(9)
ナーガは、相変わらず意識がない。
もし意識があったとしても、僕とラルクさんを乗せて飛竜から逃げるのは無理だ。
兵士達を突破するのは、皆武器を持っているし、飛び込んで切り抜けられる程甘くもない。
冷静に置かれている状況を見渡しても、絶望の二文字しか浮かんで来ない。
「何で俺ばっかなんだよ!ウッヒョー」
奇声をあげながら、飛竜の攻撃をかわすのはラルクさん。
また服の一部が、落ち葉のようにヒラヒラと宙を舞っている。
それを見た時、ある考えが頭に浮かんで周辺を見渡す。
飛竜に剥ぎ取られたテントの大きさは、一つで十人以上が休息出来るようになっており、かなりの大きさだ。
壁のように僕等を囲んでいる兵士達の向こう側にも、同じ様なテントが沢山並んでいる。
目的の物を見つけ、ラルクさんに駆け寄り、浮かんだ作戦を耳打ちする。
「本気か?」
勿論本気だ。
「ここから脱出するにはそれしかないと思います。タイミングが大事です」
「よし乗った!釣りは得意だぜ。暫く見ない間に逞しくなったな」
暫くも何も、ラルクさんと会ったのはさっきだ。
冗談に付き合ってる余裕はないと、二人で目的の物に駆け寄り空を見上げる。
僕とラルクさんが一カ所に固まっていれば、飛竜が攻撃してくる場所は予想が出来る。
そしてどんなにスピードがあっても、その攻撃は直線的だ。
「来るぞ!」
僕等の足元にはテントを固定する為に、地面に金具で打ち込まれていたロープ。
飛竜がテントを持ち去った際に、何本かはテント側が引きちぎられ地面に投げ出されていた。
短剣でそのロープを切り、片側をラルクさんの後ろ手に渡し、もう片方を手首をまわすように僕も握る。
空から迫り来る飛竜は、どんどん大きさを増している。その場から逃げ出したい程の圧迫感と恐怖。
ぎりぎり迄我慢するんだ。
チャンスは一度しかない!
効果があるかどうかはわからないけど言霊を唱え、かわす瞬間に飛竜の目の前に目潰しのように光りを放ち、僕とラルクさんは左右に分かれロープを張る。
その刹那、肩が抜けてしまいそうな衝撃が僕を襲い、身体がフワリと宙に浮く。
物凄いスピードで地面が離れ、僕等を囲んでいた兵士達の頭の上を越えていく。
「大物が釣れたぞ」
両手で反対側のロープを必死で握るラルクさんが、意気揚々と叫ぶ。
どちらかと言えば、釣られているのは僕達だ。
上手くロープを飛竜に引っ掻け兵士の壁を越えられたけど、このまま空まで連れ去られたら、地面に叩きつけられて死ぬだけだ。
タイミングを計って、ロープから手を離す。
お互いの重さで均衡が保たれていたので、当然ラルクさんも地面に向けて真っ逆さまだ。
「うわぁぁぁ」
耳をつんざく様な叫びをあげるラルクさんと、胃の腑が宙に浮くような感覚に息を呑む僕に、近づいて来るテントの屋根。
このままテントに受け止めてもらえば成功だ。
だけどテントは無情にも重さに耐え切れず裂け、この安物が~と叫ぶラルクさんと一緒にテントの中に落ちた。
ばふっ!
藁の塊に僕は落ち、舞い上がる藁と獣の臭いが、テントの中に充満していた。
「ラルクさん生きてますか?」
藁を掻き分けると、中から返事が返ってくる。
「何とかな」
ラルクさんを助け出し辺りを見回すと、木で仕切られた馬房で、馬が落ちてきた僕等にパニックになり暴れている。
「ここは?」
「厩舎だ。ツイてるぞルーク。片っ端から馬を逃がせ」
指示された通りに次々と木枠を外し、馬を外に放っていく。
「馬乗った事あるか?」
「竜と狼なら乗った事あります」
「普通は逆だぞ」
ラルクさんが鞍を馬に乗せ跨がると手を伸ばし、掴み返した僕を馬上に引き上げる。
「後はフェンリルが逃げ出すだけだな」
馬の腹に足を当て、僕等は闇が濃い外に飛び出していった。
セイドリックは、まんまと囲いを突破していった二人を苦々しく見ていた。
二人を追いかけようとする兵士達を叱責する。
「動くな!こいつを逃がさなきゃ雑魚はどうでもいい」
そう・・・メインディッシュはこいつだ。
メインディッシュは、紅き双眸を闇に浮かべている。
「まんまと逃げられちまったな。俺様のマスターも中々やるもんだろ」
「マスターだと・・・あいつは竜のマスターだろ。どう言う事だ?」
「さあな」
フェンリルは、セイドリックに背を向け走り出す。
「そいつを行かすな!」
フェンリルの前に兵士が集まるが、力強く地を蹴りその漆黒の身体は羽が生えたように、軽々と兵士の壁を飛び越え着地する。
闇に消えていく狼を、茫然と見送る部下達をセイドリックは怒鳴りつける。
「お前ら何してやがる!早く追い掛けろ!」
無能な部下にチッと舌打ちして、飛竜を呼び寄せ跨がり呟く。
「まだ囲いの中だ。終わってねーぜ」




