八章 竜の島
一歩毎にサクっと小気味よい音を立て、キンと冷えた空気は体温を奪っていく。
はっ、はっ、は~っくちゅん。
「鼻水垂れてんぞきったねーな」
僕はブルルと身体を震わせ、体温を上げようとする。
追っ手から逃げる為選んだのは、マラカナン山脈越え。
山頂に近付くにつれ行く手は雪に覆われ、山登りをするような服装ではない軽装のルークの疲労は、ピークに達している。
「フェンリルは寒くないの?」
寒さに震える僕にたいして、フェンリルは寒さをものともせず元気一杯だ。
「俺様には、自前の超高級毛皮があるからな。この程度の寒さで喚くなんざ、全く人間てのは、ひ弱に出来てやがんな」
今日中に山脈を越えたかったが仕方ないと、フェンリルは雪の塊に力を集束させ簡易のかまくらを作る。
広さはそれ程ないが、一人と二頭が一夜を過ごすには十分だろう。
先に入ったフェンリルに続いてルークも入ると、そのままフェンリルに抱き着いた。
「何だよっコラッ鼻水を俺様につけるな」
「エヘヘッあったかーい」
燃やして暖をとる物もないし、追っ手から逃げられても凍死でもされたら目も当てられないと、フェンリルも抵抗を諦める。
「たくっ!しょーがねーな」
標高が高くなれば空気も薄くなり、平地とは一歩の疲労度が段違いになる。
ましてやルークは、身体の出来てない子供だ。
同じ年代でこれほど、密度の濃い時間を過ごした子供も少ないだろう。
「飯はどーすんだ?」
その答えは安らかな寝息。
「もー寝てんのか・・・何で俺様が、ガキのお守りなんざやんなきゃいけねーんだ」
羽毛に包まれた軟らかい布団の様な翼が、ルークの上からふぁさりとかかる。
「ケッくたばってなかったのか」
ずっと死んだように眠っていたナーガが、初めて目を覚まし自らの翼でルークを優しく包む。
「生憎と私もしぶといようだ」
「ゴキブリ並の生命力たぁ、てめぇの事だな」
二頭の間には、ルークの寝息が規則正しい旋律を奏でる。
「とりあえずお前には礼を言っておく」
フェンリルは、目を丸くする。
「死にかけてまともな性格になったか?それとも変なもんでも食ったか?てめぇを助けたのは、おっちんだら俺様の封印を解く奴がいなくなるからだ。感謝してるなら俺様の封印を解け」
「それとこれとは話が別だ。それに私が感謝しているのは、マスターを守ってくれた事にたいしてだ」
要求が受け入れられないとわかると、フェンリルは前足を枕に瞳を閉じる。
外には新たな雪が、降り積もり始めていた。
しばしの静寂を、瞳を閉じたはずのフェンリルが破る。
「おめぇはどーすんだ。もう呼ばれた理由もわかってるんだろ?はっきり言うがおめぇじゃ無理だ」
「だろうな。だがそれはマスターが決める事だ。私はマスターと島に着いた後は、決めていいと約束したからな」
「ちょっと毛色は変わってんが、こいつはただのガキだぜ?そんなのに背負わせ過ぎだ」
そうかもなと短く返し、漆黒と白銀の身体は、ルークを暖めながら夜に溶けていった。




