(12)
ゲフッ。
口から吐かれた血が、床で王冠を形作り、崩れ広がっていく。
血を吐いたのは奴の鋭い爪を胸に沈め、反対の腕で首を掴まれ宙吊りになっているフェンリル。
僕等の全て、フェンリルの命すら賭けた一撃は、確かに奴に届いた。
でも、その命迄は届かなかった。
僕等は・・・負けたんだ。
「惜しかったな。人間でも達人ならば、今一歩踏み込んで受けるのではなく、腕を掴んで俺の動きを止めれただろうがな。人間などに頼ったのが間違いだ」
奴の言っている事は正しい。
フェンリルが、奴の首につけた傷は決して浅傷じゃない。
僕にもう少し力があれば、奴の動きを止めてフェンリルがその首を噛み切れただろうし、胸に深い傷を負う事もなかったはずだ。
フェンリルが新たな血を吐き、口が苦しげにパクパク動く。
叫ぼうとして言葉を飲み込む。
それはフェンリルと目が合ったから・・・
その目は、こんな絶望的な状況でも諦めていなかった。
またその口が不自然に動く。
もしかして何かを僕に伝えようとしてる?
折れた左腕からは、絶え間無く激痛が全身を駆け巡る。
集中しろ。
言葉とならない紡ぎだされる言葉を読み取るんだ。
チャ・・・ャンス・・・を・・・逃す・・・な?
チャンスなんてないよフェンリル。
ナーガはもう戦えない。
僕が奴の捨てた青龍刀を拾って攻撃しても、片腕では扱えないし拾っている間に気づかれて終わりだ。
またフェンリルの口が不自然に動く。
読み取り思ったのは、それは不可能だということ。
無防備な奴に傷一つ付けれなかったのに、刃物ですらないこれが刺さる訳ない。
せめて短剣みたいに使えれば・・・父さん。
‐お前を守ってくれる‐
粉々になってしまった短剣は、もう僕を守ってはくれない。
思い出す短剣を貰った時の事、初めて短剣を使った時の事。
あ・・・これを刃物のように使う方法・・・あるかも・・・
今は無防備な奴に攻撃した時とは、状況が変わっている。
フェンリルの届く距離には光壁を使われても何とかしてくれる。
何よりも奴は僕には何も出来ないと思って、警戒は殆どされていない。
チャンスは・・・ある!
最も奴の虚を付ける瞬間、息を潜めその時を待つ。
ゆっくりとヨルムンガンドが、胸から爪を引き抜いていきフェンリルが細かく痙攣する。
「苦しいか?今楽にしてやる」
それを逆手に持って、奴がフェンリルに止めを刺そうとする瞬間に僕は動く。
初めて短剣を使ったのは旅に出てすぐ、フェンリルが竹を切断した時だ。
‐刃に力を集中させんのさ‐
何も見る事が出来なかった僕は、凄いなとしか思えなかった。
そしてフェンリルはさっきも見せてくれた。
力を集中させる。
それは魔力を剥き出しに集めて、刃のように使うんだ。
‐これぐらいは出来るようにならねーといけねーぜ‐
やって見せる!
限界迄魔力を込めたそれを、奴の一番弱い場所に全力で突き刺す。
フェンリルが命を賭けて付けた首の傷へ。
簡単に折れてしまうはずのそれは、浅くではあったが折れる事なく刺さった。
フェンリルに向かっていた爪が軌道を変え、僕に襲い掛かり胸に重い衝撃を受けて後方に弾き飛ばされる。
奴の爪は空を切った。
胸の衝撃は、フェンリルが僕を後ろ脚で蹴った衝撃。
そしてフェンリルの前に小さな炎が生まれ、僕が突き立てたそれに命中した。
最後の火筒に。




