(9)
僕等の行く手は濃い霧に遮られ、何処に辿り着けるのかわからない。
霧を抜け、僕は叫ぶ。
「ナーガ!やっぱり落ちてるよ!上がって上がって!」
バッシャーンと、盛大に上がる水しぶき。
僕は海に投げ出され、波間に浮かぶ荷物に必死でしがみついた。
海には沢山の荷物がプカプカ浮かび、ナーガは首から上だけを水面に出している。
「やはり無理だったか。大丈夫か?」
僕はばた足で、ナーガに近づいていく。
「何とか」
ここは竜の島の結界を抜けたばかりの海の上。
こうなったのには、理由がある。
神殿でナーガの話を聞いた後、すぐに村人に出発すると伝えた。
そうしたら村人達が皆口々に、「せめてこの供物をお持ちになって下さい」と二人の目の前にうず高く積まれていく荷物の山に、引き攣っていくナーガの顔。
断り切れずナーガに乗せれるだけ乗せて出発したけど、余りに荷物が多過ぎて霧を抜けたところで墜落した。
村人達に悪気があるわけじゃないけど、人間やっぱり限度ってものが必要だと思う。
ナーガも神様として見えるところで墜落する訳にもいかず、ここまでは頑張った。
神様やるのも楽じゃないよね。
「村人達には申し訳ないが、必要な物だけ持って後は捨てていこう」
「そうだね」と、掴まっている荷物の包みを短剣で切り裂くと、中から出てきたのは木彫りのナーガの像。
これは必要ないかな・・・いや、今は必要だけどさ。
結局魔獣に食べられて失った鍋の代わりの、新しい鍋と食料を鞄に詰め込む。
ナーガが羽ばたき、水面に沢山の波紋を残して飛び立ち、一路フェンリルの待つ砂浜に向かう。
「フェンリル大人しく待ってるかな?」
「奴に余り期待しない方がいいぞ」
果たしてフェンリルはこれから一緒に、古き神の討伐に来てくれるだろうか?
暫く飛び、砂浜が見えてくるが、白い砂浜に映えるはずの漆黒の身体は見えない。
「いないね。何処行っちゃったんだろ?」
砂浜の上を旋回する。
「いたぞ。海の中を見てみろ」
青い海に頭に手ぬぐいを乗せ、プカプカ浮かんでいる漆黒の狼。
・・・海はお風呂じゃないよフェンリル。
この姿を見て、誰がフェンリルも古き神の一人だと思うだろうか。
砂浜に降り立ち手を振ると、フェンリルも海から上がって来た。
「なんだ~?もう帰って来たのかよ。せっかく久しぶりの自由を楽しんでたっつーのに」
物凄く満喫してたね。
「あのね、大事な話しがあるんだ」
砂浜に二人並んで座り込む。
ナーガは気をきかせて、少し離れた場所で僕とフェンリルを見ていた。
緩やかな潮の香りの混じった風と、波の音が僕等を包んでいた。
先に口を開いたのはフェンリルだった。
「また、嫌な臭いを混ぜて帰って来やがったな」
臭い?自分の身体を嗅いでみる。
「ば~か、血の臭いすらかぎ分けられねえ奴が、わかるわけねーだろ。おめぇとかげの加護を受けたんだろ?奴の臭いがプンプンしやがる。あ~やだやだ」
「わかるの?」
フェンリルは得意げに頷く。
「たりめ~だろ。俺様を誰だと思ってんだ?泣く子もさらに泣くフェンリル様だぜ」
何かちょっと違う気もするけど・・・
「ラグナロクの事聞いたよ」
「俺様のカッコイイ武勇伝を聞いちまったか」
「うん。ナーガの父さんに負けて、尻尾巻いて逃げ出したって・・・いたたた」
加護を受けて動態視力が上がってはいても、避けられないスピードのフェンリルのビンタが炸裂する。
「負けてねぇ!あれは、戦略的撤退つーやつだ」
それを負けたって言うんじゃないの?
「だってナーガの父さんに力を封印されて、さらにナーガやナーガの兄弟達にも封印されたんでしょ」
フェンリルの顔が、忌まわしい思い出を掘り起こされたのか険しくなる。
「五対一なんて、あいつらきったね~と思わねーか?大体とかげが俺様にした封印なんざ、あいつの糞親父に封印されて動けね~とこをやられただけだからな」
やっぱり負けたんじゃん。
フェンリルは何かを思いついて笑顔になる。
「マスターからとかげに、あいつの分の封印を解くように言ってくれねーか?」
「言うのはいいけど、多分解いてはくれないと思うよ」
「ケッ使い魔に言う事きかせられね~なんて、なっさけねーマスターだぜ」
自分も、今は僕の使い魔だって事忘れてない?
いよいよ本題に入る。
「僕達、これから魔界の古き神の違反者討伐に行くの。フェンリルも来てくれる?」
「古き神の討伐か。面白そ~だな、いいぜ」
即答、そしてかるっ!フェンリルが来てくれるかわからずドキドキしてたのに・・・
「ねえ・・・フェンリルは何で残される者を裏切って、切り捨てられる者についたの?」
「あん?そんなのそっちの方が、面白そ~だったからに決まってんだろ」
予想通りの答え。
でも・・・
「フェンリルは・・・優しいね。・・・いたた・・何で殴るのさ!」
「いきなりおめぇが、気持ち悪い事言うからだろーが!」
もうっ!本当に素直じゃないんだから。
でも僕は見逃さなかったからね。
フェンリルの尻尾が、目立たないようにゆっくりと左右に揺れてたのを・・・そっちの方が面白そーだったなんて嘘。
切り捨てられる者達を、見捨てる事が出来なかったんだよね。
僕を見捨てる事が、出来なかったみたいに・・・
ゆっくり狼の背中を撫でながら「ありがとねフェンリル」と伝えるとフェンリルは何も言わず、ずっと海を見つめていた。
優しい時間が流れてたけど、離れた場所のナーガはしきりにある一点を気にしている。
僕も気にはなってたけど、見ないようにしてたのに・・・
「ねえ・・・あの人達何で埋まってるの?」
そこには首から下を砂浜に埋められた男達が、こちらを見ていた。
「ああっあいつらはこの辺の住人らしいぜ。あの遊びがこの辺じゃ流行ってるらしい」
そうなんだ。助けてくれって叫んでる人もいた気がするけど、あれも遊びなのかな?
僕とフェンリルとナーガ。
向かうはリリオル首都。
これから何が起こるんだろう?
でも、何が起ころうと僕等は最後迄一緒だ。




