(4)
空が黒く塗り潰され夜の訪れを告げる。
相変わらず屋根を叩く雨粒と、部屋に落ちる雨の多重奏が響く。
「そっちのお皿いっぱいだから水を捨てて」
ヘイヘイと窓を開け、水を捨てるフェンリル。
「助っ人やらが来たみて~だぜ」
言われて窓から覗くと、雨の中ランタンに照らされて浮き上がる三つのシルエット。
その内の一つが、挨拶代わりに軽く手を挙げる。
フードで人相はわからないけど、手を挙げたのがラルクさんで後ろの二人が助っ人だろう。
片方は手ぶらで、もう片方は仕事道具が入っているのか、肩から袋をかけている。
「フェンリルが、こんな近くに来るまで気づかないなんて珍しいね」
「たりめーだろ。ただでさえ臭さで鼻は馬鹿になってんし、雨で臭いは消えるんだからな。それにラルクは当然として、助っ人の一人は中々いい気配の消し方してんぜ」
もしかして期待出来るかな?
暫くしてドアがノックされ、ラルクさんがドアノブを握ったままの姿勢で固まる。
「家に入ったと思ったが外だったか。いつの間にやら異世界ってやつに迷い込んだらしいな」
「外じゃねーよ!こんなボロ家紹介しやがって」
ラルクさんは手をヒラヒラさせる。
「まあそう言うな。少々の事なら、誰も来ないぐらい平和な隠れ家だろ?」
「誰も来ないが住人が危険人物過ぎる。後ろの二人が話していた助っ人か?」
花瓶の水を捨てながら、ナーガが後ろの二人を値踏みする。
二人共家の中だというのに、合羽のフードを目深に被ったままだ。
家の中にも雨が降っている光景を見たら、フードを取りたくない気持ちもわかるし、この部屋だけでなく階段やら至る所で雨漏りしているんだから、合羽を着たままも当たり前だ。
紹介しようと言うラルクさんより早く、後ろの肩から袋をかけた方が声を上げる。
「ルーク?ルークじゃねーか!こんなとこで何してんだ」
へっ?
フードを取り現れたのは、見掛け倒しの太い眉毛、肩まである長い髪を後ろで束ねポニーテールにしている男。
「ランスさん?」
間違いない。
ルフツネイルで一緒だったランスロッドさんだ。
「なんでぇスライム君じゃねーか」
「てっ、てめぇはあの時の腐れ狼!」
睨みあう一人と一頭。
またややこしい事にならなきゃいいけど、ラルクさんが先に視線を外し笑いをあげる。
「ふっふっふ・・・ふわ~はっは!スライム君と呼ばれていたのは既に遥か昔。俺様はクラスチェンジした!進化した!人は俺様の事を闇にうごめく鈍色の混沌王子ランスロッド様と呼ぶ」
ビッとランスさんがフェンリルを指さす。
「進化した俺様の力で、いつかお前をギャフンと言わせてやるぜ!」
なんか・・・病気が進行しているようだ。
「ギャフン」
ピチョ~ン、ピチョピチョピチョ~ン
皿や花瓶に落ちる、雫の音だけが響く。
「なんでぇ聞こえなかったのか?俺様に言わせたかったんだろ。もう一度言ってやるぜ。ギャフン」
フェンリル・・・ランスさんが言っているのは、そういう意味じゃないと思うよ。
ほらっランスさんが怒りで震えてる。
「ルークッ!」
あ~もうっ!フェンリルのせいで面倒な事に・・・
「聞いたか?俺様はとうとうそいつにギャフンと言わせたぞ!しかも二回もだ!」
・・・それでいいんだ・・・丸く収まるならそっとしておこう。
「やはり俺様は昔とは違う!今や黄金貴族ランス」
ガツン!背後にいたもう一人が、ランスさんの後頭部を殴って暴走を止める。
「誰も呼んでないし最初と違ってるじゃないの」
男ではなく女の人の声。
フードを取ると、短めに切り揃えられた髪から雫が垂れる。
僕の第一印象は綺麗な人
垂れる雫すらも、女性らしさを際立たせるアクセントになっている。
「あんた達が顔見知りなら話しは早いわね。久しぶりね坊や」
久しぶり?誰だっけ?
「あの~どこかでお会いしましたっけ?」
女性は僕に歩み寄り、その手を僕の頬に伸ばす。
「あらっあんなに濃厚な時間を過ごしたのに忘れちゃったの?寂しいわ」
「ひゅ~マスターも隅におけねーな。いつの間に、こんな美人とそんな関係になってたんだ」
いやいやいやいや、そんな関係もどんな関係も初対面だし・・・
女性が胸元に手をやり、何かを取り出したように見えたけど何も持ってない。
「これでも思い出せないかしら?」
女性が手を反すと明かりに反射して、虚空がキラリと光る。
触れられて高揚していた胸が、瞬時に氷の刃を突き立てられたように冷める。
あ~思い出した!
でもルフツネイルで襲撃してきた女性は、栗色の髪でってあれはかつらで・・・
「思い出してくれたようね。アネルカよ」
アネルカさんの唇が軽く僕の頬っぺたに触れ、鎮まっていた動悸がまた跳ね上がる。
「なんだルークは姉ちゃんとも知り合いなのか」
ね、姉ちゃんて?
「腹違いだけど残念ながら事実なのよね」
残念に殊更力を込めてアネルカさんが呟く。
姉弟・・・じゃあルフツネイルに忍び込む手引きをしたのはランスさんで、僕に近付いて来たのは最初からそれが目的・・・
なんて事はなくルフツネイルから逃走して、追っ手を避ける為に街道から外れた森を通っていたアネルカさんが、ランスさんと奇跡の再会を果たしたらしい。
「もう本当胆を冷やしたわよ。人が来ない様な森の中で、泣き声が聞こえるんだもの。誰かが化けて出たかと思ったわ」
「姉ちゃんそれは言わない約束だろ」
ランスさんが行方不明になったのが、アネルカさんに襲われる一日前。
幽霊より丸一日森で泣き続ける男の方が、怖いと思ったのは僕だけかな。
「じゃあランスさんが道案内人?」
「案内人はあたしよ。鍵を開けるのはこの誇大妄想馬鹿」
「姉ちゃん褒めても何も出ねえぜ」
何処をどう聞いたら褒め言葉に聞こえるんだろ。
「ランスさんが鍵開け?どうやって?」
ランスさんの目がキラリと光った。
「見て、聞いて、驚いて俺を崇め奉れ!この…姉ちゃん痛い・・・」
アネルカさんのデコピンがクリーンヒットして、暴走を阻止した。
「いくらあたしの弟でも、何も出来なきゃギルドには入れないわ。ほらバーシルを出しなさい」
「バーシルじゃない!」
「あんたのつける名前は、意味なくながったらしいのよ。さっさとしないと今度は裏拳をお見舞いするわよ」
裏拳と聞いて渋々肩から担いだ袋から中身を取り出す。
中から出て来たのは銀色の物体。
あの時契約を解除すると言っていたスライムだった。
ランスさんは見てなと、無造作にスライムを掴み引きちぎる。
「そんなにして大丈夫なの?」
「少しの間だけならな」
手の平からこぼれ落ちる銀色の滴は、下に落ちるとまた一つの塊に戻っていく。
「丸く固くなれ!」
ランスさんの号令と共に、手の平に残っていた銀の塊が見事な球体になる。
球体になったバーシルに触ると、それは手で引きちぎれるような軟らかさでなく、硬質の質感を伝えて来る。
「こいつには決まった形ってのが無くてな。俺の意思通りの形や硬さになれるんだ」
「おまけに自我もないから、この馬鹿でも扱えるわ。鍵の型なんか取らなくても、潜り込ませて硬質化させれば、どんな鍵だろうと一発よ」
アネルカさんが補足してくれる。
形がないからどんな形にもなれる。
それって凄い能力じゃないだろうか?
ランスさんは驚く僕にテンションが上がったのか「どうだスゲーだろ」と得意げにお手玉をしだす。
「おめぇがスゲーんじゃなくて、そのスライムがスゲーんだろ。おめぇはやっぱスライム君、いや今やスライムの下僕だ!」
「何だとっ!あっ」
フェンリルに言い返そうてして、受け止めそこねて球体が何処かに転がっていった。
「やべぇ!探してくれ!また小さくなっちまう」
この馬鹿と鼻の眉間を押さえるアネルカさん。
またって、今までも似たような事があったって事だよね。
そういえば初めて見た時より、幾分スライムが小さくなってるような。
「球体から液状に戻ってるはずよ。馬鹿が触れてる時しか変化出来ないからね」
全員ではいつくばり捜索して、皿の一つにぷかぷか浮かんでるのを発見して安堵する。
「でもよくこんな能力があるって気づきましたね」
ああ、それはねとアネルカさんが話そうとするのを、姉ちゃん!とランスさんが慌てて制する。
「あんたは黙ってなさい。馬鹿と森で再会したのは話したでしょ。こいつ森で穴に落ちて上がれなくなっててメソメソ泣いてたのよ」
フェンリルに虐められて、泣き続けてたんじゃないんだ。
「それをあたしが見つけて、馬鹿がロープか梯子を持って来てくれって言ったら、担いでいた袋がロープと梯子が合体した奇妙な物体になって気づいたのよ」
偶然と奇跡。
でもそんな僕等が一カ所に集まっている。これはもう必然じゃないだろうか?
きっとこの作戦は成功する。保障なんてないけど、今はそんな僅かな希望的観測でも縋り付きたい。
「ゆっくり出来るのは明日一日だけだ。酒と食料は一階に置いて来たから鋭気を養っててくれ」
ラルクさんありがとうと御礼を言うとフェンリルが「こんな雨漏りしまくりの家で鋭気なんて養える訳ねーだろ」って。
まあ確かに。
「俺に任せときな。バーシル天井に薄く広がれ」
天井に上る迄たっぷり時間がかかったけど、この部屋の雨漏り問題は解決した。
決戦迄残り二日。
窓から遠くに見える王城は、僕等を嘲笑うように高みから見下ろしていた。




