(11)
いたぞっ!
こっちだ!
普段は静寂に包まれている森に、けたたましく人の叫びがこだまする。
兵士が追い掛けているのは、漆黒の狼と馬に乗る金髪の少年・・・ではなく、金髪になったラルク。
馬上からラルクは、並んで駆けるフェンリルに悲鳴にも似た問い掛けをする。
「なあいくらなんでもこれは無理がないか?人数も減ってるし、近くで見たらルークじゃないとすぐばれるぞ」
ひゅんと矢が空気を切り裂く音が、すぐ側を通り過ぎていきラルクは首を竦める。
「近くに来させなきゃいいだろ。前菜にすらならねーようなのが、いようがいまいが誰も気にしねーよ」
フェンリルは時折炎を放ち、追っ手と絶妙な距離を維持する。
一人と二頭の後を、追い掛ける兵士の数はどんどん増えていき、ラルクが駆る馬の口からは泡を噴いている。
「俺達より馬が先に潰れちまいそうだ」
馬が無酸素運動で、全力で走れるのは数百メートル。
全速力でないとはいえ、走りっぱなしの馬が限界を迎えているのは明らかだ。
限界を迎える前に、相手の囲いを突破して脱出したという事実が必要だ。
一人と二頭は峡谷へ足を踏み入れ、足を止め振り返る。
「そろそろ観客は十分だ。赤毛が来る前に姿をくらますぜ」
迫り来る軍勢が、ある程度峡谷に入ったのを確認すると、フェンリルは左右の岩壁に炎を放つ。
轟音が轟き左右の岩壁が崩れ落ち、迫り来る軍勢を踏み潰し分断する。
運良く崩れ落ちて来る岩壁を突破出来たのは20人程。
「さてと・・・とっとと片付けるぞ。おめぇも手伝え」
「俺は弱っちいから遠慮したいんだが・・・それに人間に直接手を出すのは約定違反なんだぜ」
「ばれなきゃ問題ねーよ。それに人間界に来てる時点で、約定を破ってんじゃねーか」
漆黒の狼は力を、集束していく。
残った軍勢は弓を構え、一斉にフェンリル達に向けて矢を放つが、矢は当たる前にあらぬ方向へと飛んでいく。
「弱っちいのが聞いて呆れるぜ。おめぇ風使いか」
フェンリル達の前に風の防壁が出来ているが、その力を目視出来ぬ魔法を使えぬ者達には、何故矢が当たらぬのか理解出来ないだろう
「弱っちいさ。俺は新しき者だからな。あんたやナーガみたいな古き者とは違う」
フェンリルは集束させた力を放つと、爆炎が収まる前に残った軍勢に飛び込み蹂躙していく。
フェンリルを避けて、ラルクにも二人の人間が襲い掛かって来る。
「ばれたら俺も違反者の仲間入りしちまうな」
ラルクは力を集束させ風の刃を放つ。
威力はさほど無いが、二人は寸分違わず喉を切り裂かれ、鮮血を噴き上げ地に倒れ込んだ。
ラルクはちらりとフェンリルを見遣り、倒れ動かなくなった二人に近寄る。
「後はフェンリルに任せておいても大丈夫だな。俺もそろそろ逃げる準備をしなきゃいけないし借りるぜ」
鎧と服を剥いでいき、兵士の顔を確認すると自らの顔を兵士に似せていく。事情を知らぬ他人が見れば双子としか見えない程、その顔はそっくりだ。
自らの服を脱ぎ鎧を付けたところで、ラルクは衝撃を感じて地面に転がり、仰向けで天を見る。
眼前にあるのは、星空と狼の鋭い牙。
「もう終わったのか。逃げる為の準備をしたいし、出来れば離して欲しいんだが。それとも俺も殺すのか?」
跳ね上がる動悸をさとられぬ様に、平静を保ちつつ自らを押し倒した狼に語りかける。
「おめぇを生かすか殺すかは答え次第だ。何を企んでやがる」
やはりその事かとラルクは思う。
目的は既に依頼主から聞いている。
だからこそ、それをナーガに伝える為に自らもここに来た。
「悪いが味方じゃないあんたには教えられない」
フェンリルの答えは短く一言。
「じゃあ死ね」
フェンリルは、自分を殺すのに躊躇しないだろう。
かと言って脅されて秘密を喋れば、後でどんな目にあわされるかわからない。
「頭のいいあんたなら、もう気づいてるんだろ?想像通りだよ」
ラルクは秘密を完全には喋らないが、暗にフェンリルに気づかせる妥協案を選択する。
「これだけ条件が揃えばわかるさ。だが、あんなガキに出来るわきゃねーだろ」
「やるのはルークじゃない。ナーガだ」
秘密を直接喋ってはいないが、肯定の答えを返す。
世の中は曖昧さと妥協で出来ている。後で依頼主に責められても上手く切り抜けられるだろう。
そもそも今回の事も、約定の曖昧さをついて進行しているのだ。
「どっちだろうと大して変わらねーよ。昔のあいつなら可能性はあったかも知れねーが、今のあいつは弱え。何故直接おめぇらが出て来ねえんだ」
「出来ない理由があるんだろ。それについても、あんたが呼び出された理由も俺は本当に知らない」
フェンリルはいぶかしげに見るが、殺気は消えラルクから離れる。
「フェンリル、ルークを守ってやってくれ」
まだナーガが、この事を受けるかどうかは未知数だ。
もしナーガが断った時の指令もラルクは受けている。
ナーガが受けなければルークは用無しだ。
「俺様に頼むのはお門違いじゃねーか?てめぇらの味方じゃねーし、何故俺様が魔狼て呼ばれているのか知らない訳じゃねーだろ」
勿論知っている。
知らない者等いないだろう。
「また近い内に会おう」
フェンリルは立ち止まり振り向く。
「そこまで付き合ってねーかもな。何しろ俺様は裏切り者だからな」
魔狼は裏切り者のフェンリルを、侮蔑を込めて呼ぶ蔑称だ。
だがラルクは聞くと見るでは、フェンリルのイメージが違って見えていると思った。
計画の発案者であるはずのオーディンの思惑の外の存在。
闇に消えていくフェンリルを呼んだのは誰か?
この計画の結末を変えてくれるのは、多分フェンリルしかいないだろうとラルクは星空を仰ぎ見た。




