(8)
無数の篝火。
数え切れない程の篝火でも、照らし切れない広い部屋。
無骨に敷き詰められた石畳。
窓には僕の腕よりも太い鉄格子。
聖堂である事を伺わせるのは、正面の赤子を抱いた聖母を描いた大きなステンドグラスぐらい。
そのステンドグラスの真下、一段高くなっている場所に唯一置かれている椅子、その国の王か神官にしか座る事を許されぬ場所に、足を組み頬杖をついて奴はいた。
リリオル王グスタフ。
国を混乱に陥れ、恐怖で支配し続ける狂王。
「遅かったな。待ちくたびれたぞ」
低音の威厳ある声が広間に響く。
セイドリックに感じた、得体の知れない感覚。
それよりも深く強く、魂を鷲掴みにされたような恐怖に足が動かなくなる。
「暫く見ねぇ内に、随分年寄りになったじゃね~かヨルムンガンド。てめぇからは腐臭がすんぜ」
恐怖など、微塵も感じていない様子のフェンリル。
「貴様は誰かに化ける能力など、持っていなかったはずだな。ならばその人間を内側から食ったか」
ナーガもヨルムンガンドを知ってる。
でも内側から食べたって?
「何とか持たせて来たが、この身体も限界だな。久しぶりに本来の姿を見せられる」
まるで蝉の脱皮のように内側から皮膚が裂け、蛇のような頭に黒光りする鱗と尻尾、手には長く鋭い爪、とても人と呼べぬ異形の者が僕等の前に姿を現す。
体長はゆうにニメートルを越えている。
こんなのが人の内側に収まる訳がない。ナーガと同じく大きさを変化させられるんだ。
そして小さくなり内側からグスタフを食べ、その皮を纏っていたんだ。
「クックックッ神界のナーガ、魔界のフェンリル、人間の餓鬼。オーディンめどんな手を使ったか知らんが、こんな何の力も持たぬ人間と力を失ったままのポンコツで、俺を止められると思っているのか」
立ち上がり、傍らに立てかけていた青龍偃月刀を奴が握る。
「オイオイ仮にも神と呼ばれた者が、人間の武器を使うのか?」
ブンッ
距離があるにも関わらず、風切り音が聞こえ椅子が切断される。
「人間の武器も使い方によっては有効だ。フェンリルお前は魔界の者だ。私につけば生かしておいてやらぬでもないぞ」
フフンと鼻で笑うフェンリル。
「おめぇの考えてる事なんか簡単に読めるんだよ。理を変えるには、それを作った奴の力を越える必要がある。例え糧を独り占めに出来たとしても、おめぇに創成の竜以上の器があるとは思えねぇ。無駄な時間つ~のは俺様は大っ嫌いだぜ」
奴の企みはこうだ。邪魔をする神界と自分と同じ糧とする魔界を滅ぼせば、人間の魂は全て奴の物になる。
そして力を蓄え、理を作った創成の竜を超えれば理を変えられる。
奴が考えているのは世界の作り直し。
でもそれには大きな問題がある。
力の器。
無限に糧を手に入れられても、溜められる力にはそれぞれ限界がある。
創成の竜の器を超える器を、奴が持っていなければ全てが徒労となる。
フェンリルが言っているのはその事だ。
「そんな事はやってみなければわかるまい。私につけば世界の半分をお前にやろう。裏切りはお前の専売特許だろう?」
「あん?世界なんざもともと、全部俺様のもんだぜ。勝手に半分も持っていくんじゃねーよ」
いつ世界が全部、フェンリルのものになんてなったんだろ?
クックックッ
奴が心底面白いとでも言いたげに笑う。
「貴様は変わらんな。私が魔界、神界を滅ぼせばくだらぬ約定も無くなり、いつでも好きな時に人間の女が抱けるぞ」
くだらない約定よりも本当にくだらない。
ほらほらガツーンと言ってやってフェンリル。
ガツーン・・と・
フェンリルは苦悶の表情を浮かべ、本気で悩んでいた・・・見損なったよフェンリル。
「愚かだな」
二人のやり取りを黙って聞いていたナーガが口を開いた。
ナーガを見るヨルムンガンドと振り返るフェンリル。
「愚かだと」
「誰が愚かだ!」
どっちに向けて言ったのかわからないけど、フェンリルも振り返ったって事は、自分が愚かって言われる心当たりがあるんだね。
「愚かだから愚かだと言った迄だ。そこの狼は、誰よりも気高く崇高なる魂を持つ男だ。そんな陳腐な誘いに乗るとでも思っているのか?」
顔を真っ赤にしながらそんな事言うなんて、ナーガどうしちゃったの?
「なんでぇちったぁおめぇも、俺様の事を理解してんじゃねーか。ヨルムンガンド最初っからてめぇをぶっ飛ばすと決まってたんだぜ」
嬉々としてヨルムンガンドに向くフェンリル。
ナーガ・・・フェンリルの扱い方が上手くなったね。
「避けろ!」
地面が歪み、鋭い切っ先が僕等に襲い来る。
フェンリルと僕は横にかわし、ナーガは宙へ飛ぶ。
僕等を襲ったのは、石畳が変化して槍状になった物。
「ふむ。久々に力を使ったが、やはり人工物では時間がかかるな。俺の邪魔をするというなら貴様らはここで死ね」
背後では僕等が通ってきた扉が、壁に飲み込まれていく。
もう逃げ道はないけど、もとより逃げるつもりなんてサラサラない。
全ての世界の存亡を賭けた、決戦が始まった




