(10)
馬はギャロップのリズムを刻みながら、森を駆けていく。
「残ってた兵士はテントに集まってたから、楽に抜けられたな」
一番近い厩舎の馬を逃がしたからか、追っ手の姿も見えない。
「これから何処に向かうんだ?」
「このまま山脈沿いを迂回して、海に出ようと思います」
前に位置取るラルクさんの表情は見えない。
「本陣に残っている兵士の数が少なかっただろ。街道はセイドリックが、完全に押さえていると思った方がいい」
本陣に数百人はいたのにあれでも少ないなら、子供と魔獣二頭の為に何人が駆り出されているんだろうか?
「こっちだ。ついて来い」
僕等に追いついたフェンリルが先導する。
先を走る狼を追い掛け、フェンリルが速度を緩め辿り着いたのは、僕とナーガが襲撃を受けたマラカナン山脈麓の村。
誰もいなくなった村は、沈黙と赤い色に彩られている様に感じる。
ラルクさんの手を借り馬から降りる。
「これからどうするの?」
まさか二人と一頭で、あの大軍を此処で迎え撃つとは思えない。
「マスターはどっかの家に隠れておきな。いいか家に入ったらそこから動くな、何も見るな」
「フェンリルはどうするの?」
「いいからとっとと行きやがれ。俺様が戻って来るまでジッとしてろ」
フェンリルに急かされて仕方なく手近な家に向かい、ドアを開けてドアを背に座り込む。
鞄の中のナーガの氷は完全に溶け、白銀の身体には僅かに朱色がさしている。
出来る限りの最善の手は尽くした。
家の中はシーンと静まり返っているが、フェンリルの加護を受けた眼は、先のドアの下から漏れる血液をハッキリと捉えている。
今は僕に出来る事は何もない。
それならこれから後の為に、少しでも体力を回復させておかなきゃ。
一気に疲れが押し寄せ、僕は静かに眼を閉じた。
馬上からラルクは、フェンリルに声をかける。
「それじゃ俺はそろそろお暇させてもらおうかな」
赤い双眸は、ラルクを射抜く様に鋭く見つめている。
「おめぇ俺様が召喚された時にいた奴だろ」
ラルクの手綱を握る手に汗が滲む。
「ナーガといいあんたといい、何で簡単に見抜くかな?これでも化けるのは得意な方なんだがな」
「今度から臭いにも気をつけな。たまたまいた訳じゃねーんだろ」
ラルクは逃げるのを諦め答える。
「たまたまと言えばたまたまさ。噂のセイドリックを見ておきたかったのと、目的地が一致したんで無理矢理軍医としてねじ込んでもらったのさ」
「おめぇには聞きたい事がある。化けるのが得意ならもう一仕事してもらおうか」
ラルクは髪をかきあげる。
「言っておくが俺は物凄く弱いぞ。多分今はルークより弱い。俺には一撃とはいえ、セイドリックの剣をかわせるとは思えないからな」
フェンリルはケッと吐き捨てる。
「弱っちくても、ただの人間にやられる程弱くねーだろ。それにおめぇに戦闘は期待してねーし、大人が頑張るんだろ?」
聞かれていたかとラルクは渋面になる。
「やっぱり俺はツイてないのかな?」
知らねーよと駆け出すフェンリルの後を、ラルクは馬を駆りついていった。




