔をして答える。
「筒井流は昔は武芸十八般を伝えてきた流派ですが残念ながら時代の流れと共にいくつかは失伝されてしまいました」
そんな龍二に対して道子は満面の笑みで淡々と語り続ける。
「とは言えいくつかは残っており、それが逆にぞれぞれの純度を上げることとなりました」
「それがどうしたんだい?」
「まあ、大したことではありません、剣術の修練で毎日木刀を振るっていたと言いたかっただけです」
「その言い方だと何が言いたいいんだい?」
「少しずつ重りを増やし、最終的には二尺六寸の太刀を片手で振るえるようになるまで鍛えます」
「ちょっと、雰囲気が剣呑としてない?」
「そうなると当然、握力も鍛えられます」
「えっ……… それってまさか」
そう語る道子のドレスの袖に隠された手首から肘にかけての筋肉が盛り上がり薄い皮下に隠された静脈が浮き出る。
「ええ、いま握っているあなたのその手を握ったらどうなることでしょうか?」
「いて!いててっ! ちょっと待って、踊れなくなる! ってゆうか手が壊れる!」
龍二の耳に骨越しに伝わるミシミシという軋む音が聞こえてくる。
「先に挑発したのはあなたですよ」
「ごめん! ごめん! あやまるから! ちょっとした悪戯心なんだって! そもそもばらすメリットが僕には無いって!」
龍二の悲鳴交じりの発言に先ほどよりもまた少しばかりリズムが狂い始めるも、道子はその力を緩めたことで元に戻る。
「ではなんでこんな手の込んだことを」
嘆息交じりに道子は問いただす。
「いや、道子ちゃんの驚く顔が見たくって、いわゆる意趣返しってやつ」
「まったく面倒な性格なんですね」
「よく言われるよ、でもね、秘密を知ったからには僕も君の協力者になりたいんだよね」
道子はその発言に信じられないとばかりにジト目で龍児を見つめる。
「そんな目で見ないでよ、こんな僕でもいざってときは役に立つと思うんだよ、特に秘密を守りたい時にはね」
「それでしたらあなたの知っていることを教えてくださらないと話になりません、特にあなたと弥生さんの関係を」
道子は龍二の目をまっすぐ見つめる。
「あの時あなたは弥生さんの事を知っている口ぶりでした、もしかしたら今、弥生さんがどこにいるか知っているのではないですか?!」
「それを言ったら面白……… いやいや僕の優位性が無くなっちゃうからまだ秘密だよ、まあいずれ分かる気がするけど」
そんな龍二に道子は深い溜息を落とす。
「今、面白くないって言いかけましたね、まあいいでしょうこれ以上口を割る気がないんでしょう? それよりもこんなお膳立てをしてまで私に近づいたのはそんな事を言う為だけとは思えませんが」
そう言いながら道子は再度手に力を込める。
「痛ったっ! もう折れるって勘弁してよ」
「だったら、早く要件を言ってください、先ほどもわざと口をこぼしたんですよね?」
その言葉に龍二はニヤリとする。
「本当は頼みたいことがあるんだよね、それを受けてくれたら協力は惜しまないよ、とは言え諸事情あって弥生ちゃんのことは教えれないけど」
「なんでそこは譲れないんですか?」
「うん、弥生ちゃんとの約束だしその件に関しては僕が関与しちゃいけないって思っているんだ」
少しだけ真面目な顔をして道子を見る龍二。
「まあ、要件次第で受けるかどうか決めます、私にも利益があれば受けましょう」
「あれ? てっきり断られるかと思ったけど意外だな」
「あなたと話をしていて少し昔のことを思いだしたので………、それより頼みたいこととは?」
満面の笑みをたたえる龍二、見る人が見ればその整った顔も相まって心を奪われてしまいそうだが道子にとっては詐欺師の一面にしか見えなかったその口からは………
「うちの妹の相手をしてやってほしいんだ」
「ハイ……?!」