20.換装
「うーん、やっぱり赤いドレスかしら? 白も捨てがたいわ、素顔だったら黒も捨てがたいけどそれは駄目だなのよね」
会議の無機質な白い壁に囲まれた中その中央に花が咲いたような色とりどりなイブニングドレスがハンガーに沢山吊られている。
窓から入る光の角度と強さから時計を見ずとも昼過ぎだという事を告げている。
道子は次から次へとマシンガンのようにドレスを試着させられている。
香田とのレッスンの後、少しだけ休めて仮眠を取れて眠気は無くなったが空腹感や疲労感は抜けておらず気怠さが両肩に圧し掛かって正直辛い。
「あら、今日は反応が薄いわね、元気が無いのかしら」
「何かここの所こういった機会が多くて慣れてしまいましたから、それにお腹が空いて元気が出ませんよ」
不服そうに眉間にしわを寄せながらお腹をさする道子。
「あらヤダ妬けるわ、アタシの知らないところで別の子と遊んでいるんだ」
「それに関しては言い訳したくは無いですが、偶々行った先で巻き込まれているだけでトラブルを躱しようが有りませんでした」
「フフ、冗談よ、食事に関しては我慢してね、香田からも言われていると思うけど、相手の思惑が解らないから少しでも付け入るスキを与えたくないのよ、食べない事でドレスのラインが崩れないならそちらを取るわ」
そう言いながら由里は道子を見つめながら微笑んでいる。
「そうですか、仕方ありません、子供の私に事情が分かりませんが、私のせいで何か何か大事になっているのは解ります」
「そんなに責任感じなくていいわよ、私や香田が困っているのは道子ちゃんに責任ある立場に立たせてしまった事なんだから」
「では、平野さんも」
「光ちゃんはどちらかと言うと彼は自分の立てた計画通り行かなくて癇癪起こしているのが大きいかな?」
「自分の予想通りにならなかったからと?」
「ええ、そうよ、トモタケコーポレーションとの話も落しどころを決めてたんでしょうけど、道子ちゃんが意図せず壊しちゃった、でもそれが悪くない方だから怒るに怒れないって感じね」
「八つ当たりですか?」
「アハハ、そうかもしれないわね」
「それはそうと由里さんは平野さんの事『光ちゃん』って呼ぶんですね」
「そうよ、あたしと伊集院は幼馴染なのよ、伊集院は大学でいったん離れたけど、私は腐れ縁で大学まで一緒だったわ、ちなみに香田は大学の時知り合ったのよ」
「そうですか、ずいぶん親しい間柄ですね」
「あっ、もしかして男女の仲を想像してない? 無い無い、あたしの好みじゃないわ、つるんでいると面白くてね、そのせいで人目を気にしなくていい所ではそう呼んでるの、最近じゃ諦めたみたいだけど本人はいまだにそう呼ばれるの嫌みたい」
「確かに、いい大人になってちゃん付で呼ばれるのは嫌かもしれませんね」
「そうかもしれないわね、だけどもう治らないわね、向こうも諦めたみたいだし、さあ、おしゃべりはここまでにしてドレス決めちゃいましょう」
「ええ、そうですけど、これでいいのではないですか?」
「ちょっと待って、その前にこれも着てみて」
まだ終わりそうもない事に道子は一つ嘆息をついた。
昼も過ぎ、窓から入る光がだいぶ傾き始めたころ、道子たちがいる部屋のドアがノックされる。
「由里さん、どうでしょうかもうそろそろ出発に準備をしたいのですが」
ドア越しから香田からの問いかけの声が聞こえてくる。
「そうね完成かしら、ちょっと入って道子ちゃん見てくれないかしら」
了承の返事を聞くと普段の落ち着いた言動を体で表すように部屋に入ってくるも道子の姿を見て動きを止める。
「……、ほお、これは美しいですね」
「でしょう、腕の振るいがいが有ったわ」
部屋の中央に立つ道子は、髪を夜会巻きにし黒のイブニングドレスに、同色の二の腕まである手袋をしている。
むき出しにされた肩には地肌を隠すように薄手のストールが掛けられている。
「香田さんからそう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」
「どうしてですか? 思ったことを素直に発言しただけなんですが、メイクが依然と変わっているのがいいですね」
香田からの淡々としながらも嘘偽りのない言葉に今までよりも薄くなったメイクのせいで道子の頬が羞恥で赤く染まるのが良く見て取れてた。
「今回からメイクは徐々に素に基づいた方向に持って行こうと思っててね、道子ちゃんが一生懸命メイクを勉強してくれているんだけど、弥生ちゃんのあれは特殊メイクに近かったからメイクのスキルがちょっと上がったところで彼女が短期間で真似させるのは無理と判断したの」
「ほう、それがその結果ですか」
「意外でしょう、それがこの結果よ綺麗でしょ」
「すみません勘弁してください、恥ずかしくて死にそうです」
道子が慣れてない言葉の連続に顔を隠すように手を当て二人から視線を逸らす。
「恥ずかしがらないで、それにこれから道子ちゃんにはこれぐらいのメイクはできる様に必死で頑張ってもらわなきゃ、とりあえず今日のパーティーを成功させなきゃね」
「がんばります」
その言葉に道子の手に力が入る。
自分の起こしてしまった事の決着をいい形で終わらせなければという思いが無意識にそうさせる。
「まあ、怪我の功名と言うものですかね、ここまで美しかったら今日も上手く行きそうですね」
「香田、怪我の功名ってどういう意味よ怪我の功名って」
「失礼、いい言葉が浮かばなかったみたいですね」
由里が香田の言葉に憤慨したような表情で軽く胸を叩く。
二人の長い付き合いからの軽妙なやり取りに緊張がほぐれる道子であった。




