(3)
目が覚めて窓から空を見ると、どんより曇り今にも泣き出しそうな空模様。
考えてみれば昨日ドランさんに、挨拶すらしていない事を思い出し一階に降りていく。
ドランさんは昨夜と同じく机に向かい、何かを調合していた。
あの~と遠慮がちに声をかけると、振り向きもせず一点を指差す。
指差す先には戸棚があり、開けると食料が列んでいた。
これは勝手に取って、朝ご飯にしなさいという事かな?
適当に見繕い、忙しそうなドランさんは後回しにして、階段を上がりドアを開けると、そこは異世界だった。
ピチョーン、カコーン
「マスターいいところに帰って来た。そこの花瓶を取ってくれ」
窓の外はいつの間にか雨が降り出していて、部屋の中にも雨が降っていた。
「雨漏りしてるの?」
花瓶を滴の真下に置くと、新たな音が部屋に加わる。
「こっちも雨漏りしてんぞ」
何か受け取る物・・・周囲を見回すも何もない。
「一階で何か借りて来るね」
たった今上がって来た階段を急いで下りる。
一階では相変わらずドランさんが、机に難しい顔して向かっている。
「ドランさん。何か水を受け止めれる皿か花瓶を貸して下さい」
反応がない。
聞こえなかったのかな?もう一度呼んでみる。
ドランさんはゆっくりこちらを振り向き「やかましい!」
耳の奥までキーンと耳鳴りがするぐらいの怒号に、思わず耳を両手で覆う。
振り返ったドランさんに睨まれ後退る。
「お前さん・・・誰じゃ?」
へっ?
「ラルクさんから紹介されて、昨夜来たんですけど」
「・・・昨夜?研究に没頭しとったから覚えとらんのぉ」
覚えてないって・・・昨夜はちゃんと返事してたし、さっきも僕の呼びかけに反応してたのに。
「どんな研究してるんですか?」
ドランさんは顎に手をやり、ふむと相槌をうつ。
「時にお前さん、魔法は使えるかの?」
話しの脈絡が見えない。
嫌な予感がしつつも「光の魔法をちょっとだけ」と答えると途端にドランさんの形相が変わり、僕の首を絞める。
「お前もか!お前もエリートか!お前もワシを馬鹿にしとるのか!」
馬鹿になんかしてないし、そもそもドランさんの事知らなかったのに・・・
前後に激しく揺さぶられ意識が遠退いていき、走馬灯のように思い出が駆け巡る。
あ・・・僕死んじゃうのかな?
「てめぇ何してやがるんだ!」
ゴスンッ!物凄い音がしてドランさんが床に突っ伏せる。
解放された僕は、懸命に新鮮な空気を吸い込む。
「げほっげほっっフェンリル御蔭で助かったよ」
ゴスンッ!
「おめぇもだ!しょーもない死に方しかけてんじゃねーよ」
な、なんで僕まで・・・
床でぴくぴくと痙攣しながら、僕はここに来た事を心の底から後悔していた。
一階の騒ぎに気付いたのか、ナーガも下りて来た。
ナーガは階段の途中で足を止め、いぶかしげに室内を見渡し「負け犬にそんな趣味があったとは・・・私は何も見ていない」と階段を引き返そうとする。
「てめぇ何勘違いしてやがんだ!」
必死に弁明するフェンリル。
ナーガが見たのはグルグル巻きにされて、床に転がされているドランさん。
縛り上げる時に余りに暴れるもんで、服はビリビリに破けあられもない姿になっている。
ナーガは一つ溜息を落とし「心配するな。私は人の趣味・嗜好には寛容な方だ。だが、嫌がる人間に無理矢理はよくないと思うぞ」と言い残し階段を上がろうとする。
「パッツンパッツンのねーちゃんならともかく、何で俺様が、こんなジジイ襲わなきゃいけねーんだ!」
背後からのフェンリルの怒声も、どこ吹く風のナーガは、さらりと「冗談だ。何があった?」と反転して階段を下りて来た。
・・・ナーガも冗談言うんだ。
「そういう事か」
説明を聞いたナーガは、深い鍋やら皿を幾つも手に取り階段を上っていく。
「どこ行くの?」
「上は既に洪水だからな。せめてこれ以上広がらないようにしなければならない」
下りて来る時より階段を戻っていく方が、心なしか足どりが速い気がする。
「もしかして・・・あんまりドランさんと関わりあいたくないってんじゃないよね?」
ビクゥッと反応するナーガ。
「き・・・気のせいだ。急がねば取り返しがつかなくなるかも知れない」
振り返りもせず猛ダッシュで駆け上がっていく。
完全に逃げだしたようにしか見えないけど・・・
「なんじゃぁ~何故ワシが縛られとるんじゃ。さてはお前らワシの研究を盗みにきた盗賊じゃな!」
気がついたドランさんが騒ぎ立て、フェンリルはどうするよこいつと僕に目で訴える。
仕方ない。
床に転がったままのドランさんに、昨日からの事を一から説明する。
「ワシがお前さんの首を絞めたじゃと?ワシはそんな事はしとらん」
フェンリルの一撃で記憶が飛んだのか、それとも覚えててしらばっくれてるのか言い切るドランさん。
どちらにせよ、取り扱い注意人物である事には変わりない。
もう首を絞めない事を約束させ解放する。
「で、ドランさんはどんな物を研究してるんですか?」
ふむと相槌をうち「時にお前さん、魔法は使えるかの?」
い、嫌な予感。
「僕は使えないです」
ドランさんは相好を崩し「そうじゃろう、そうじゃろうともさ。だが案ずる必要はないぞ。ワシが開発した爆発的に燃焼する、この火の薬を使えば誰でもいつでも火の魔法が使えるのじゃからな」とパンツ一丁で上機嫌。
どうやら正解を導き出せたようだ。
この家を包む臭いは、その火の薬とやらに使う硫黄の臭いらしい。
ちょっとだけ見せてやると、床に散乱している本やら衣服やらを漁り始める。
「何か探し物ですか?」
「うむ、火種が必要じゃからの。確かこの辺りにあったはずじゃが」
床を埋め尽くす本やら衣服やらから、発掘するのも大変だろうと「フェンリル。火を出してあげて」と言うとフェンリルは宙に小さな炎を生み出す。
「魔法じゃと・・・」
へっ?
「お前もエリートか!お前もワシを馬鹿にしにきたのか!」
フェンリルの首を絞め、ついでゴキンと大きな音と白目を剥いて倒れるドランさん。
話しが進まない。絶対関わっちゃいけない人だった気がする。
僕は今夜ラルクさんが連れて来る助っ人やらが、せめてまともな人だといいなと心の底から思っていた。
「さあワシの大発明を見るがいい!」
一人だけテンションの上がっているドランさんと、苦虫を噛み潰したような顔をしているナーガ。
三階に逃げたナーガだったけど、観客は多い方がいいと無理矢理一階に連れ戻された。
部屋の中央には、フェンリルの生み出した炎がユラユラと宙に浮き、ドランさんは調合していた粉を詰めた袋を片手に鼻息が荒い。
危ないからと僕等は部屋の隅に集まり、ドランさんは炎を狙って袋を投げつける。
袋は宙を舞い・・・何も起こらず床に落ちて、中身の黒い粉をぶちまける。
いや何も起こらなかったっていうより、炎から外れただけなんだけどね・・・
「たくっ何やってんだよ下手くそ」
半分以上中身の黒い粉をぶちまけた袋を、フェンリルがひょいっとくわえて炎に投げ込む。
ゴゥゥゥーン
途端に爆音と爆発で窓が吹き飛び、部屋中を赤い炎がなめつくす。
「見たかぁぁ!ワシの発明、黒色火薬の威力を!」
そのまま後ろにブリッジでもしそうなぐらい踏ん反り返って、高笑いをするドランさん。
「大事ないか?」
「僕は大丈夫。ナーガがいてくれた御蔭で助かったけどフェンリルが!」
僕等はナーガが生み出した水の壁の御蔭で無傷だったけど、フェンリルは爆発に巻き込まれて窓から吹っ飛んでいった。
「てめぇよくもやりやがったな!」
既に戻って、ドランさんを殴ってるから大丈夫だね。
心配するだけ損した。
「馬鹿と天才は紙一重と言うが本当らしいな。あの量でこれだけの火力を生み出すとは大したものだ」
「誰がグハッ、痛い痛い年寄りはもっとアフッ」
何か反論しようとしたドランさんだったけど、それどころじゃないらしい。
皆見えてないかのように落ち着いてるけど、爆発の炎は部屋に散らばっていた本や衣服に引火して勢いよく燃えている。
「ナーガ・・・鎮火してくれる?」
「いっそ全て燃やしてしまった方が、平和な世の中になると思うのだが」
溜め息交じりになりながら、ナーガは水を生み出し消火していく。
僕もナーガと同じ事をちょっとだけ考えた。
だってさ、あれだけの爆発があったのに一人もこの家に向かって来ないんだよ。
つまりこれぐらいは、日常茶飯事って事だよね?
そういや上は洪水、下は大火事これな~んだってなぞなぞがあったよね。
今なら正解はこれしかないね。
ドランさんの家。




