(11)
急速に冷えていく部屋に、ナーガの苦痛に歪むうめき声があがった。
一体何があったんだ?
目に飛び込んできたのは、翼と胴体を奴の魔法の土槍で貫かれ苦痛に歪むナーガの姿。
大きな力を使う時にはそれだけ隙も出来る。
攻撃の事だけを考えて、守りを考えなかった僕のミスだ。
「ナーガ!」
「構うな!マスターは己のすべき事だけに集中しろ!」
叱責が飛ぶ。
ナーガは自分のすべき事をやり切ろうとし、フェンリルは来たるべき時の為に集中している。
僕も自分がすべき事だけを考えるんだ。
部屋にナーガの力が行き渡り、そして発動する。
絶対零度結界。
何もかも凍らせる冷気が部屋に吹き荒れ、光壁で直接的な影響を避けている僕にも、吸い込む空気が肺を凍らせてしまう程の冷気が襲う。
フェンリルに抱き着き毛皮に顔を埋めて堪えながら、魔法の構成を組んでいく。
やがて無数にあった篝火の炎すらも凍り、部屋は闇に覆われた。
顔を上げ奴を見る。
闇に浮かぶ光壁、奴も直接的な影響は受けてはいない。
元よりこれで倒せるなんて思ってない。
組んだ魔法を全力で放つ。
ナーガの加護を受けている光は、まさに閃光の如く部屋の隅迄白く染め、目を開けている事すらままならない。
「いくぜ!」
フェンリルは僕を乗せ奴に向け走り出す。
僕は一つになるかのように強くフェンリルに密着し、次なる魔術の構成を組んでいく。
やがてフェンリルが急ブレーキをかけ、僕はその背を蹴り白の世界へと飛び込む。
足の下を奴の青龍刀が通り過ぎていくのを感じる。
見えていないはずなのに、正確に攻撃をしてきた。
フェンリルはブレーキをかけると同時に、ナーガの氷の檻に閉じ込められているはずだ。
すべてが上手くいっているなら、奴を飛び越えようとしている僕に追撃がくる。
空中にいる僕に青龍刀が振られる気配を感じ、自分の考えが正しかったのを確信する。
奴は見えてないはずの攻撃を防ぐのに、気配のような曖昧なものに頼ってたんじゃない。
ピット器官。
温度を感じる蛇が持つ能力。
人間に出せないスピードで奴に近づき、今動いている熱源は僕だけだ。
空中にいて動けないと判断したからこそ追撃がきた。
このまま一刀両断にされる訳にはいかない。
光が消えさり、また闇に戻った世界で唱えていた魔術を空中に放つ。
いつもと反対に、そして小さく分け何枚も重ねた光壁。
前から小石くらいなら弾く事が出来た。
ナーガの加護がある今なら!
足に確かな感触を感じ、強く蹴り奴に向け空中で方向転換する。
刃の部分よりも内側に、長い柄迄入り込むんだ!
腕を交差させ衝撃に備える。
重い衝撃と前にした左腕がボキリと嫌な音を立て、激痛が全身に広がる。
僕の役目は、囮と奴の動きを少しでも鈍らせる事。
死ぬ事無くフェンリルにバトンを渡せれば、腕ぐらい構わない!
封印を解かれたフェンリルが熱を遮断していた氷の檻を突き破り、今まで感じた事のない程の力がくわえている短剣に集まっていく。
奴も気づいて青龍刀を投げ捨てると同時に、腕にかかっていた圧力が消え、フェンリルと奴の間に光壁が生まれる。
速い!
強度や範囲を捨てた、速度を優先した光壁。
フェンリルの力を集めた短剣と奴の光壁がぶつかり、甲高い音と共に短剣と光壁が粉々になって飛び散る。
既に奴はフェンリルに向かって、その鋭い爪を繰り出している。光壁が破られると予測していなければ出来ない動き。
速度を優先した光壁なら、かわしている間に張られてしまうかも知れない。
そうなったらもう二度と奴に手が届かない。
僕が考えるような事は、フェンリルも考えたのだろう。
フェンリルは奴との最短距離で飛び込んでいった。
胸に沈んでいく鋭い爪も構わず、そのままの勢いでヨルムンガンドの首に狼の鋭い牙が襲いかかった。
奴が捨てた青龍刀が床に落ちるより短い、秒にも満たない刹那の攻防。
そしてこの戦いで、初めて奴の血が流れた。




