(8)
地面で呻いているラルクさんから、僕は渡していた鞄を受け取り肩からかける。
「お前を待ち焦がれてたぜ。昼間の再戦といこうじゃないか」
セイドリックは、フェンリルに向け剣を正眼に構える。
「俺様がモテるのは知ってるが、野郎はお呼びじゃねーんだよ」
どうやらセイドリックは、前菜の僕はもうどうでもいい様子で、フェンリルをジッと見ている。
とりあえず頑張らない大人のラルクさんを助け起こす。
「どうだ、俺はやったぜ」
鼻血を流しながら言っても格好悪いし、特に何もやってない。
こんな大人になるのはやめよう。
「そんな目でみるな。俺は物凄く弱いんだから仕方ないだろ」
何となく思っていた事が、伝わってしまったみたいだ。
30人程が入れる簡易テントの中で、セイドリックとフェンリルの殺気がぶつかり息苦しさを感じる。
「せっかくのショーなんだ。観客無しは寂しいだろ?」
セイドリックが口笛を吹くと、テントが飛竜にさらわれ外がまる見えになり、兵士達が僕らを十重二十重に囲んでいた。
兵士達から上がる歓声は、津波のように僕らを包んでいく。
もしフェンリルがセイドリックに勝てても、これを脱出するのは至難の業だ。
フェンリルが最初に火をつけたテントは、今だに炎を上げていてそれ以外にも燃えているテントが幾つかあった。
「食糧庫と厩舎にも火をつけたんだな」
ラルクさんが、僕に説明してくれた。
「これだけの人数がいるんだ。食糧がなければ帰らざるをえないからな。意外にフェンリルは頭がいい」
「意外だけ余計なんだよ!・・・てかてめぇ誰だ?」
「ナーガのお友達だって」
「あいつに友達なんてものがいたなんて、そっちの方が意外だぜ」
ナーガもフェンリルには、言われたくないと思う。
セイドリックの口笛が響き、空で飛竜が吠える。
「お前らも観客じゃつまらないだろ?俺のウランちゃんに遊んでもらいな」
お構いなくと言うラルクさん。
断れるなら僕も断りたいけど、空から迫り来る飛竜はやる気満々だ。
フェンリルはセイドリックの相手で手一杯だろうし、僕とラルクさんでやるしかない。
試合開始の合図がわりの飛竜の鳴き声で、戦いは始まった。
空で旋回していた飛竜が狙いを定め、僕とラルクさん目掛け猛スピードで滑空して、僕らが左右に分かれた跡地を鋭い爪でえぐり取り、地面に激突する事なく空へ戻って行く。
初撃を何とかかわした僕達は、空を見上げる。
「どうするよ。空に行かれたら、こっちには攻撃する手段がないぞ」
交差する時だけが手の届く範囲だけど、持っている武器が短剣だけじゃどうしようもない。
フェンリルもセイドリックの相手で、こちらを手助けする余裕はない。
僕とラルクさんで何とかしないと・・・
空中で旋回した飛竜が、今度はラルクさんに向かって急降下してくる。
「俺の逃げ足舐めんなよ!」
全力で飛竜から逃げようとするけど、明らかに向こうの方が速い。
捕まる瞬間に急停止して伏せ、逆方向にスライディングして見事にかわす。
取り囲んでいる兵士達から、歓声と悲鳴が上がる。
歓声は見事にかわしたラルクさんを見ていた兵士達、悲鳴をあげたのはセイドリックがかわした、フェンリルの炎の流れ弾に巻き込まれた兵士達。
「てめーら動くなよ!逃げた奴は殺す」
非情なセイドリックの命令が下り、歓声を上げていた兵士達も真剣な表情で、僕等の一挙手一投足も見逃すまいと見つめる。
「わざと避けれるように放っただろ。俺の部下が可哀相だと思わねーか?」
紅い瞳の持ち主は笑う。
「てめぇこそ後ろの人間が死ぬのがわかってて、わざと避けた癖に何言ってやがる」
「お前と俺は似てるのさ!」
セイドリックが間合いを詰め、フェンリルに切り掛かる。
「てめぇみてーな変態と一緒にすんな!」
剣をかわしながらフェンリルは魔法を放ち、また流れ弾によって新たな犠牲者が出る。
フェンリルの意図はわかる。
逃げる為に僕等を囲んでいる兵士の壁を、突き崩そうとしてるんだ。
でもセイドリックに非情な命令をされた兵士達は、僕等を逃がすまいと少し近づくだけで警戒の色を濃くする。
ラルクさんの頬を汗が伝う。
「また俺かよ。ついてねー」
飛竜はラルクさんに向かって降下する。同じ様にかわしたけれど、今度はお尻の部分に爪が引っ掛かり、ズボンの一部が宙をヒラヒラと舞っている。
立ち上がったラルクさんは、僕に破れたズボンのお尻を見せる。
「俺の尻割れてねーか?」
「最初から割れてるから大丈夫です!」
逃げ足を自慢するだけあって、かわすのは上手だけどいつまでも持つ訳がない。
飛竜が空で苛立たしげに吠え、今度はラルクさんに急降下してくる途中で急転回して、進路を僕に向けて変更する。
まさか、そんな角度で曲がって来ると予想してなかった、僕の反応が遅れてしまった。
「何ボサッとしてやがる!」
フェンリルがこちらに向かって放った炎を飛竜が避け、僕は事なきを得たけど「お前もよそ見する余裕なんてねーだろ!」
セイドリックの剣がフェンリルの肩口をえぐり、手当てした包帯を赤く染める。
「フェンリル!」
「騒ぐなっ!大した傷じゃねーよ」
このままじゃ僕は完全に足枷だ。
フェンリルは、完全に囲んでいた兵士をものともせずに飛び込んで来た。
フェンリルだけなら逃げられるはずなのに、それをしないのは僕がいるからだ。
バルガス先生は追い詰められた時は、冷静に状況を判断すれば打開策を見つける事も出来ると言っていた。
何とかしなきゃと僕の思考はフル回転していった。




