(5)
戦いの前に宴を催すのは、古来より何処も変わりはない。
ここドランの家でも決戦を前に、ささやかながら宴が催され、一階では笑い声が時折洩れている。
そんな喧騒から離れ、三階に残る二頭。
昔を知る者なら、この二頭が一緒にいるなど、想像も出来ない。
窓の外は雨もあがり、決戦を前日に控え空は星屑を纏っている。
空がもう一度星屑を纏う時、こんな平穏な時間は流れてはいないだろう。
「いいな。勝ち目が無いとわかったら、どちらかがマスターを連れて逃げるんだ」
「はんっ!逃げるのは、俺様に決まってんだろ。もともと俺様には、関係ね~事なんだからな」
それでいいとナーガは思う。
一番関係ないのは、間違いなくフェンリルなのだ。
「ここまで貴様が、付き合っているとは意外だったな。てっきりとっとと尻尾を巻いて逃げ出すものと思っていたからな」
逃げ出すチャンスは何度もあった。
ルークが砂浜で頼んだ時に断る事も出来た、セイドリックにナーガが殺されたかけた時、契約の破棄も出来た。
それでもフェンリルは、今もこうしてここにいる。
「勘違いすんな。俺様は面白そうだから付き合ってやってるだけだからな。おめぇがやられて泣き面になるのなんて、滅多に見れるもんじゃねぇからな」
そんなものを見たいが為に、力を蓄えた古き神の討伐に参加するなど正気のさたではない。
だが口ではこんな事を言っているが、実際はそうではないだろう。
理由は一つだ。
不意にドアが開き、理由が現れる。
「あ~二人共いないと思ったらこんなとこで何してるの?」
無邪気な笑顔。
「マスター、ちょうどいい所に来た。もし私達が勝てないと判断したら、すぐさま逃げると約束して欲しい」
「逃げるって・・・ナーガもフェンリルも負けちゃうの?」
「負けると決まった訳ではないが、勝てる可能性は低いだろう」
笑顔から一転、今にも泣き出しそうな顔に変わる。
「やだ・・・ナーガは島に行って強くなったんでしょ」
「おめぇなぁ・・・とかげは赤毛との戦いで、あんだけ派手に力を使ってんだぜ。島の僅かな人数で、すぐさま回復出来る訳ないだろ。こいつは召喚された時より弱いぐらいだ」
そうなの?との問いに頷くナーガ。
「そんなの駄目だよ・・・二人ともすぐに強くなって!今すぐに!」
駄々をこねるルークに呆れ返るフェンリル。
「そんな都合よく、すぐに強くなれる訳ね~だろ」
チッチッチと指を振るルーク。
「あるじゃない」
ナーガとフェンリルを指差す。
「二人で加護を与え合えばいいじゃない」
「お・め・えは相変わらず馬鹿だな。加護つーのは弱っちい人間相手にしか出来ね~んだ。俺様やとかげには何の意味もないぜ」
フェンリルの言葉に、ルークは短剣を抜き自らの首にあてる。
「いいからやって!」
「オイオイ何一人で興奮してんだ?」
「言っておくけど僕はめっちゃくちゃ弱いからね!二人が負けたら僕もすぐに死んじゃうんだよ。」
首筋から血がツウッと一筋流れ、肩を赤く染める。
「何をしている!」
「今死ぬのも、明日死ぬのも一緒でしょ」
ナーガは、フェンリルとアイコンタクトで意思を交わす。
(様子がおかしい)
(ガン飛ばしてんじゃねーよ)
やはりこの二頭にアイコンタクトは不可能であった。
ナーガはアイコンタクトを諦め、小声で「マスターの様子がおかしい。一先ずここは加護のまね事で凌ごう」と伝える。
だがフェンリルは「おめぇの血を飲むなんてお断りだ。ごねて何でもかなうなら俺様もやだやだやだ~」と拒否する。
「マスター。私と負け犬が加護をしあえば満足なのだな?」
ルークは座り込みコクリコクリと頷いている。
「俺様を無視して、話し進めてんじゃねーよ」
ナーガは指先を噛み、フェンリルの鼻先に突き付ける。
「早くしろ。私だって不本意の極みなのだ」
チッと舌打ちをしてフェンリルはナーガの血を舐める。
「ヘドロの味がしやがる。これでまん・・・ぞ・・く・・」
ルークの方に振り向くと、ルークは既に横になり寝息をたてている。
ナーガが近づきルークの首の血を拭き取ると、傷は何処にも見当たらなかった。
「どういう事だこれは?」
「酒くっせぇ。誰だガキに酒飲ませたのわ」
フェンリルはそのまま素通りして一階に向かおうとする。
「待て、何処に行く?」
フェンリルは振り返る。
「決まってんだろ。それともお坊ちゃまのてめぇは止めるのか?」
ナーガは床に転がる何かの装置を見つけ手にとる。
ほう・・・よく出来ているな。
ここを押せば、赤い液体が流れる仕組みになっているのか。
「私も一階にいる者達に用がある。一緒に行こう」
かくして宴会芸と称してフェンリルとナーガの不細工な像をバーシルに形作らせていたランスロッドが集中攻撃を受け、阿鼻叫喚の一夜は過ぎていった。




