(6)
身体に霧を纏いセイドリックは駆け、うっすらとしか見えなかった竜の白銀の身体を、しっかりとその両の眼で捉える。
セイドリックの動きに、竜は反応すら出来ぬのかその場から動こうともしない。
「勿体振った割りに、あっさり終わりか!」
セイドリックの白刃は、確実に竜の首を捉え切断する。
なっ!
切断されたはずの竜の身体はその場に立ち続け、一瞬全体がさざ波のように揺れ崩れ落ちる。
背後に気配を感じ、セイドリックは頭を振る。
その刹那、頬を掠め飛ぶ氷の槍と胴体に受けた衝撃で、前に弾き飛ばされ転がる。
「ほう・・・その鎧、人間が作った物ではないな」
目前にいたはずの竜が、いつの間にか背後に立っていた。
セイドリックは立ち上がり、頬から流れる血を無造作に腕で拭き取る。
背中に受けた槍は鎧が防いだが、覆われていない頭部は弱点と言える。
「なんでぇ今のは?」
「お前が斬ったのは鏡に映った私だ」
セイドリックが斬った竜は、水となりしとどに地面を濡らしている。
「確かに気配は正面から感じていた。俺が間違うはずがねえ」
「お前の言う気配とはこれか?」
セイドリックの周辺に、いくつもの竜の気配が現れる。
「この霧は私の魔力を通してある。気配なぞいくらでも作り出せる」
「ふ~ん成る程ね。いいだろう認めてやるよ、お前名前は?」
ナーガだと短く答え霧が集まり、いくつもの槍が形作られセイドリックに飛ぶ。
一度は見たはずの氷の槍。
それなのにセイドリックは、防ぐだけで精一杯だ。
一度目よりも繰り出される槍の密集度と、次弾の生成が段違いに速い。
常に自分が有利な状況に身を置いて来たセイドリックにとって、初めてと言っていい相手のステージでの戦い。
「俺は狩る側の選ばれた人間だ!あんま調子に乗ってんじゃねーぞ!」
セイドリックが吠え、ナーガもそれに呼応して吠える。
「ならば私はそれを狩る者になろう。狩られる者の気持ち思い知るがいい!」
ジリジリと近づいて来るセイドリックに、鎧の隙間を狙った地面から突き出す氷の槍。
直線的な攻撃に変化を付けた一撃。
それを信じられない体捌きでかわしたセイドリックに、さらに密集させた氷の槍で追い打ちを掛ける。
それは見事に命中しセイドリックを後方に弾き飛ばし、見知らぬ家のドアに叩きつける。
だがナーガは歯がみする。
頭部はしっかり守り、角度を計算して自ら氷の槍を鎧で受け、その勢いを利用して飛んだのだ。
その証拠にセイドリックにたいしてダメージは無く、既にその家に飛び込んでいる。
(こいつ加護を受けたからだけではない。状況判断や、戦闘に関して天分の才を持っている)
建物の中迄は、ナーガの作り出した霧は及んでいない。
街全体を覆う霧を避けれる場所。
そしてナーガは、セイドリックの次なる一手を予想する。
かつて神と呼ばれた竜と、神から加護を受けた天才との戦いは、まだ始まったばかりだ。
奴は不利な状況である事を、痛い程理解している。
考えるのは私を狭い空間に誘い込むか、霧の範囲外に脱出するかだ。
私がむざむざと狭い空間に飛び込む訳はないし、簡単に霧の範囲外に逃亡させるとも思っていまい。ならば奴のとる行動は一つだ。
セイドリックの飛び込んだ家の窓に人影が見える。一つではなく三つ。
「仕切り直しといこうじゃないか。まさか断らないよな?断るなら運の悪い夫婦が、この街からいなくなるぜ」
やはりとナーガは思う。
セイドリックは戦士としては一流かも知れないが、人間としてはクズの部類だ。
自らの力に酔っているのか、それとも生まれた時からそういった資質を持っていたのか。
だがナーガはどちらでもいいと思えた。
確かなのはここで奴を逃がせば、より多くの犠牲者と悲劇を生み出すだけ。
大切なのは奴を逃がさず仕留める事、例え二つの見知らぬ命を失ってもだ。
「それは到底受け入れられぬ要求だ」
「ナーガ君はマスターと違って冷たいね~こいつらが死んじまってもいいってか」
ナーガの脳裏に少年の顔が浮かび、私も甘くなったと苦笑する。
「いや人質交換といこうじゃないか」
甲高い口笛の音がリイムの街に響く。
セイドリックが普段使っている口笛と、同じ周波数を模した口笛。
ナーガは、霧の中に降りて来る飛竜の位置を正確に把握する。
セイドリックが霧に向かって叫ぶ。
「ウラン来るな罠だ!」
貴様にも借りがあったなとナーガは、霧の中に氷の槍を撃ち出す。
霧の中で大きな物体が墜落し家が壊れる音。
次いで飛竜が自らを戒める氷に咆哮し、霧に包まれた街中に轟く。
「人質としては足りないか?」
ナーガの問いの答えはすぐに出た。
開く家のドアから出てくるセイドリックと、妻の手を引き霧の中へ逃げ出す夫婦。
「てめぇ・・・捌いて刺身にしてやる」
鬼の形相とは、今のセイドリックの事を言うのだろう。
「貴様が逃げ出したり他の人間を巻き込むのなら、あの飛竜の命をすぐさま絶ってやる。さあ、第二ラウンドといこうじゃないか」
少し薄くなった霧の中で、ナーガとセイドリックは再度対峙する。
その頃ルークは、フェンリルが殴り倒した三人目の男の懐を探っていた・・・出て来たのは赤いブラジャー。
「ねえ、これからもセイドリックの臭いがするの?」
ワナワナと震えるフェンリル。少なくとも精神的なダメージを受けているようだ。
これから臭いがするって事はセイドリックが、身に付けてたって事かな?
二人目の男が持っていたのは、赤いパンティー。
赤いブラジャーと、パンティーを身につけているセイドリックを想像して、ルークはオエッと嘔吐く。
こちらにも精神的ダメージを与えたようである。
フェンリルが何かの音に反応し、次いで街に響いた墜落音はルークにも聞こえた。
「チッ下着集めしている間に、完全に先を越されちまった。ボヤボヤしてね~で行くぞ」
霧の薄くなる方向へと、ルークとフェンリルは駆け出した。




