24.旋回
道子らがパーティー会場のホールに戻ると燕尾服を着こんだ集団が招待客の対面で楽器を握り扇状に座っている。
それぞれの手にバイオリンやチェロ、ホルンやオーボエなどを持って音合わせをしているが、兎に角、楽器ごとの人数が多くちょっとしたオーケストラと言っていいぐらいの規模に道子は驚きを隠せない。
ざわざわとした中、最初は各々自由に音を発していたが少しづつ音が重なり始め、そこから発せられるリズムと会場のざわめきが混ざり合いにぎやかな空間を作り出していた。
「ずいぶん本格的なんですね、てっきり録音だと思ってたんですけど」
「そんなわけないよ、ちゃんと生演奏じゃないとうちの評判に響くからね」
ボンヤリ呟いた道子と由里の間からひょっこりと顔を出す龍二、不意を突かれて思わず手が出そうになり肩が一瞬動く。
そんな険悪な雰囲気に気づいていないのか飄々とした笑顔で道子を見ている。
「ビックリするなーもー」
「やあ、弥生ちゃん、もうすぐダンスの時間だから迎えに来たよ、それにしてもそれが普段の弥生ちゃんなんだよね、まあいいや、応接室に行ったでしょあの下品なまでに成金主義的な部屋、ああいったものを見せつける事でわかりやすく力を誇示するんだよ、あの演奏家たちもその一つだよ」
ニコニコしながら話しかける龍二に道子は笑顔だが目を合わそうとせずそっぽを向いており、そんな不快な態度をすればするほど彼の眼は愉悦の光を湛えている。
「へー、そうなんだー、……まあ、確かに最初から力を示して闘い自体をしないのも重要ですから」
「弥生ちゃん、口調口調」
気を付けていたが、不快感からついつい地が出てしまう。
「まあ、そんな邪険にしないでよ、せっかくダンスパートナーが迎えに来たって言うのに」
「はい?! そんな事頼んで無いです……よー、ヤダなー、踊りたくないなー」
「でしたら今すぐお帰りになれてもよろしくてよ!」
会話に気を取られていると目の前に龍二と同じような金髪で翡翠のような瞳をした少女が怒りに満ちた声を掛けてくる。
走ってきたせいか怒りのためか呼吸のたびに肩が上下し、柔らかな髪がその動きに合わせてフワフワと動いている。
「やっと見つけた! お兄様! なんでそんな女と踊ろうとするの?! それだった私が!」
「麗、少し声が大きい」
「また来たのー? 学校の事と言いかんべんしてー」
「ん? 学校の事って麗、弥生ちゃんと面識有るのかい?」
「学校でちょっとねー、きつめのご挨拶がねー」
「お兄様に手を出す泥棒猫に天誅を……」
「麗お嬢様少し落ち着いてください」
いつの間にか麗の後ろに立っていた志乃が妙にうれしそうな顔で麗の肩をさすりたしなめる。
そうしながら彼女が道子に目を合わすと主人の無礼は自分の責だと言わんばかりに頭を下げる。
道子にしてみれば確かに校舎の屋上での出来事はお目付け役としては失格であったが、大した被害が無く気にも留めてなかったので今の立場が無ければそのことを伝えた言う思ってはいるが永江町で問答無用で蹴りを入れられた事を思い出し、この主にこの従者有りかと道子は心の中で訂正する。
「そう言えば中等部と高等部で学部こそ違えど同じ金白学院だったね、なんだい麗、天誅って弥生ちゃんに何か迷惑をかけたのかい?」
「な……、なんのことですわ? お兄様」
ごまかすならもう少しうまい言いようが有るだろうと思う道子は一つ嘆息すると茶番劇めいたこのやり取りを終わらせたくなっていた。
「いいよー、だったらー代わりに踊る―?」
道子は戸惑いも躊躇も無くそう言い放っていた。
大体、ちょっと練習したとはいえ社交ダンス初心者の自分が踊って弱みを見せるぐらいなら主催者の血縁者に文句を言われる状況を利用してしまえと思いバトンタッチを提案する道子。
「本当?!」
「弥生ちゃん、そういう訳にはいかないわよ」
そんな発言に麗は一瞬目を輝かせるが由里にたしなめられた言葉でそれが実現不可能になったという事実に不服そうな顔をする。
「それにしてもこの子妹なんだー」
「うん、そうそう妹なんだよ、素直なで可愛い良い子なんだけど、なかなか兄離れしてくれなくてね」
「えへへ、可愛いって……」
可愛いという言葉に心の底から嬉しそうにする麗の顔をよく見ていると二人とも金髪に翡翠のような緑の瞳をしている。
日本人離れしたその顔立ちは外国の血が混じっていることを如実に表している。
「すごい嬉しそうだねー、それにしても妹ちゃんの後の方にいる人たちの視線が怖いんだけどー」
麗の後ろの少し離れた向かい側にいる女性達、その一人一人が道子を射殺すような視線を向けており、その何人かは先ほど龍二と一緒に談笑していた人も見受けられる。
「弥生様、あれは龍二坊ちゃまの取り巻きでございまして、このパーティーでよりお近づきになりたがっておられていたんでしたが、弥生様にそのチャンスを取られた形になってしまいましたので」
「あー、じゃあさっきのは『ダンスを踊るならぜひ私と』って来てたんだ」
「龍二坊ちゃまは美麗衆目でノリタケカンパニー会長のお孫様で、今までこういった会場にはあまりお出にならないのですが、今回会場におられるのを見かけて、これを機会にお近づきなろうという方が沢山おいでになりますから」
「こんなボンボンのどこがいいのかね」
龍二は表情も変えずそう言い放つ。
「それー、自分で言う―?」
「そんなことありません、お兄様は最高ですわ」
妹の発言にやれやれと言った顔をする龍二、そんな事を話していると会場の奥にあるステージ上に高い所から通りの良い迫力のある声が響き渡る。
「本日は良く来られた!」
矍鑠と笑顔でステージに立つ友武寿一。
その押さえつけられるような圧力のある声にうるさかったかった会場が一瞬で静かになり全員の視線を一身に浴びる。
白くなった頭髪を短く刈り揃え紋付袴を包まれた体はがっしりとし、生気に満ちた顔は70代と聞かされていたが60代、いやその頭髪が無ければ50代と言っても差し支えない。
そんな寿一が周囲からのプレッシャーなど取るに足らない物かとばかりに口を開く。
「本日はA県の主要な方々に来ていただき感謝の言葉も無い、楽しんでもらえておるかな? 今日は珍しく孫たちも遊びに来ておっての、教育に悪いからあまり羽目を外しすぎないようにな」
どっと沸く会場、どこからか『それは会長の方じゃ?』と言う声も上がりさらに盛り上がる。
「ハッハッハッ! 悪友共め、品行方正なワシを捕まえて何を言っておる、おっ、そこに居ったか龍二に麗、こちらに来なさい」
ざわめきと共に会場のいる人間の視線が磁石に吸い寄せられるようにこちらを向く。
「よばれたね~、いってらっしゃ~い」
「そうだね、じゃあ行こうか」
笑顔は崩さないまましっかりと道子の手を掴まれる。
「行こうかじゃないよ~」
「いや~、どうせこの後すぐにダンスの時間なんだよね、離れてどうするの?」
「弥生ちゃん! ダメよ、行きなさい」
小首を傾げながら眺めてくる龍二を苛立たしそうに見るが、背後から由里に背中を突かれ我に返る。
「わ…わーい、うれしいなー」
「お兄様! こんな女連れていくことはありませんわ!」
「こらこら、麗、弥生ちゃんに失礼だろ、手を離しなさい」
「麗お嬢様、わがまま言ってはいけません、さあ、行きましょう」
繋がれた手を外そうと二人の間に割り込もうとする麗だったがメイド服の志乃に腰に手を回され後ろかられ引っ張られていく。
ジタバタと手足を動かすのでがっちりと抱きかかえて運んでいく志乃の顔は心なしか体が密着していることで少しばかりうれしそうな顔をしていた。
招待客の間を抜けステージを目指す道子ら。
道すがら『あれは誰なんだ?』とか『平野のとこの……』といった声が聞こえてくる。
「勘弁してもらいたいものですね」
誰にも聞こえないように呟く道子はクリスマスのいるイルミネーションと見まごうばかりの煌びやかな人たちからの奇異の目に晒される。
「注目の的だね」
「誰のせいよー」
モーセが海を割ったように人が二つに分かれステージまでの道が作られる。
「どうしたのビビった?」
「まさかー」
海千山千な大人たちの視線晒されるなんてなじみは無い道子にとっては居心地が悪くこころなしか動きがぎこちなくなっている。
拳を交えるとか物理的な交流なら良かったが、自分の一挙手一投足にひそひそと好きかって言われヒラノインダストリーに影響を与えるという事が無ければ言いたいことが有ればはっきり言えばと叫びたくなる。
自分で選んだこととはいえ何故、一介の高校生でしかない自分がなんでこんな事にと思い、引き返したくなるけど無慈悲に歩みは止まらず一歩一歩止まらずステージの上へと近づいていく。
「おお、龍二が素直にここに上がってくるとは思ってなかったのじゃがな、それもそこの平野の娘さんのおかげかのう」
「かもしれないけど、そもそもこの空気で来ないわけにはいかないでしょ爺さん」
「弥生さんや、龍二は迷惑かけておらんか? ふむ、少し機嫌が悪いようだが大丈夫かのう?」
「……、しんせつにありがとー、だいじょうぶだよー」
そうは言ったものの気のせいか少し眩暈がしてきている。
ステージから会場を見ると驚愕な顔をした平野と視線が交わる。
彼は今は何を思っているだろうか、苦し紛れに雇った小娘が自分の会社にダメージを与える存在になってしまっているのではないかと考えてしまう。
「弥生様、こちらにお並び下さい」
燕尾服を着た男に自分の立ち位置を促されることで自分の行動が無意識に受け身になっていることに気づき苛立つ。
(ちょっといけない傾向ですね)
疲労や空腹、ストレスのあまり考えが回らなくなってきている。
「大丈夫かい? もうすぐじいさんの話が終わってダンスが始まるよ」
覇気の無い道子を心配してか龍二が道子の顔を覗き込むが、その無邪気な顔がまた道子を苛立たせる。
「ああ、早く終わって
――― なので今日は楽しんでほしい!」
気づくとスピーチがそう〆られ終わっていた。
「さあ、行くよ弥生ちゃん」
指先を優しく引かれステージの下に降り立つ。
主役を待ちわびる様に開けられた空間にはすでに手を取り合った男女ペアが何人も静かに佇んでいる。
ざわざわと周りに観客は二人を見ながら好き勝手な憶測を口にしているが龍二は気にすることなく道子に一礼する。
「初心者ですからきちんとリードしてくださいね」
「仰せのままに」
龍二はそう言うと道子の手を取りもう片方の手を背に回すと、それをきっかけに音楽が奏でられメリーゴーランドのように全体が回り始める。
「で、本当は何がしたかったのですか?」
「うん、ただ君の困った顔が見たいなって思ってね、『筒井さん』」
「今更驚く気にもなりませんが、とりあえず聞いておきます、どうしてその名を?」
特に面白みが無いような顔をする道子と微笑む龍二。
「ちょっとは伝手が有るって自慢したかったんだけどな、少しは驚いて欲しかったよ、まあやっとお近づきになれたんだから仲良くしようよ、あっここでターンしてね」
背に回された手が動きを優しくフォローしてくれるおかげで何とかつっかえて動かないようにしてくれる。
「上手い、上手い、初めてなんて思えないな、感心するよ」
「それを私に言って脅迫でもするつもりですか?」
「まさか、そんな事するわけないよ、単純にノックアウトさせられた仕返しってとこだね」
「それだけなんですか?」
「うん、それだけ、それだけ、これ以上やっても面白くないでしょ」
龍二はそう言うといたずらが上手くいったといったといった顔をする
「面白くないって、貴方だって噂になったりしていいこと無いですよね?」
「うーん、フェアじゃないって言うか……、まあ道子ちゃんと遊ぼうと思ったらここまでやらないと面白くならないんじゃないかと思ってね、さあほら背中から体をもたれるように預けて」
お互いの顔が近くなった事により道子の表情が見てとれる。
「何がしたいのですか?」
「僕はね、とにかく楽しい事がしたいんだよその為ならどんな苦労でも厭わないし、結果がどうなろうと過程が面白かったらどうでもいいんだよ」
「理解できませんね」
「じゃあ、君はこれからの人生で何がしたいんだい?」
「何を言って……」
「道場の存続? 頼まれたからといって変わり身でお嬢様気分でも味わいたかったかい? それはしたい事だったのかな?」
「どうしてそれを?!」
体が回っている以上に視界がグラグラと回り始める。
「ちょっとは驚いてくれたかな? だから言ったでしょ、伝手は有るって」




