21.搬送
ガランとしたヒラノインダストリー本社ビルの玄関ホールに道子は一人で立っていた。
由里等はパーティー会場に行く車を取りに行ったり平野を呼びに行ったりするのでここで待っていて欲しいとの事だった。
所在無げに立っているのは昼間は受付嬢が立っているテーブルの前で、そこからは右手側には軽い話し合いをするためのイスとテーブルが何組か有り、左手側にはエレベーター、前には大理石の床がガラス張りの壁の中央に有る入口まで続いている。
ガランとしているせいか先ほどから会社の警備員が遠巻きに道子の方をチラチラと見ながら巡回する靴音をカツカツと響かせている。
意外な事に普段、送り迎えを担当してくれている伊集院は警備主任も兼任していて、1階のエレベーター奥に監視カメラのモニタールーム付きの警備員の詰め所が有ることを教えられており、そこから頻繁に警備員が巡回の為に出入りをしているのを生真面目だと道子は思った。
ちなみに伊集院が警備主任であることを初めて聞いた時は何故か『意外だろ』と得意気な顔をしていた。
じっと見ていると若い警備員が居心地悪そうし始め、伺うようにこちらを見てたので目が合いペコリと会釈すると顔を赤らめ足早に詰め所の方に歩を進め早め始める。
「オラ! 鈴木! 何遊んでやがる?!」
「いや主任、これには訳が……」
いつの間にか入り口から入ってきた伊集院が若い警備員の前に立ちはだかり詰め寄っている。
「いや、みんなが監視カメラに受付前に美人が立ってるって、みんな社長の娘さんだ、っていう人と別人だっていう人で意見が別れて……」
「で、一人一人確認に来たって訳だ、いいご身分だな」
「主任! ちょっ! いててててっ!」
ギリギリと音がしそうな力強いヘッドロックを若い警備員に掛ける伊集院は視線を道子に向ける。
「大変お似合いですよ、『弥生お嬢様』よく化けましたね」
「伊集院ー、ありがとー」
慌てて弥生の口調にするのも慣れたものだなと言いたげに伊集院はにやりと笑う。
「さあ、早く仕事に戻れ」
「ハ、ハイ」
鈴木と呼ばれた若い警備員が伊集院の屈強な腕から解放されると慌てて詰め所の方に戻っていった。
「なによ、うるさいわね」
「伊集院、君の声はこの環境だと耳に響くからボリュ-ム落としてくれませんか?」
エレベーターの方を見ると由里と香田が並んで立っており、二人の後ろには正装した平野が立っている。
「ほう、存外綺麗になってるじゃないか、……なんで弥生はこういう風にしてくれないんだか」
「ありがとうございます、意外ですね素直に褒めてくれるなんて」
道子の予想以上の仕上がりに思わず感嘆の声を上げる平野、つい娘への思いがついて出るが無意識のつぶやきだったせいか周りには聞こえてなかった。
「ま……まあ、俺だっていいもの見たら褒めるぞ」
「ハイハイ、なんであなた達は顔を合わすとケンカ腰なのよ」
「「いやそれは……」」
由里の言葉に二人はお互いを指を差しあい言葉がハモる。
「普段はそりが合わないのにこういう時は合うもんですね、さあ、お二方そろそろ出発しますよ」
「リムジンは入口の前だ、さあ行くか」
3人のやり取りを見ていた香田がやれやれと言った具合で口を挟み、伊集院が笑顔で二人雄押して入口に向かわせる。
「弥生お嬢様こちらからご乗車ください」
伊集院がリムジンの後部ドアを開け、恭しく道子の手を取る。
リムジンの内部は運転席と後部座席はガラスで仕切られており、後部座席部分は革張りのゆったりとした作りで道子が腰を降ろすと車のシートとは思えない柔らかさだ。
スペースは十二分に有り、脚を伸ばしても邪魔するものは無くその先には向かい合うようにシートが備え付けられている。
隣には平野が座り由里と香田は向かい側のシートに座る。
「みんな乗ったか? そろそろ行くぞ」
キーを回しスターターの音がする、アイドリングの音も振動も搭乗者には感じられないところに高級感がある。
「向こうに到着したらあたしがバックアップに回って一緒に行動するは、香田と伊集院は会場にいるけど何かない限り近づかないから覚えておいてね」
「すみませんね、パーティー会場であまり固まっては動けませんので理解してください」
「はい、解りました」
「俺と、筒井さんはそりが合わんが今回の件は社員の生活が掛かっているんだ、協力をお願いしたい」
そう言って平野から差し出された右手と握手する道子。
その掌はじっとりと汗ばんでおりこれから始まる宴の怖さを物語っていた。




