(9)
フェンリルとナーガは、奴に向けて同時に魔法を放つ。
身じろぎ一つしない奴に、当たったはずの炎と氷の槍は音もなく消えた。
奴の周囲には光壁。
床を変化させた時は、空間が歪んだのが見えたのに、光壁は空間が歪んだ瞬間すら見えない程速かった。
「奴は地と光の魔法を使う。マスターは自分の身を守る事だけに専念してくれ」
攻撃は二人に任せ、言われた通り僕は一人離れた場所で待機する。
ナーガが空から氷の槍を放ち、フェンリルは地の槍をかわしながら奴に接近する。
奴は床を蹴り、氷の槍をかわしてフェンリルとの距離を詰める。
光壁は魔法攻撃に強くても物理攻撃に弱い。
ナーガが魔法で援護して、フェンリルが接近戦に持ち込めば光壁は使いにくい。
この二人仲は悪いけど、いつも組み手をしてるようなもんだ。
何も言わなくても阿吽の呼吸で、己のやるべき事を理解している。
フェンリルに向けて振られる青龍刀を、バックステップで避けたところへ背後からナーガの槍が襲い掛かる。
振り向きもせず背後の床が盛り上がり、盾となり防ぐ。
フェンリルが青龍刀をかい潜り、空間が歪んで炎が生まれ炎と共に突っ込む。
上手い!
あれなら光壁で防ごうとしても、フェンリルが光壁を壊して炎が直撃する。
少なくとも奴はダメージは免れない。
そのはずなのに炎は霧散して、フェンリルは弾かれ後方に転がる。
奴の周りには光壁。
魔法は防げても、フェンリルの身体は純粋な物理だ。防げるはずがない。
地面から襲い来る槍をかわしながら、フェンリルが体勢を整えナーガは僕の側に降り立つ。
「あの光壁僕等が使ってるのと違うの?」
「同じだ」
ナーガは今までになく険しい表情をしている。
「力が違い過ぎるんだ」
僕の光壁でも、小石ぐらいなら弾ける。
つまり奴にとってはフェンリルの体当たりが、小石程度にしか感じてない。
フェンリルも一度奴から離れる。
「マズイな。攻撃避けてる間に光壁張られちゃ、こっちは攻撃出来ねぇぜ」
奴が射程の長い青龍刀を使うのは、攻撃を避けられても飛び込む間に、光壁を張って自分を守る自信があるからなんだ。
魔法に強い光壁で、本来弱いはずの物理も守れるなら死角はない。
「しかもまだ全然本気を出してねぇ。とかげわかってるな」
ナーガが頷き、僕に乗れと指示する。
乗ると同時にフェンリルは奴に向かって走り、ナーガは奴のいる方向とは違う場所へ向かって羽ばたいた。
「ナーガ何処にいくの?」
問いに答えぬまま向かって行くのはステンドグラス。
そしてスピードを全く落とす事なく突っ込んだ。
ナーガも僕も呆然と目の前の光景を見下ろす。
目の前に広がるのは、石畳の無骨な部屋とヨルムンガンドと対峙するフェンリル。
僕等はステンドグラスに飛び込んだはずなのに、元の部屋に戻されていた。
「クックックッ逃げられると思ったか?そこは俺の力で空間自体を歪ませている。なに心配するな俺が死ねば元に戻って、そこから出られるようになる」
顔を歪めるフェンリルとナーガ。
まだほんの少ししか戦ってないのに、僕を逃がそうとした?
二人とも物凄く強いのに・・・違う・・・強いからわかったんだ。奴には勝てないって。
「逃げようとした罰は、我が国民に償ってもらうとしよう」
奴が床に手をやると、地面が大きく揺れた。
空中に浮かんでいる僕等にはさほど影響はないけど、景色が縦に横に大きく揺れ、フェンリルは四肢を踏ん張って堪えている。
揺れが納まり、奴が悠然と立ち上がる。
「貴様らのせいで、どれ程の人間が死んだのだろうな」
今の揺れは僕等を狙った攻撃じゃない。
じゃあやっぱり。
「ナーガ窓に近づいて!」
鉄格子の向こうに見えた風景は、僕が見たランドハートの街とは一変していた。
崩れた家から逃げ出す人々。
瓦礫の下敷きになった人。
あちこちから火の手が上がっている。これから被害は更に拡大していくだろう。
直接僕等に関係ない人の命を、簡単に奪うなんて酷い。
奴が神界魔界を滅ぼしたとしても、理を変更するだけの力を得るまで糧である人間は滅ぼせない。
でもこんな奴に支配された人間の、行く末なんて簡単に想像できる。
ここで僕達が止めなきゃいけないんだ!
「ナーガ奴が使う光壁は、僕が使うのより強力でも、純粋な物理攻撃に弱いのは同じだよね」
フェンリルの体当たりよりも、強力な物理攻撃を生み出す方法が今の僕にはある。
ドランさんに貰った火筒。
幸いな事にここには無数の火種がある。
ナーガに耳打ちして飛び降りナーガは左、僕は奴の右手に回る。
壁と天井から飛ぶナーガを狙って鋭い土の槍が飛び出し、旋回しながらかわすも完全にはかわせず、白い羽毛が篝火に反射しながらきらきらと舞う。
僕等を援護する為か、それとも自ら攻撃する為か、奴の背後からフェンリルが迫る。
見えていないはずの背後のフェンリルに床から生まれた槍が襲い、フェンリルはそれを跳躍して越える。
「跳んじゃ駄目だ!」
僕やフェンリルはナーガと違って、空中で体勢を変えれない。空中にいるフェンリルを追撃の槍が襲う。
チッ
舌打ちしながら炎で鋭い穂先を壊し、太くなった部分を蹴り離れる。
真後ろにいる敵を振り向く事もなく攻撃出来るなんて、気配を読むのも奴は一流と言える。
でも時間を稼いでくれた御蔭で、僕とナーガはかなり奴に近づけた。
ナーガが低空飛行に移り、篝火を奴に向かって跳ね上げる。
ドランさんから貰った火筒は火を付けてから、一秒から十秒で爆発する。
火を付けた瞬間に爆発したら目もあてれない。
ならこうするだけだ。
奴に向かう篝火を狙って火筒を投げ込み、ナーガは氷の槍を撃ち込む。
耳をつんざく爆音。
光壁を張っても火筒で破壊して、ナーガの氷の槍が奴を貫くはずだ。
そしてフェンリルが爆発の中に追撃の炎を撃ち込む。
爆煙をゴクリと生唾を飲み込みながら見守る。
もう異変には気づいている。
フェンリルが撃ち込んだ炎の爆発がない。
まさか・・・
爆煙が晴れてきて見えてきたのは、光壁と傷一つない奴の姿。
火筒は物理として僕等が出せる最大の攻撃。
それでも奴の光壁を壊せないなんて・・・
「それで終わりか?そろそろこちらからもいくぞ」
死刑宣告のようにその言葉は響いた。
奴の床がへこむ程の強烈な踏み込みが、爆発的な推進力を生み出し、一気にフェンリルとの間合いが詰まる。
振り下ろされる青龍刀を横に避けるも、体勢をととのえる前に更に間合いが詰められ、蹴りをまともに受け宙を飛ぶ。
向かう壁から鋭い槍が飛び出し、フェンリルを串刺しにしようと待ち構える。
飛ばされながらフェンリルは床に向けて炎を撃ち込み、その爆風で飛ぶ角度を変え、串刺しは免れるも壁に叩きつけられた。
立ち上がる前に、更に青龍刀が襲う。
身をよじる様にかわすも避け切れず、漆黒の毛が削られ腹部に対照的な赤い色。
フェンリルが攻められている間に、ナーガが真上から奴を狙う。
真上からなら奴には見えてないはず。
そんな淡い期待は張られた光壁に打ち消され、衝突して動きが止まったナーガに青龍刀が振られる。
張られた光壁は青龍刀に簡単に壊され、ナーガは羽ばたき後方に飛ぶ。
完全にかわせなかったのか、空から赤い滴が床に落ちる。
光壁は外からの攻撃に対しては無類の強度を誇るが、内側から触れれば構成が崩れて簡単に消える。
光壁の内側に潜り込めれば何とかなるかも知れない。
フェンリルとナーガを同時に相手して、圧倒するヨルムンガンドに何が出来る?
考えるんだ。
僕が出来るのはそれだけだ。
奴が指を二本下から上に引き上げると、床が爆ぜ石つぶてがフェンリルを襲う。
フェンリルを威嚇して足止めすると、奴は足に吸盤でもついているかの様に壁を上っていく。
よく見れば壁から迫り出す足場を上っているのだが、力の使い方に馴れてきたのか、人工物を変化させる速度も上がってきている。
壁を蹴り、一瞬でナーガの背後に回り青龍刀を振るう。
刃は小さく変化したナーガの頭の上を過ぎていったけど、そのまま青龍刀を回転させ長い柄の部分が胴体にまともに当たり、ナーガは遥か離れた壁に叩きつけられ床に墜落した。
僕の目の前に着地した奴の背中は無防備に見える。
チャンスだ!考えるより先に体が動く。
短剣を抜き奴の背後から迫る。
よせっ!そんな声が聞こえた。
ゆっくりと奴はこちらに振り向き、光壁も張らず青龍刀を振るう気配すら見えない。
両手でしっかり握った短剣を、奴の腹部に突き立てる。
金属音と痺れる手。
突き立てた短剣は突き刺さるどころか、表面に傷すら付かず逆に短剣の尖端が欠けてしまった。
胸倉を掴まれ足が宙に浮く。
「満足したか人間。貴様が何をしようが、無防備な俺にすら傷一つつけられはしない」
腕に短剣を何度も叩き付け、脱出しようともがく。
「力を失ったとはいえ、古き神と契約し支える程の魂だ、さぞかし美味かろう」
僕は敵だとすら認識されてなかったんだと知り悔しい。
フェンリルが炎を放とうとするも、僕を盾にされ空間の歪みが元に戻る。
「理を越える二つの契約にも興味がある。あいつらを殺した後に、ゆっくり調べてから食ってやるから、それまで大人しくしていろ」
壁に投げつけられ全身を強打して意識が遠くなり、目の前が砂嵐のように霞んでいく。
頭がズキズキと痛み血が落ちる。
こんなとこで気を失う訳にはいかないのに…
抗いも虚しく、視界は真っ暗になっていった。




