(5)
東門で上がる怒声と悲鳴。
「まだ落ちてねえ。こっちは何とか間に合ったか」
ナーガも鞄から首を出し状況を確認する。
現パパスは少ない数を二つに分け、城に向けた兵を更に幾つにも小さな部隊に分けている。
塞ぎ切れない小さな窓や出口には、数人の部隊で当たっている。
狭い場所に引き込み兵の多寡を無くし、数人対一人の状況を上手く作り出している。
これが初の戦闘なのだろうが、細かく指示を出し少ない兵を見事な手際で操っている。
「思っていたよりもやるな。少々見くびっていたようだ」
だろと、自分の事の様に得意げなラルク。
「やはり問題は外か」
どんなに上手く兵を操っても、十倍以上の相手にはまず勝てない。
古来より奇跡的と呼ばれる少数側の勝利は、殆どが奇襲によるもので真っ向からやり合って勝った例はない。
「だが外をどうにかして勝つ事では無く、時間稼ぎに徹すれば可能性は出るだろ」
ラルクは、東門前で馬を下りる。
「ラインハルト様は何処にいる?」
城門にいると聞いてラルクは上を見るが、姿は見えない。
「大事な時に!」
階段を駆け上がるとその途中、両手で顔を押さえ震えているラインハルトがそこにいた。
「何してる。出番だぞ」
消え入りそうな声で、ラインハルトは答える。
「私には出来ません」
ラルクは苛立ちを抑えられずに、ラインハルトの胸倉を掴み無理矢理立たせる。
「今更何言ってやがる!」
「私はただの平民出身の平凡な男です。そんな私が王子など出来る訳ないでしょ!」
最後は悲鳴のように喚くラインハルトを見て、鞄から這い出すナーガ。
「どうやらこれ以上は無駄なようだな。ラルク、私はマスターと合流する。ここにいる人間は全て死ぬだろうが、出来ぬと言うなら見捨てる他あるまい」
全ての人間が死ぬと聞いて、ラインハルトの顔色が変わる。
「皆死ぬって・・・そんな・・・」
「事実を言った迄だ。貴様は何故ラインハルトとして生きていくと決めた。王にでもなりたかったのか?」
王位継承権を剥奪されたとはいえ、従者として平民が使われるのは、どれだけの迫害を王子が受けてきたのかの証拠だ。
ただの平民がいきなり戦争の真っ只中に放り込まれたのだ、臆するのも仕方ないとナーガは考えていた。
ラインハルトとパパス。
この二人のどちらも欠く訳にはいかない。
ナーガはパパスが、ラインハルトとして生きると決めた理由。
それを思い出させる事で、勇気を奮い立たせる。それに賭けたのだ。
容姿に違わぬ、流れる春の小川を思わせる様な綺麗な声で、元パパスは語る。
「私は・・・別に王様になりたかった訳ではありません。ただラインハルト様に恩返し出来ればと・・・」
「恩返しか。だがそれはお前を利用する為に、優しくしただけかも知れないぞ」
この言葉を聞いて初めて、元パパスの顔色に怯え以外の色が浮かび立ち上がる。
「違う!絶対違う!」
「何が違うと言うのだ?」
ラルクが何かを言おうとするが、ナーガはそれを目で制する。
今が大事なのだ。
自らの意志を強固に持たねば、どのみちこの先破綻するのは間違いない。
「ラインハルト様が、王位継承権を剥奪されて、私の町に来たのは十年以上前です。年齢が近かった事と子供の頃から眉目麗しく、まるで天使の様に美しいと御近所ならず町の評判だった私が、お世話を任せていただく事になりました」
自らを臆面もなく、天使と評する元パパス。
「ラルク・・・お前人選を間違ったのではないか?」
「言うな・・・俺もそんな気がしてきた」
元パパスは、頭を抱える二人を余所に話し続ける。
「お世話をしだして二年後の事でした。町で疫病が広まり、私の両親も病に倒れてしまいました。薬代はとても高く平民である私には、払う事が出来ませんでした。そんな時です何処で聞いたのか、ラインハルト様が身につけていた剣を私に渡し、これを売って両親に尽くして来なさい。後悔はするなと」
元パパスは拳を強く握る。
「手当てのかい無く両親は亡くなってしまいましたが、御蔭で私は出来る事全てをしたと胸を張って言えます。その時誓ったんです。この人の為なら私は何でも出来ると」
「だったらラインハルトになれ!何でも出来るんだろ!」
声を荒げるラルクと階段を下りていくナーガ。
階段の途中で立ち止まり、元パパスに最後の言葉をかける。
「パパス・・・お前をこの名で呼ぶのは最後だ。誰かの命を背負うのは一人でする必要はない。お前にはラインハルトもいればラルクや私もついている。逃げたければ階段を下りて来い、後悔しないなら私が逃がしてやろう。もし覚悟が出来たなら階段を上れ。特別な事をする必要はない、お前の美しさを観客に見せつければいい」
元パパスは階段を半歩下りかけ、踵を返し階段を上っていく。
「美しさを見せつけてこいか・・・ナルシストのナーガ様にしか言えない台詞だな」
「私は別にナルシストではない。事実を客観的に見て、私は美しいと思っているだけだ」
「それをナルシストつーんだよ」
ラルクの言葉を背に、ナーガは見つからぬ様に上空に向けて飛び立つ。
城壁に一人立つ元パパス。
この光景を目撃した兵士の一人は後に語る。
まるでサーガ(英雄物語)に迷い込んで、英雄の誕生に立ち会ったようだったと。




