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狼竜物語  作者: レオ
88/255

(5)

 東門で上がる怒声と悲鳴。


「まだ落ちてねえ。こっちは何とか間に合ったか」


 ナーガも鞄から首を出し状況を確認する。


 現パパスは少ない数を二つに分け、城に向けた兵を更に幾つにも小さな部隊に分けている。


 塞ぎ切れない小さな窓や出口には、数人の部隊で当たっている。


 狭い場所に引き込み兵の多寡を無くし、数人対一人の状況を上手く作り出している。


 これが初の戦闘なのだろうが、細かく指示を出し少ない兵を見事な手際で操っている。


「思っていたよりもやるな。少々見くびっていたようだ」


 だろと、自分の事の様に得意げなラルク。


「やはり問題は外か」


 どんなに上手く兵を操っても、十倍以上の相手にはまず勝てない。


 古来より奇跡的と呼ばれる少数側の勝利は、殆どが奇襲によるもので真っ向からやり合って勝った例はない。


「だが外をどうにかして勝つ事では無く、時間稼ぎに徹すれば可能性は出るだろ」


 ラルクは、東門前で馬を下りる。


「ラインハルト様は何処にいる?」


 城門にいると聞いてラルクは上を見るが、姿は見えない。


「大事な時に!」


 階段を駆け上がるとその途中、両手で顔を押さえ震えているラインハルトがそこにいた。


「何してる。出番だぞ」


 消え入りそうな声で、ラインハルトは答える。


「私には出来ません」


 ラルクは苛立ちを抑えられずに、ラインハルトの胸倉を掴み無理矢理立たせる。


「今更何言ってやがる!」


「私はただの平民出身の平凡な男です。そんな私が王子など出来る訳ないでしょ!」


 最後は悲鳴のように喚くラインハルトを見て、鞄から這い出すナーガ。


「どうやらこれ以上は無駄なようだな。ラルク、私はマスターと合流する。ここにいる人間は全て死ぬだろうが、出来ぬと言うなら見捨てる他あるまい」


 全ての人間が死ぬと聞いて、ラインハルトの顔色が変わる。


「皆死ぬって・・・そんな・・・」


「事実を言った迄だ。貴様は何故ラインハルトとして生きていくと決めた。王にでもなりたかったのか?」


 王位継承権を剥奪されたとはいえ、従者として平民が使われるのは、どれだけの迫害を王子が受けてきたのかの証拠だ。


 ただの平民がいきなり戦争の真っ只中に放り込まれたのだ、臆するのも仕方ないとナーガは考えていた。


 ラインハルトとパパス。


 この二人のどちらも欠く訳にはいかない。


 ナーガはパパスが、ラインハルトとして生きると決めた理由。


 それを思い出させる事で、勇気を奮い立たせる。それに賭けたのだ。


 容姿に違わぬ、流れる春の小川を思わせる様な綺麗な声で、元パパスは語る。


「私は・・・別に王様になりたかった訳ではありません。ただラインハルト様に恩返し出来ればと・・・」


「恩返しか。だがそれはお前を利用する為に、優しくしただけかも知れないぞ」


 この言葉を聞いて初めて、元パパスの顔色に怯え以外の色が浮かび立ち上がる。


「違う!絶対違う!」


「何が違うと言うのだ?」


 ラルクが何かを言おうとするが、ナーガはそれを目で制する。


 今が大事なのだ。


 自らの意志を強固に持たねば、どのみちこの先破綻するのは間違いない。


「ラインハルト様が、王位継承権を剥奪されて、私の町に来たのは十年以上前です。年齢が近かった事と子供の頃から眉目麗しく、まるで天使の様に美しいと御近所ならず町の評判だった私が、お世話を任せていただく事になりました」


 自らを臆面もなく、天使と評する元パパス。


「ラルク・・・お前人選を間違ったのではないか?」


「言うな・・・俺もそんな気がしてきた」


 元パパスは、頭を抱える二人を余所に話し続ける。


「お世話をしだして二年後の事でした。町で疫病が広まり、私の両親も病に倒れてしまいました。薬代はとても高く平民である私には、払う事が出来ませんでした。そんな時です何処で聞いたのか、ラインハルト様が身につけていた剣を私に渡し、これを売って両親に尽くして来なさい。後悔はするなと」


 元パパスは拳を強く握る。


「手当てのかい無く両親は亡くなってしまいましたが、御蔭で私は出来る事全てをしたと胸を張って言えます。その時誓ったんです。この人の為なら私は何でも出来ると」


「だったらラインハルトになれ!何でも出来るんだろ!」


 声を荒げるラルクと階段を下りていくナーガ。


 階段の途中で立ち止まり、元パパスに最後の言葉をかける。


「パパス・・・お前をこの名で呼ぶのは最後だ。誰かの命を背負うのは一人でする必要はない。お前にはラインハルトもいればラルクや私もついている。逃げたければ階段を下りて来い、後悔しないなら私が逃がしてやろう。もし覚悟が出来たなら階段を上れ。特別な事をする必要はない、お前の美しさを観客に見せつければいい」


 元パパスは階段を半歩下りかけ、踵を返し階段を上っていく。


「美しさを見せつけてこいか・・・ナルシストのナーガ様にしか言えない台詞だな」


「私は別にナルシストではない。事実を客観的に見て、私は美しいと思っているだけだ」


「それをナルシストつーんだよ」


 ラルクの言葉を背に、ナーガは見つからぬ様に上空に向けて飛び立つ。


 城壁に一人立つ元パパス。


 この光景を目撃した兵士の一人は後に語る。


 まるでサーガ(英雄物語)に迷い込んで、英雄の誕生に立ち会ったようだったと。

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