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「敬愛なるリイムの住人の皆さん、リリオル将軍セイドリックからの素敵なプレゼントだ。この街にリリオルに仇なす不敵な輩が入り込んでいる。漆黒の狼は百万ジェニー、金髪のガキと白い竜はそれぞれ十万ジェニーの懸賞金だ。生死は問わない」
放送を聞いて、パニックを起こし逃げ惑っていた、群集の雰囲気が明らかに変わった。
僕等を指差し、あいつらじゃないのか?あのガキでも十万だぞと囁く群集。
十万ジェニーと言えば、標準的な家族が十年は楽に暮らせる大金だ。
フェンリルの百万なら、一生働かなくても生きて行ける。
「俺様はおめぇやとかげの十倍か。気にくわねぇ野郎だが、ちょっとは物の価値ってやつを知ってるな」
軽口を叩くフェンリル。
そして逃げ惑っていた群集の一部が、思い思いの武器を手に取りじりじりと近づいて来る。
「だが俺様に、百万なんざ安すぎんだよ!」
ゴウゥゥゥゥン!
街中に響く轟音と、上がる火柱舞い散る人々。
僕とフェンリルは、再度逃げ惑う人々を尻目に疾走する。
欲望は恐怖をも捩じ伏せるのか、それでも立ち塞がる人がいて、紛れ込んでいる兵士か住人かの判別はもう出来ない。
気配を感じて立ち止まると、足元にカランカランと音を立て転がる金属の物体。
それが飛んで来た方向を睨むと、ヒッと息を呑み逃げ出すおばさん。
投げられたのはフライパン。上手く当たればフライパンで十万ゲットだ。
僕等が助けようとしているのはリイムの住人、それを阻止しようとするのもリイムの住人。
大いなる矛盾に、くじけそうになる気力を無理矢理奮い立たせ、僕とフェンリルは指定されている場所へ走る。
頻繁に受ける襲撃は、無情に時間を奪っていく。
「このままじゃ間に合わないよ」
「たくっ!俺様に乗れ!言っとくが俺様の乗車賃はたっけぇからな」
フェンリルに跨がると、僕を乗せたまま家の屋根に舞い上がる漆黒の身体。そのまま家の屋根から屋根を走る。
なる程、ここならそう簡単に手は出せない。
力強く走る狼を掴んだ手に、伝わる熱を感じながらふと思った。
百万かぁ・・・特待生じゃなくてもルフツネイルに通えるかな?
そんな不遜な考えに罰が当たったのか、走る屋根を覆い尽くす影に急に方向転換したフェンリルから手が離れ、屋根を転がる。
屋根の端ぎりぎりで落下を防ぐも、下に落ちていく肩掛け鞄と砕け弾け飛ぶ屋根の中央。
屋根を壊した張本人はまた空へ舞い戻っていった。
「しっかり掴まってねーか!」
僕を怒る百万。
「ごめん、あいつ何処にいたの?」
空で旋回する飛竜は威嚇するように鳴いている。
「ずっと見えねぇ上空を舞ってたんだろ。赤毛の野郎に、好き勝手にやられてざまぁねーぜ」
またフェンリルに跨がるも、下は欲にかられた群集と紛れ込んでいる兵士、上は飛竜で安全なルートはない。
「別な道を行くぜ」
何処に道があるんだろうと考える間もなく、フェンリルが飛び込んだのは家の窓。
そのまま家の中を走り目前に迫る壁。
「危ない!」と眼を伏せるも、ぶつかる直前にフェンリルの放った魔法で壁が吹き飛んで、そこからジャンプして次の家の壁を吹き飛ばし着地する。
フェンリルらしい物凄い力業。
一文無しになって今持っているのは、身につけていた短剣のみ。
これ請求されたら百二十万で足りるかな?
背中でそんな事を考えているとはつゆしらず、フェンリルは立ち塞がる家を容赦なく破壊していく。
ナーガは上手く助け出せただろうか?
時間は刻一刻と過ぎていった。
ルークとフェンリルが一家団欒を楽しんでいた、見ず知らずの家族の前を疾走していた同時刻。
セイドリックが指名した三番地点にある建物の中で、倒れ伏した兵士に捕らえられていた四十前後のおばさんとナーガは話していた。
「次は一と五、三と七を一直線に結んで交差する場所にいけと伝えろと言われました」
娘がいないと、ナーガに懇願するナンの妻。
やはりなとナーガは思う。
セイドリックは家族がいるとは言ったが、全員がいるとは言っていないし十の地点全てを廻れば、終わりとも言っていない。
ナーガは後ろを振り向く事なく呟く。
「地図を持っていけ。聞いたな?」
倒れている兵士以外はいないはずの背後から返事が返ってくる。
「しっかりとこの耳で聞いたでやんす」
ナーガに答えた男の歳は二十五前後、あまり鍛えているようにも見えず小太りだ。
「何人入っている?」
「腕利きが十五人でやんす。何時でも動けまさぁ」
まさか背後にいる男も、十五人の一人に入っていないだろうなと思っていても、ナーガはおくびにも出さない。
ならば行けと、助け出したナンの妻を連れて男は建物から出ていく。
マスターには話していないが、奴が説明するだろとナーガは身体を小さくしていく。
「私の値段が犬の十分の一だと!セイドリック・・・貴様はこの手で八つ裂きにしてくれる」
ナーガは一人怒りの炎を燃やしていた。
リイムに建つ塔からルーク達を見ていた男の喉が、虚空に斬られ血を噴き出しながら倒れていく。
倒れた男の代わりにそこに立つ女が鏡を取り出し、下に向け日を反射させると下からも光の返事が返ってくる。
その光を見確認して女は呟く。
「監視していた奴らは片付いたわね」
切り揃えられた黒髪が風に靡き、女は夏の暑さにつかの間の涼をもたらした風に、微笑みを浮かべる。
「まさかこんな形であの坊やとまた関わる事になるなんて、これが運命の赤い糸ってやつかしらね」
運命も赤い糸も信じてない癖にと、女はその場を後にした。




